第215話 得たいの知れない書類にはご用心
「武器の貸し出しをしてくれるっつうーのは、ありがたいよな~。ほんと俺達冒険者にとって武器や防具ってのは、命を守る相棒みたいなもんだからな!」
「ですです。ま、た~まにそんな相棒さんにも裏切られちゃって、道半ばで簡単に命を落としちゃうんですよね~。ふふふっ」
「ちげーねー。ちげーねー。嬢ちゃんも、わかってんな~。ちゃ~んと武具の手入れとかしてやらねぇと拗ねて、簡単に裏切られるんだよなぁ~。がっはははっ」
「…………(ぼそりっ)何が面白いんだよ」
ミミとその冒険者の男は意気投合して何が可笑しいのか、死亡フラグについてを笑いあっている。
俺には何が面白いのかさっぱり理解できない会話なのだが、当人同士では面白いに違いない。
もしかすると、いわゆるブラックジョークってやつなのかもしれない。
「(でも……にしても、だよな? 武具の不具合で死んだりするのって、そんなに面白いことなのかよ……)」
そう感じる俺を尻目に、二人はそのまま会話を続けている。
「じゃあお兄さん、まずはこの冒険者登録を済ませちゃいましょう~♪」
「ああ、いいぜ♪」
ミミに言われるがまま、その冒険者の男は差し出された洋紙に自分の名前や職業などを書き込んでいる。
「名前と職業っと……」
「はい。それで結構ですよ。あとお兄さん、このチェック項目にも記入してくださいね。それと目を通したら、確認のためのピンも書いてください」
「はいよ! 何々……過去5年間に怪我や大きな病気になりましたか? いや、俺は健康そのものだ……っと」
「じゃあ、次はこちらの……」
何やら聞きなれない単語が二人から漏れ聞こえてきていた。
少し気になった俺は遠くからそぉ~っと、その洋紙を覗き見ることに。
「……ぶっ!!」
(なんだよ、ありゃ!? あの洋紙は正規の冒険者登録書類じゃねぇぞ!! しかも無報酬ってなんだよ!?)
そうそれは冒険者が登録する洋紙ではなかったのだ。
何故なら、その男が書いていた洋紙の頭には『無報酬志願登録書』と書かれていたのだ。
男が冒険者登録だと思っていたものは、クエスト依頼を遂行した暁に貰えるはずの報酬を放棄する関連書類だったのだ。
つまり、タダ働きで契約を結ぶというものである。何でそんなものがウチのクランにあるのだろうか……甚だ疑問である。
「……なぁ少し疑問なんだが、この保険の受取人って項目は何を書けばいいんだ?」
「あっ、そこは空白でいいですよ~。その上にお兄さんのお名前を書いていただければ、後はこちらで記入しておきますから~♪」
「そっか、嬢ちゃん親切なんだな。わかった、この上に俺の名前だな?」
「(おっさん、アンタ騙されてる。ミミに騙されちゃってるよ。アンタが今書き込んでいる項目欄は、死んだときに保険金の受け取りを決める保険契約者について、なんだぞっ!! いいの? そんなもの書いたら、沈められちゃうんだぞ!)」
ご丁寧にも洋紙の一番下に書かれていたものは、生命保険の同意書だったのだ。
これは被保険者が依頼を受け死亡または怪我をした際に、ギルドから支給される慰謝料のようなものである。それが一体何故ここにあるのか……たぶんシズネさんが勝手に書類を作り、その保険金の請求だけをするつもりなんだと思うのだが。
そもそもここはその冒険者ギルドに対抗するクランなのである。
それが何故、アチラさんの書類を流用して書いているのか……いや、もう考えるのはよそう。考えるだけで怖くなってしまうから……。
「……じゃあ、これでとりあえずクランの登録も終わったことだし、帰り道がてらこの隣にあるっていう武具屋とやらに行ってみるとするか。ありがとな、嬢ちゃん。おかげで助かったぜ!」
「いえいえ~、こちらこそありがとうございま~す♪ お兄さん、またのご来店を心よりお待ちしてま~す♪」
その冒険者の男はウチのクランでの冒険者登録を済ませると、先程ミミが勧めてくれた武具屋の方へと行ってしまったのだ。
「ミミ……やったな(色々な意味で)!」
「マスタ~、それにシズネ様、見ていらしたのですか。なんだか恥ずかしいですぅ~」
「そのように恥ずかしがる必要はないですよ。立派に受け付けをなさっていたではありませんか」
俺とシズネさんはすぐさまミミの元へと駆け寄り、彼女の苦労を労う。言葉では恥ずかしがっているのだが、彼女もまた褒められて満更ではないと言った感じの表情をしている。
その証拠に自分の垂れ下がっている耳を左手で摘まみ、右の人差し指で円を描くようになぞっていたのだ。
「それにしてもまさか、こんなに上手くいくとは思わなかったな……色々な意味合いで!」
「これもマスターのおかげです♪ さっきのお客さんのことをマスターなんだと思い浮かべたら、全然緊張しなかったんです!」
ミミは男性恐怖症を克服したのがとても嬉しいのか、俺の両手を取りぴょんぴょん跳ね飛んで喜びを体で表現していた。
なんだかそんな彼女の笑顔に釣られ、俺までも口元が緩んでしまう。たぶんそれは引き攣った笑顔と言うのかもしれない。
「……にしても、不思議だよなぁ~。こんな簡単にトラウマを克服できちまうなんてさ」
「ね~。ミミも不思議不思議ですぅ~」
トラウマとは本来、心の奥底に巣食う病魔である。それがちょっと視点をずらしただけで、意図も容易く治ってしまうなんて信じられなかった。
俺とミミ本人は首を傾げつつも喜びに満ち溢れていたのだったが、横に居るあの人がこのまま事を終わらせるわけがなかった。
「まぁぶっちゃけ、旦那様は背景オブ背景ですからね。男性が苦手なミミさんも、さすがに背景に反応するほどではなかった……というわけなのでしょうね」
「……はっ? シズネさん、何好き勝手言ってくれちゃってんだよ。確かに俺は背景かもしれないよ。でもまさか、ミミまでそんなことを思うはずが……」
「なるほど~っ! だからマスターが相手でも全然気にならなかったわけなんですね~♪ こんな風に言われてみると、納得しちゃいます♪」
「ミミまで、そんな説明で納得しやがるのかよ……」
どうやら俺の本来の力である『背景力』は、ミミのトラウマでさえも太刀打ちできないほど無視される存在感のようだ。
……というか、それをさっきのお客にもしたって、一体どういうことなんだよ? 受け付けに立つミミの目の前に、突如として家の外壁とか草木が生い茂る野原でも表示されていやがったのか? もしくは首から上が存在していなくて、そこから草や花が生えている花瓶か生け花チックに見えていたのか? いや、そのどちらにしろ、そっちの方がトラウマにならねぇかよ……。だってよ、その外壁とか野原が右へ左へと自由自在に動き回ってるんだぜ。
それこそ男性恐怖症なんて些細な問題だし、壁が喋ったり笑ったりする……軽いホラーチックどころか、もはやただの薬物中毒者の末期症状者じゃねぇかよ。
「(ボソリッ)ま、全部冗談ですけどね。そんな都合の良い能力、あるわけないですし」
「……あのシズネさん。そういうのはちゃんと、ミミの耳に届く程度の音量でお願いするよ」
最後にオチとも言うべき、そんなシズネさんの呟きが俺の耳へと届けられた。
第216話へつづく




