第213話 夫婦間で行なわれる摩訶不思議なコミュニケーション
「一つ聞くけどミミってさ、俺とはこうして普通に話をすることができるんだよな?」
「はい。でもウルフさんと話しをするときはすっごく緊張するのに、不思議とマスターだと全然緊張しませんね。とっても不思議ですぅ~」
「あっ……なるほど」
「おっ! ようやくシズネさんも気づい……いや、フリだけかよ。何でイチイチ、セリフと行動とがまったく噛み合っていないんだよ、アンタは」
話の要領を得たのか、シズネさんは手で相槌を打つフリをして納得するような顔をしている。そう、あくまでそれもそれはフリだけなのだ。
だから手打ちする際のわかりやすい『ポン♪』って効果音は一切していないどころか、むしろ「まだ話がわからない……」っと言った感じで小首を傾げていたのだ。
俺は未だ状況を飲み込めないシズネさんとミミのためにも、もう一度説明してやることにした。
「だからミミには俺と話しているのと同じように、クランに来る冒険者の男達にも接客すればいいってことなんだよ。ま、絶対っていうわけじゃ~ないけれども、試してみる価値はあるだろ?」
「なるほどぉ~っ! マスターは頭が良いのですね♪」
「う~ん…………ポン♪」
「……いや、だからねシズネさん。アンタ、ほんとは俺の話理解しているのに、さっきからふざけてやっるんだろ?」
「てへっ☆」
そこまで説明してミミは理解したのか、嬉しそうに喜んでいる。
だがしかし、シズネさんは対照的に腕を組み悩んでいるフリをしつつも、セリフとした相槌音を口にしていた。そして俺にそれを問われると、自らの頭を軽く叩いて可愛い子ぶってみせた。
そんなシズネさんに対して俺は「(クッソ可愛いなシズネさん!! あざといんだけど、何故か可愛く見えてしまうという……これが惚れた弱みってやつなのか!?)」っと、詐欺にあった被害者ばりに騙されてしまう。
「……ふっ♪」
そして「やっべ。超コイツ、チョロいんですけど(笑)」っと言った感じの不敵な笑みを浮かべられてしまう。
「マスター? シズネ様? 先程から二人で何をしているんですかぁ~? ひょっとして新しい遊びなんですか? だったらミミも仲間に入れてくださいよぉ~♪」
「「あっ」」
さすがにふざけすぎたのか、仲間外れにされたミミが俺達の会話に割って入ってきた。
「んっ。んーっ。別になんでもねぇよ。ね、シズネさん?」
「ええ。摩訶不思議な夫婦間でのコミュニケーションをしていただけですから、ミミさんはお気になさらずに」
「夫婦の……ふえぇぇぇぇぇ。夫婦って不思議なんですねぇ~♪」
「(摩訶不思議なコミュニケーションって何なんだよ。あとミミもミミでそれで納得しちまうのか?」
俺達は「気のせいだから……」っと、強引にもミミを納得させることに成功する。……というか、こんなんで騙されるミミの将来が心配になってしまう。
「それでミミ、先程旦那様がされた提案で乗り切れそうですか?」
「うーん。どうでしょう。やってみないとわかりませんけど……」
確かにこれまでトラウマを抱えていたのに、ただの思い込みだけで頑張れとか言われたくらいで克服できるはずがないだろう。
けれども、これでいいのだ。案外人の思い込みによる力は侮れず、事の外物事が上手くいくこともあるのだ。まぁ実際、接客をするまでどうなるかは不明なのだが、何もしないよりはマシなはずだ。
「じゃあ、とりあえず実践っつうか、下に降りてやってみるか? 幸い、今の時間帯ならクランに来る客だって少ないと思うしさ」
「確かに『物は試し』ですしね。それでダメなら、別の案を考えればいいだけですからね。それではミミ、さっそく下に参りましょうか」
「は、はい!」
とりあえず俺の案である『クランに来る男の冒険者のことは、すべて俺だと思え』作戦が実行されることになった。
尤もコレは、あがり症の人に対して『人を人と認識するのではなく、すべてジャガイモだと思え!』のパクリなのだが、それは敢えて口には出さないほうがいいだろう……。
それに心に傷を持つ者は総じて、何かしらの心の病を抱えるものである。それが過去に辛い仕打ちを受ければ受けるほど、強く頑なになってしまうものなのだ。
またこの世界に住む亜人達に多く見られる傾向なのだが……人と同じ形であるが故に人と比べられてしまい、特に耳やしっぽなどの部分的差異により、謂れのない差別を受けてしまうことがある。
きっとミミの場合も『仕事が出来ないから』との理由も考えられるが、そんな種族的差別の意味合いも含まれていたのかもしれない。
それにその時の心の傷により、男性恐怖症を患ってしまったのだと考えられる。それは人間の男だけでなく、同じ亜人であるウルフにも苦手意識を示したことで確認できる。
けれども、そこである一つの疑問が浮かんだ。
「何故、ミミは俺にだけは平気なのだろうか?」
ひょっとして『好きなタイプなら平気』などと物語の進行上、都合の良い理由でもあるのかもしれない。
そう思いながらも、俺達は一路クランがある一階へと降りていくのだった……。
第214話へつづく




