第209話 ミミ・フォルトが笑顔でいる理由とその過去
「これでお互いが謝りましたので、今回の件はこのあたりでよろしいのではないでしょうか? ね、ご主人様?」
「んっ? ああ、そうだな。ジャスミンだってウルフの意見を受け入れるみたいだし、ウルフも意見するにも言葉が足らなかったと反省しているわけだしな。ジャスミンもウルフもそれでいいだろ?」
エルフィから場を収めることを提案され、俺もそれに賛同することにした。このままではいつまでも二人の謝罪が終わらず、建設的ではないと考えたからだ。
「うん。ボクも今後は自分の考えだけじゃなくて、他の人の意見をなるべく受け入れるようにするよ。それが出来なきゃ大商人になるなんてのは、夢のまた夢だからね!」
「俺もただ相手に意見を述べるだけではなく、言われた相手がどう思うか考えようと思う。これはとても貴重な経験となった」
「ウルフ、これからもよろしくね♪ どんどんボクに意見していいからさ!」
「うむ。俺のほうこそ、お嬢には色々と学ぶべきことがあるだろう。こちらこそ、よろしく頼む!」
これでようやく二人も納得し、がっちりと握手をして和解したのだった。
こうして慌ただしくも三人に店の案内と自己紹介が済むと、その日の夕方から彼及び彼女達がともに働いてくれることとなった。もちろん最初は勝手が分からないため、それぞれの補助として仕事をすることになるわけなのだが、ミミを除いてエルフィもウルフも即戦力と言える働きをしてくれたのだ。
けれども、ミミは極度の男性恐怖症からクランでの仕事に対して、なかなか馴染むことができないでいた。その原因は、ウチのクランを訪れる冒険者達のその大半が男であり、ミミにとってその都度試練を受けているような感覚だったことが要因なのかもしれない。
そして間もなく、事件は起こった。
それはたまたまシズネさんが席を外し、ミミ一人で受け付けしているところへ男の冒険者がやって来たときのことだ。
「俺はこれまで向こうのギルドでクエスト依頼を受けていたんだが、こっちのクランでの仕事はどうなんだ? 報酬は高いのか?」
「あああああ、あの……わわわわわ、わたし……」
「うん? なんだお前? 何を喋っているのか全然わからないぞ……もしかして俺のことを馬鹿にしているのか!?」
「ばばばばばばば、馬鹿になんて、私は……」
「ふん! もういい……邪魔したな!」
「ぅぅっ」
極度の緊張からミミは上手く応対することが出来ず、客を怒らせて帰らせてしまったのだった。
そんなことが数え切れないほど起こり、その度にミミの顔からはいつもの笑顔が消え去ってしまうのだった。そしてそんな彼女に似つかわしくない、落ち込んだ様子を見て俺までも心を痛めてしまっていた。
「なぁシズネさん。ミミのことで少し話があるんだけど……」
「ミミのことですね?」
俺は居た堪れなくなり、空いている時間を見繕ってシズネさんへと相談することにした。
「ああ、ほらミミって男性恐怖症だろ? だからクランの受け付けなんてさせているのは、あまりにも酷じゃないのか? せめて他の簡単な仕事からやらせるのはどうなんだ?」
「ですが、それは最初に雇用するときの取り決めですし、何よりミミさんが進んで受けた仕事ですからね。それにこういった類のことは、他人から言われてすぐに治るものではありません。自ら克服しなければ、彼女はいつまでも経っても変われないでしょうね。またミミの仕事を他に変えることは容易ですが、そんなことは彼女のためになりませんよ旦那様」
「いやまぁ……それはそうなんだけどね」
そうなのだ。ミミは自分の人見知り、それも男性恐怖症を治すため、自ら進んでクランの受け付けの仕事を申し出たのだ。
何もそれは改めてシズネさんから言われずとも、俺だって知ってはいる。けれども、このままではミミが潰れてしまい、この店をやめてしまうかもしれない。そう思ってシズネさんに相談したのだが、特にこれといった解決策がないまま、数日が過ぎ去ってしまっていたのだ。
