第196話 ちょっとしたスキンシップ
「ご主人様。ナポリタンに入れるケチャップの分量はこれくらいで、よろしいのでしょうかね?」
「ちょっと待ってよ……」
ジャッジャッ。エルフィは初日どこか一回目の調理の時点で、俺よりも鮮やかなフライパン振りをしていた。
彼女からケチャップの分量を訊ねられた俺は、味見用にと調理最中で熱せられ炒められているフライパンから、フォークを使ってナポリタンを数本絡め食べてみることにした。
料理において毎日味を一定にするには、決められた器具を使って決められた分量を入れれば事足りるし、何より作り手によって味がブレることもない。
これが人間の舌だけで判断してしまうと、人には同じ味覚への『慣れ』が生じてしまうため、毎日味を見ているうち次第に濃く、しょっぱく味付けしてしまうことを防止する役割も担っている。
レストランのような飲食店においての『味のブレ』とは常連客離れを引き起こす要因となるため、料理の味を改良したり、料理人が変わってしまうことは店の行く末を左右することと同義である。
けれどもウチの店で看板メニューであるナポリタンだけは特別だった。唯一この料理だけは、調理する人間の目分量と勘だけで決めることになっていたのだ。
これは店に来る客一人一人の容姿や性別、職業などその見た目から得た情報で客の好みの味付けを合わせる『味の見込み』をするためであり、またそれが普通のレストランとは一味違う差別化を図る狙いもあった。
「あちち……んっん~っ、んっ! これくらいの濃さがちょうど美味しいと思うよ。ちょっとだけ濃い目なくらいがレストランに来る客の印象に残りやすいし、美味しく感じるからね。っつうか、今更俺が教えることがないくらいエルフィは料理が上手なんだな。エルフ族は料理が得意だって聞いていたけど、これならどこの店だって即戦力になれる腕だな」
「ふふっ。お褒めいただき、ありがとうございますご主人様。実はエルフ達が住む村にはこの街のような娯楽も一切なく、もしあるとするならば狩りや料理、それに歌うことくらいしかなかったんです……よ、っと♪ はい、できました~♪」
「おおおっ! 美味そう~♪」
ジュ~ッジュ~ッ。エルフィは熱せられた鉄皿の上に炒めたばかりのナポリタンを山盛りに盛り付ける。
俺とエルフィはシズネさんに言われたとおり、調理場にて一連の流れなどを説明しながら、今はその腕試しにとウチの名物であるナポリタンを作っていたところだ。
彼女は教えることがないくらい優秀で、俺の立つ瀬がないほどの腕前だったのだ。正直言って、ジャスミンやシズネさんと変わらない美味しさである。
「もぐもぐ……これなら、ほんとこのまま店に出しても問題ないレベルだよなぁ~」
「そのように褒めないでくださいませ。ほんの手遊び程度ですので(照)」
褒められなれていないのか、エルフィは少し頬を赤くして照れている。
「ほんとだって! 自分でも食べてみたらどうだ?」
「そうですね。作った料理の味を確かめるのは調理の基本ですものね。それではちょっとだけ失礼して……んっ」
「あっ、そのフォークは……」
「んっ……良いお味です♪ これは素朴ながらに美味しいです。やはり材料が違いますと、味も違いますね~」
「い、いやエルフィが気にしないならいいんだけど……(照)」
「んっ?」
「なんでもないなんでもない」
俺は「別のフォークで……」という意味で言ったのだが、何故かエルフィは俺が右手に持っていた使用済みのフォークを受け取り、そのまま口にしてしまったのだ。これはいわゆる間接キスである。
彼女はなんとも思っていないようなのだが、逆に俺はというと意識してしまい、照れてしまっていた。それを悟られないよう慌てて手を振り、気恥ずかしさからちょっとだけ顔を背けてしまう。
「あのご主人様……私、ご主人様に対して何か粗相をしてしまいましたでしょうか? 至らない点があれば仰ってください!」
「ほ、ほんとなんでもねーって。俺が勝手に一人で考えすぎちまっただけだから気にしないでくれ」
「ふふっ……そうでしたか♪」
そう言いながらもエルフィは右の人差し指と中指を自らの唇に軽く当てると、意味深にも俺の顔を見ながら微笑んでいたのだ。
「んっ……美味しい♪」
「っっ(照)」
そして照れている俺を更にからかうよう唇から指をスライドさせ、舌を少し出して指をそっと舐めた。
それがどこか妖艶でもあり、何故か彼女の口元からから目を離せなくなってしまう。
「ふふっ……私のご主人様は純粋で可愛らしいのですね♪」
「~~~っ」
(もしかしてもしかして、さっきまでのは全部演技で俺の反応が見たいがためにわざとしてたのかよっ!?)
