第202話 エルフィへの褒美
「そ、そうなんだ。亜人について大事なことを教えてくれたありがとうなエルフィ、ほんと助かったよ。今度からは気をつけるようにするからさ」
「いえ、今や貴方様は私のご主人様ですので、そのようなお礼の言葉は不要でございます。けれど、ご主人様がどうしても……っと仰るならば、代わりにご褒美をいただけませんか?」
「褒美? 褒美ってなんだよ? もしかして……金か!? 俺、今ちょっと持ち合わせがないから、金を求められても困るんだけど……」
実際財布の紐どころか、その大元の給金ですらシズネさんに抑えられている俺にとって、その対価としての金を一切持ち合わせていなかったのだ。
「違いますわよご主人様。私、特別お金には執着しておりませんので……。それよりも、もっと別の良いものですわよ♪」
「うん? 金じゃねぇってのか? なら、エルフィは何が欲しいって言うんだよ? 俺が身に着けてる物だって、特にコレといった珍しいものも持ってねぇんだぞ。男だから洒落たアクセサリーとかしているわけでもねぇしさ」
「いえ、ご主人様は特別なモノをお持ちになられていますわよ」
エルフィが欲している褒美とやらの正体がイマイチ分からず、俺は自分の服やズボンのポケットを探してみるが何も見つからない。
まるでトンチのような受け答えに対して、俺に出来ることは首を傾げることしかできなかった。
「まぁ別に俺が出来ることならなんだっていいぞ。そんな大したこともできないしな! それが物だろうと何かして欲しいことだろうと、エルフィも遠慮することないから何でも好きに……」
「ご主人様……んっ♪」
「して……っ!?」
(な、なんだこれ? なんで俺、エルフィとキスしてんだよ?)
何故かその褒美とやらの許可をした瞬間、エルフィにキスをされ口を塞がれてしまったのだ。
「っ……あっ♪」
「っ……ごくりっ」
(エルフィの唇、すっごい柔らかくて温かいし、何かとても甘い香りと味がして頭がボーっとしてきたかも……)
それはあまりに突然のことだったので、一瞬何をされているかよく理解できなかったが、口元からは彼女の体温と甘い何かが流れ込んできたため、彼女にキスをされているんだと、ようやくそこで状況を理解することが出来た。
またそこに至ってなお、何故彼女からキスをされているのか分からずに、俺の両手は所在無さげに彼女を抱きしめることなく、宙を漂うしかない。
「チュッ♪ ふふふっ。ご主人様、とても素敵なご褒美をありがとうございます♪」
「エエエエエエ、エルフィ何してんだよっ!? いきなり俺にキスしてくるだなんてさ! お前、正気なのかよっ!!」
「ん~~~っ……ふふっ♪」
「っ!?」
ようやくエルフィは俺の口から離れると、そんな感謝の言葉を述べた。
また俺が何をしているのかと抗議しようとしたその矢先、彼女は舌を少しだけ出して自らの唇を舐める。そしてちょっとだけ名残惜しそうにするよう、自らの左人差し指でそっとその上をなぞると、今度は俺のことを潤んだ目で見つめながら「どうかされたのですか?」っと首を傾げている。
何故かそれがとても妖艶でありながらも、同時に綺麗でもあった。
彼女は何をするにも優雅で、上品で……そして何よりエロかったのだ。
「ふふっ。あら、ご主人様は遠慮なく、何でも良いと仰いましたよね? だから私も遠慮せず、ご主人様の唇を頂いただけですわよ♪」
「~~~~っ!? ほ、褒美ってそれのことなのかよ!」
どうやら彼女が欲する褒美とは、それ即ちキスのことを指していたみたいだ。
「ご主人様。ちなみに、なのですが……」
「な、なんだよ。まだ何かあるっていうのか?」
「いえいえ、別にこれはご主人様がお気になさらなくともよろしいことなのですが……エルフ族の女性は生涯を通してたったの一人伴侶しか選びません。しかもそれは初めてキスをした殿方と決められております」
「ぶっ!! ごっほごっほ、そ、それこそ本当の話なのかよ!? だとしたら……」
そう無理矢理とはいえ、俺はエルフィとキスをしてしまったのだ。ということは……だ。俺が受けれいれるにせよ、断るにせよ、エルフィは俺一人にだけ操を立てる……そういうことになってしまう。
「(確かにエルフィは美人なお姉さんだし、モロ俺の好みではあるんだど、これはあんまりにもいきなりすぎるだろ……果たして本当なのか?)」
俺は彼女の表情からその真意を確かめる意味でも、チラリっと見てしまう。
「ふふっ♪」
「ぅぅっ」
(な、なんでそんな意味深な顔しながら、俺に微笑んでいるんだよエルフィ)
それはまるで右往左往と感情が揺らいでしまっている、俺の反応を楽しんでいるようにも見えてしまう。
彼女の表情から読み取れないと判断した俺は、思い切って聞いてみることにした。
「そ、それって本当のことなのか?」
「それ……とはどれを指すのでしょうかご主人様? ふふふっ」
確信した。明らかにエルフィは俺の反応を楽しんでいやがる。
だとすると今言ったこともすべて嘘……になるのかもしれない。
「ほ、ほらエルフ族はキスした異性だけを伴侶にするって話だよ。どうせ俺の反応が見たいがための嘘なんだろ? どうみたってからかわれてるとしか思えねぇもんな!」
「あら、ご主人様は私が嘘をついているとお思いなのですね。悲しいですわ……ぐすっ」
「あっ……え、エルフィ? そんな泣くなんて……」
「ぅぅっ」
俺から自分のことを嘘吐きだと思われたと思ったエルフィは顔を節めながら、とても悲しそうな声で泣き出してしまったのだ。
もはやそれが嘘だったか本当だったかは、もう問題じゃなくなっていた。
女性を泣かせてしまった。それは俺にとって何よりも心を揺さぶられる出来事だった……。
第203話へつづく