「旦那様、だから今はミミさんを信じて待ちましょう……な~んて言っても、今の旦那様では納得いたしませんよね? いいでしょう、休憩時間にでも三人で話し合ってみましょう。何か解決する方法があるかもしれませんしね」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
やはりシズネさんもなんだかんだ言いつつも、ミミのことが心配だったのかもしれない。
「あの……シズネ様にマスター、ミミにお話ってなんですか? もしかしてミミ、ここをクビになっちゃうんですかぁ?」
客が引き空いた時間を見つけてミミに話があると俺の部屋にシズネさんと二人で呼んだのだが、彼女自身も何故自分が呼ばれたのか既に理解していたようだった。
だがやはり……というべきなのか、今にも泣きそうな顔をしている。そんな彼女を慰めるため、俺は出来るだけ言葉を選んで優しく声をかけた。
「いや、ミミのことクビになんて絶対にしないけど、仕事の話であるのは確かだな。実はな、クランでの受け付けの話なんだよ」
「はい、そうですよね。ミミもそのことだと思ってました」
俺は簡単に彼女に対して説明することにした。
『男性恐怖症でまともに受け答えができないこと』『このままだとミミ自身も潰れてしまうのではないか?』『そして何か解決策がないのかっと、こうして話し合いの場を設けたこと』などなど。
一番単純な対策としては、ミミには対人接客よりも裏方で仕事をしてもらう方がいいのだが、さすがにそれは口が裂けても言うことはできなかった。
それはあまりにも酷な話であり、それと同時に彼女が使い物にならないっと言ってることと同義であると思ったからだ。
「マスターもシズネ様も、ミミのことを心配してくれてるんですね……」
「当たり前だろ! ミミだって、もうウチで働く従業員で仲間なんだから当然だ! な、シズネさんもそう思うだろ?」
「ええ、旦那様の言うとおりです。数日とはいえ、ウチで働いてくれていますからね」
ミミは自分のことを心配してくれているっと少しだけ微笑んだのだが、すぐにその顔は曇ってしまう。
たぶん優しくされるからこそ、結果が振るわないっと落ち込んでしまったに違いない。
「み、ミミ……ミミはここでもいらない子なんですね。ぐすっ」
「いや、ミミがいらない子とかそうことじゃなくてな……」
俺の言葉がまったく届いていないのか、ミミは泣きながら過去にあった出来事をポツリポツリっと語りだした。
「ほ、他のお仕事場でも、ミミは何にもできないから……って、すぐにお仕事をクビになったりしたんです。それで最後には『お前にできるのは、馬鹿みたいにニコニコっと笑ってることだけだ』って言われたりして……ぐすっ。だから……だから……ミミ、何も可笑しくもないのにみんなが言うように、いつも笑顔だけは崩さずにいて……それで……それで……」
「ミミ……」
その話を聞いてさすがに何も言えなくなってしまった。
彼女が笑顔で居続ける理由……その裏にはそんな暗い過去と心の傷があったのだ。きっとそれは俺が想像している以上に、彼女にとっては辛い過去だったに違いない。
「それでもお前は笑顔だけで何も役に立たないから……って、そこのお仕事も辞めさせられたりしたんです。それでミミはもう誰の邪魔もしないように……って、それで冒険者になろうって考えたんです。そう思ってこのクランに冒険者として登録をしたんですけど……すんすん。でも結局、ミミはここでも皆さんに迷惑をかけちゃったんですね……やっぱり、ミミはいらない子なんですねぇぇぇぇ。うわあぁぁぁぁぁん」
そう心の内を吐き出したミミは、盛大に泣き出してしまったのだ。
目からは涙が溢れ出し、拭っても拭っても止まることがない。それはまるで彼女の心の傷の深さを表しているようで、とても見てはいられなかった。
第210話へつづく