そこで俺は嫌でも彼女の思惑に気づいてしまった。先程彼女が俺が使ったフォークを使ったのは故意的に、なのである。
たぶん照れている反応を楽しみたかったとか、そんな程度の理由なのかもしれない。
「ちょ、調理場はこれくらいにして、次はホールで接客だ! 接客についてはアマネが教えてくれると思うから、は、早くそっちに行こうぜ」
「あら、二人っきりの時間はこれで終わりなのですね。ちょっぴり残念です」
このままここに留まり、彼女と二人っきりだと俺の心が持たない。
そして今の気持ちを誤魔化すよう調理場を後にして、ホールへ向かうことにした。
「おや、そのエルフ族の女性が、今日新しく入ったという新人なのか?」
「あ、ああアマネ。ちょうどいいところに……彼女はエルフィーナって言うんだ。主に調理場や接客を担当することになるから、アマネもよろしく頼むな」
「エルフィーナです。よろしければエルフィと短くお呼びくださいませ」
エルフィは優雅にも丁寧な会釈をして、アマネに挨拶をした。
「うむ。さすがエルフ族だな。同姓である私でも目を奪われてしまうほどの美しさだ」
アマネはエルフィの容姿を頭から爪先まで観察すると、何かを納得するように頷いた。
「褒めていただき、ありがとうございます。あの失礼ですが、もしや貴女様は勇者さま……で、よろしいのでしょうか?」
「おや、さっそく私の正体がバレてしまったか。何故だろう……絶対にバレない自信があったのに」
「ふふっ。アマネさんはとても面白いお方なのですね!」
今度はエルフィがアマネのことを観察する番だった。
だがしかし、速攻で正体を見破られてしまった。もしかするとエルフィは人を見ることに長けているのだろうか?
……というか、ぶっちゃけアマネは接客をする際にも勇者っぽい鎧を着ているので、誰がどう見ても勇者そのものに間違いなかった。
むしろ他の何に見えるのだとアマネ自身は思い込んでいたのか、逆にこちらが戸惑ってしまう。
「では接客についてを説明しようか。まずウチの店では、お客をテーブル席へと案内して注文をとる。だがこの際、料理の代金については前払い制度を導入している」
「なるほど。お客様に代金を先に前払いしてもらうことにより、無銭飲食や泥酔されている方などからのトラブルを無意識的に抑止する……ということなのですね?」
「ああ、またそれだけでなく客からの値切りされないようにとの意味合いも兼ね備えているのだ。そしてメニューはいまのところ『ナポリタン』『朝食セット』『エール』の三品のみで、価格は計算を間違わないようにと一律して『2シルバー』へと設定されている」
「確かに料理ごとに価格が違うよりも、同じ料金ならば品数だけを数えればお店の従業員だけでなく、お客様も計算しやすいですわね。なるほどなるほど、味付けや接客だけでなく、価格においても相当考えて作られているのですね」
アマネはこれまでシズネさんから教わったことやこれまでに起きた客とのトラブルなど、その一つ一つをエルフィに丁寧に説明しながら教えていった。
その姿は後輩を持つ先輩の姿そのものであり、アマネが成長しているとの証でもあったのだった……。
第197話へつづく




