第206話 男と認識していない?
「そもそもジャスミンさんはどうしてウルフさんより、自分の方が劣っていると思ってしまったんですかぁ~?」
「えっ? えっと、それは……ウルフはボクには思いつかないようなアイディアばかり知ってて、だから……」
「ふむふむ。なるほどぉ~……確かに自分より優れている人を見ると、気落ちしてしまいますよねぇ~」
ミミはジャスミンの言い分に対して、少し大げさに頷きながら納得していた。
「でもウルフさんがそれらのアイディアを思いつき気づけたのは、ジャスミンさんという先任者が居たから……とは考えられませんか?」
「ボクが居たから……ウルフは色々と気づけったいうの?」
ジャスミンは少しだけ顔を顰めてしまう。それは「本当にそうなのか?」とややミミの言ってることを信用できない顔であった。
けれどもミミはそんなジャスミンの顔を見ながら、臆することなくこう言った。
「そうですそうです。そもそもウルフさんはミミと一緒で、ここに来てまだ一日目なんですよ! もし自分でお店をやっていたら、そんなすぐに気づけるわけがないですよ~。まだお店で働いていないから、客観的にモノを分析することが出来た……ジャスミンさんもそう思いません? ミミはそう思いましたよ♪」
「あっそっか。そういう考え方も確かにあるかも……」
そこでようやくジャスミンはミミが言いたいことに気づいた様子で、納得するように頷いた。
確かにお店を一からプロデュースするよりも、改善点を見つけるほうがとても楽である。
何故なら実際にお店を運営してこそ、そこで初めて気づける点もあるからだ。またそれは当初描いていたものとは、考えつかないような問題点やアイディアが多い。
「それにですよ~、ジャスミンさんは最初から何でも出来ちゃう完璧人間さんなんですかぁ~?」
「へっ? ううん。違うと思うけど……」
「でしょ~。少しずつ物事を覚え、それを仕事に生かしていく……それが普通だと思いますよ。ね、マスター、エルフィさん?」
人は誰でも最初から完璧には物事をできないのは当たり前。ミミは賛同するように、俺達に話を振ってきた。
「ええ、確かにミミに言うとおりですわ。それにもし至らない点があるならば、人から教えを請う。それは何も恥でも何でもないですわ」
「……そうだな。俺だって最初は何も出来なくて皿洗いくらいしか出来なかったけど、シズネさんに教えて貰うようになってからは料理も少しはできるようになってきた。ジャスミンもそれは知ってるだろ?」
俺とエルフィはミミの意図を察し、ジャスミンを励ますよう言葉を紡ぐ。
「うん……知ってるよ」
「だろ?」
ジャスミンはそう短く返事をする。
「そうですそうです。マスターやエルフィさんは良い事を言いますねぇ~♪ それにもしも恥じることがあるならば、それは……人の考えやアイディアを受け入れられない、今のジャスミンさんの硬い頭ですよ~。それでどうやって大商人になるんですかぁ~?」
「…………っ」
ミミは更に追い討ちをかける一言を言い放った。
ジャスミンもその言葉には思い当たる節があったのであろう、とても険しい顔をしている。
「いや、ミミ。それはちょっと言葉がキツイんじゃないのか」
「でも、本当のことですよね?」
「ぅっ」
確かにそれはミミの言うとおりだった。
俺までも反論できずに、押し黙ってしまう。
人の意見やアイディアを柔軟に取り入れて、活用する。そうしなければ、人は成長できない。ひいては、ジャスミンの夢である大商人になるというのは、夢のまた夢なのだ。
良いことは取り込み、悪いことは排除する。そうしなければ今の世の中、生きていくことは非常に困難だろう。
「確かに他の人の考えとかアイディアって、ボクが思いつかないのもあるよね。そっか……それを受け入れる『器』が備わってこそ、大商人になれるんだよね。ボク、間違っていたかもしれない……ちょ、ちょっとウルフの所へ行って謝って来るね!」
ジャスミンはようやく自分の中で考えがまとまったようだ。そして覚悟を決めたのか、喧嘩したウルフに謝りに行くと言い残し、二階へと走り去ってしまった。
「……行っちまったな。にしてもミミって、凄いんだな」
「ほぇ? 何がですか?」
ミミは何を言っているのかわからないといった、呆けた表情をしている。
「いや、ほら最初人見知りとか言ってたわりに、今はちゃんと目と目を見ながら、ジャスミンに対して雄弁に喋っていただろ?」
「あっ……実はですねマスター。私……人見知りじゃなくて、男性恐怖症なんです」
「へっ? 男性恐怖症? ミミがか?」
「はい……黙っていてすみませんでした」
ミミは俺に対して嘘をついていたことを気にしたのか、いきなりガバリッっと頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
確かに人見知りのわりに、シズネさんやエルフィなどとは普通に会話していた。けれどウルフとの自己紹介のときにはやたら挙動不審というか、決して目を合わせようとしていなかったことを思い出した。
今にして思えば、ミミが男性恐怖症だということが納得できる。
「そうだったのか……大変なんだな。……あれ、でも俺は? 俺とは普通にこうやって話せているよな?」
そうミミは今こうして、俺と面と向かい合って話をしているのだ。男性恐怖症ならば変である。だからこそ、俺もすぐにはミミが男性恐怖症であると気づかなかったわけなのだ。
「あっ、もしかして俺のことを……」
「ふぇ? マスターのことを?」
俺は今自分が思ったことを口にしようとしたが、ハッとしてそのまま噤んでしまうのだった。
ミミもそんな俺のことが変であると思ったのか、不思議そうな顔をしながら「何を言いたかったんですか?」っと言うように首を傾げていた。
「(ミミってば、もしかして俺のことを男と認識していないんじゃねぇのか……だからなんともないとか)」
そう俺が新しい人と自己紹介するたび、『背景だ』『モブだ』なんだなどと言われ、人扱いしてくれていなかったのだ。だからミミも同じ感じで、俺のことを男と認識していない……そう思ってしまったのだ。
第207話へつづく




