第216話 臆病である故に、俺は今日も生きている
「さて、これでミミさんも立派なウチの従業員になりましたね! これからもあのような冒険者をガンガン勧誘して、アコギに収益を上げまくってくださいね♪」
「はい! シズネ様の期待に沿えるよう、ミミ精一杯頑張ります!!」
「(…………ウチってさ、何屋さんなんだっけ? いつの間に保険業にまで手を出しやがったんだよ? 完全に描写不足じゃねぇのか……)」
俺はシズネさんとミミとが、まるで保険代理店とその本社のようなやり取りをしているのを視界に入れてしまっていた。
これではとても無視するわけにはいかない。
「あのさ、二人とも……ちょっといいかな?」
「おや、旦那様どうかされたのですか?」
「なんですかぁ~マスタ~?」
俺は目の前で繰り広げられている保険金詐欺を阻止すべく、割り込むことにした。
「いや、さっきの冒険者のおっさんのことなんだけど……あれでいいの?」
「はい。まったく問題なかったと認識しておりますが……何か問題でも?」
またもやしれっと、シズネさんはそう言ってのけていた。
「そうですよ~、身寄りの無い冒険者の方々がもしもクエスト中に亡くなった場合は依頼を代行しているウチで弔うんですよ~。それには当然費用もかかりますし、これは冒険者ギルドでも同じです」
「あっ……そうなんだ。そういった意味合いも含むのか」
(もしかして俺も冒険者だった頃には、ギルドからそんな書類を書かされていたのかな? 全然覚えがねぇんだけど……)
確かに冒険者は冒険中は元より、依頼を受けている最中に運悪く亡くなる事も間々あることなのだ。
地下迷宮での遭難や道中の落石などの事故、そしてモンスターの餌食になった場合が少なくないからだ。その場合には帰らぬ人となり、消息不明者とも呼ばれる。
「旦那様も元冒険者ならばご存知でしょうが、例え依頼を受けてもそのまま帰らぬ人が少なくありませんからね」
「うん……俺の知り合いにも何人かいたから、よく知ってるよ」
昔冒険者だった頃から、俺は他人とパーティーを組むことが無かった。
それはもちろん一人が気軽であるということもあるのだが、仲間を失うことへの恐怖があったからだ。
一度ダンジョンに潜れば、生きて帰れる保障はどこにも存在しない。もし仲間が居れば、助けにもなるが、それと同時に足枷になることもある。
また冒険者全員が全員、善人というわけでもないのだ。最初は親切そうに近づいて来て苦労の果てに、いざお宝の元まで辿り着いたその瞬間、独り占めするために仲間を殺して裏切ったりする連中もいたのだ。
だからみんな、古くから信頼できる者同士でしかパーティーを組まないのだ。
たまに新規登録者同士でパーティーを組んでダンジョンへと向かってしまうのだが、その後街へと帰ってくるものはほぼ皆無である。
それは冒険者に成り立てなら誰でも経験する『ようやく冒険者になれたんだ!』という過剰な自信と油断が引き起こす、死への導き。
そもそも一度も冒険したことが無い者達が、何故そのような自信を持つものなのか? 俺にはちょっと理解できなかった。
俺は幼い頃から両親がおらず、誰に教わるわけでもないまま、いつの間にか冒険者となっていた。
けれど今日この日まで、無事生き延びられてきたのは俺自身が臆病で、それと同時に自分の能力に自信がなかったおかげなのかもしれない。
英雄になるには、時に無謀に、時に大胆に、そして時に愚かでなければなれないと言われている。
それは恐れを知らず、何事にも縛られず、そして自分自身に過剰な自信を持つことだと俺は思う。
もちろんそんな人生も良いものだろう。周りの人から褒められ、良い食べ物を食い、良い酒を飲み、良い女を侍らせ、他人から見れば最高と言える生活に違いない。
けれども、そんな英雄と言えども永遠の刻は続かない。英雄とは総じて短命なのである。
歴史に名を残す人間とは、何かを犠牲にして事を成す。
それが仲間なのか、それとも自分自身なのかはよく知らないが、ただ分かっている事は『英雄は長生きできない』ということだけだった。
俺は臆病だ。だから別に英雄になんかならなくても、毎日を生きれればそれだけでいい。
歴史に名なんて残しても、死んでしまったのでは何ら意味が無い。そんなものは死んでから、周りに居る人間達が祀りあげているだけにすぎないのだから……。
「ま、人は誰しも生きてなんぼですからね。世の中結局のところ、みんな金次第……という何とも世知辛い世界に生きているものですし」
「うんうん。ですよね~。お金がなきゃ生きていけませんもん♪」
「……いや、確かにそのとおりかもしれないけどさ、二人とも少しだけ言葉選ぼうぜ」
シズネさんもミミもまた、何かを悟ったような口ぶりでそう語っていた。
それも決して間違いではないのだが、もう少し言葉というか、何か別の上手い表現がなかったのだろうか? これではただの守銭奴とその配下に成り下がってしまうことだろう……。
第217話へつづく




