第197話 そこらかしこから溢れ出す、慈愛の精神と哀れみの目
「……さて、ホールの接客についての説明はこのくらいになるな! あとは実際に客と接しながら、徐々に慣れていくしかないしなぁ~。かうゆう私自身も初めのうちは、客との応対に戸惑った口だしな」
「ええ、そうですわね。私も接客業務というのは初めてになります。やはりお話を聞いただけでは、何事も理解できませんから少々不安になってしまいます」
「ふふふふっ……なぁ~にこの店はギルドとは違い、助け合いの精神がそこらかしこから溢れ出し、慈愛の精神と哀れみの目で満ち足りているからな! 何もそんなに気負い、心配することはないのだ。仮に仕事で失敗をしても、シズネから夕食を抜かれたりするくらいなものだしな! あっはっはっは~っ」
そうしてアマネの接客についての説明は一通り終えて「あとは実際に仕事をしてみなければ……」っと、責任逃れの一言で締めくくった。
「(というか、この店ってそんな慈愛の精神に溢れてるのか? しかもそこらかしことか言いつつ、壁の隅っことか床板の間間を然も当然が如く『あそこですよ~』と言った感じに指差してんじゃねぇよ。一瞬、間に溜まっている埃をこと言ってんのかと勘違いしちまったじゃねぇか。あとその哀れみ目とやらはたぶん、シズネさんの『お前、何ヘマしやがってんだよ。ちっ、ったく使えねーなコイツ』って、不満の表れを目が物語ってるだけだと思うぞ。それに三日ほど前、アマネだけ夕食抜かれてたのは仕事でヘマしたからだったのかよ……)」
俺は訝しげの権化のような顔をしながら、アマネの言ってることに対して心の中でツッコミを入れまくってしまう。
「じゃ、じゃあ次は店の中を案内するよ。それでいいだろエルフィ?」
「はい、畏まりましたご主人様。仰せのままに」
今の時間帯はこれといった客もおらず他に特にすることもないので、エルフィに他の場所を案内することにした。
とりあえず同じホール内で、ミミとクランの仕事内容について話をしているシズネさんの元へ行ってみることに。
「ここではこうして冒険者達に自分のプロフィールを書いてもらい、冒険者登録をしてもらいます。そして依頼人から依頼があれば、依頼内容、報酬、期間や注意事項の他にどの冒険者に依頼を頼むことができるのか、選ぶことができます。またウチの取り分である手数料は……」
「なるほど~。ギルドとは大きく違うんですね~」
シズネさんは丁寧にギルドとウチのクランとの違いを説明しながら、ミミへと一連の流れを言葉と動作を交えながら教えていた。
「そして……あら、旦那様とエルフィではありませんか? もう説明が終わったのですか? それにしては少々お早いような感じも……」
「あっ、ほんとだ~♪ マスターとエルフィさんだぁ~、さっきぶりだね♪」
俺とエルフィは二人の邪魔をしてはいけないと少し離れた場所から様子を見ていたのだったが、自分達を見ている視線に気づいたのか、シズネさんが声をかけてきてくれた。
またミミも俺達が来たのが嬉しいのか、ニコニコとした表情で挨拶をしてきた。その人懐っこい笑顔と明るい声を聞いていると、何故だかこちらまで嬉しくなってしまいそうになる。
「あ、ああ一応調理場での仕事の流れを確認する意味でもナポリタンを作ってもらったんだけど、正直俺が作るよりも美味しいくらいでさ、何も教えることがないくらい優秀だったんだよ。だから早めに切り上げて、店の中を案内してるわけなんだ」
「そうなのですか? ふむっ、さすがエルフ族と言った感じですね! エルフ族は何をするにも優秀だと聞いておりましたが、まさかそこまでとは……」
「ふえぇぇぇぇぇ。エルフィさんって容姿だけじゃなくて、料理まで得意なんですかぁ~! いいなぁ~♪」
「みなさん、そのように褒めないでくださいませ。ふふふふっ♪」
俺達が一様に褒めちぎると、エルフィは満更でもないと言った感じに嬉しそうな笑みを浮かべている。
「それでミミの方はどうなんだ? なんとかやれそうか?」
「とりあえず一通りは説明し終えましたからね、あとは実際の仕事をしながら流れを確認し、慣れていってもらうのが一番だと思います。それにはまず、ワタシの補助として就いてもらうことにする予定ですね」
「私もいきなり一人だと、ちゃんとお仕事を出来るかわからないからその方が安心できます♪」
クラン運営の仕事は調理のように特にこれといった技術は必要ではないのだが、何分にも信用が第一の仕事であるため、いきなり全部を任せることはせずにあくまで補助としてシズネさんをフォローしてもらうのだと言う。
「マスターはやっぱり……」
「うん? 俺がなんだ?」
「あっいえ、なんでもないです。お気になさらないでください」
「……そうか? ところでミミ、俺をマスターって呼んでいるのは一体……」
何かを言いたそうにしていたミミだったが、俺が聞き返すと慌てた様子で口元を手で覆い、そこで言うのをやめてしまった。そして両手を左右に激しく振りながら、何でもないことをアピールしていた。
さすがに無理に聞き出すのもちょっとアレなので、話題を逸らす意味でも先程からミミが俺のことを『マスター』と呼んでいることについて聞いてみることにした。
「あっ、不味かったですか? ごめんなさいごめんなさい。私何でもしますから、ここから追い出さないでください!!」
「いや、不味くはねぇけどさ。いきなりミミがそう呼んできたから驚いただけだ」
「……怒ってませんか?」
「うん。別にこれくらいで怒るわけねぇよ」
ミミはまるで小動物のように恐ろ恐ろといった感じで、俺が怒っていないのかとこちらの様子を伺うように怯えていたのだ。
その姿はまさに兎そのもの、ぷるぷると小刻みに震えている。
「そういえばご主人様。私も勝手に『ご主人様』とお呼びしていますが、よろしいのでしょうか?」
「あ? ああ……俺のことは別に好きなように呼んでくれていいからさ。それにミミも今のままでも全然いいぞ」
「畏まりましたわ、ご主人様♪」
「はいマスター。マスターは優しいんですね♪」
今更ながらエルフィも俺の呼び方について問うてきたが、無理に変える必要は無いと言って二人を安心させてやる。
そもそもシズネさんなんて最初は俺のことをモブだなんだと、そもそも人どころか背景がごとく呼んでいたので、二人にマスターやご主人様と呼ばれても全然悪い気はしなかったのだ。
「良かったですねぇ~、お二人とも。ちなみにワタシのことは『シズネ様』や『シズネお姉様』と気軽に呼んでくださってよろしいですからね!」
「か、畏まりましたシズネ様っ!!」
「は、はいシズネお姉様っ!!」
これ幸いとばかりにシズネさんはしれっと自分の呼び名を二人に強調すると、有無を言わさないといった雰囲気を醸し出しながら強制していた。
その雰囲気に呑まれたのか、二人はやや緊張な面持ちのまま、まるで調教された軍隊兵のようにシズネさんに対して敬礼をすると、敬服の礼を尽くしていた。
一体何が二人をそうするまでに駆り立てたのか、俺にはとても予想もつかないのだった……。
第198話へつづく




