第193話 貴方にすべてを任せます……
「なるほど……確かに亜人の方々が店舗を構えて、何かしらの商売をしているのを見たことがありませんね」
「そうだろ? しかもあれは俺様達がちゃんとした『店舗』を構えられないのではなく、人間達によって店を構えさせてもらえないのさ。ここだって、そこいらの冒険者ギルドと一緒なんじゃないのか? 俺様達を自分達の良いように使いたいって腹積もりなのではないのか?」
つまり彼の言うところ、仮に『店を建てる』または『店を借りられる』だけの資金があったとしても「彼らが亜人だから……」という理由で、人間は自分達が有している権力を彼らに奪われると思い、そのような懸念から『種族が違う』というだけで断られてしまうのだと言う。
人と人とは元より、人間と他種族の間にも当然の如く、これらのような差別は少なからずあるものである。
特にこのような明日をも知れぬ世界において、それは必然であり人間達の無意識下での生存本能であると同時に、日常的な光景なのだった。
「ま、普通のお店……いえ、冒険者ギルドならばそう思われても仕方ないでしょうね。ですが、ウチはあくまで『クラン』なのです。冒険者ギルドの真似事どころか、むしろ敵対する存在ですからね。ぶっちゃけ貴方が、今しがた論じた人間理論及びその概念を打ち砕く存在と言っても良いでしょう。もしも他者より能力が優れているならば、人間や亜人などという『枠』にこだわらず、それが例えナニモノであったでさえもウチは無条件で採用させていただきますよ」
そう語るシズネさんの表情はとても挑戦的な顔をしていたのだが、どこか楽しそうでもあった。
「……ふっ。確かにここはただの冒険者ギルドの回し者の組織じゃないみたいだな」
「ええ、もちろんですよ。タダどころか、むしろ有料ですからね」
「で、だ。何でこんな回りくどいことをしているんだ? ただの冒険者としての登録じゃ飽き足らず、こんな風に詳しく話を聞くなんて、俺様も未だかつて見たことも聞いたこともないぞ」
「いえいえ、貴方何を仰っているのですか? 今現在こうして話を聞き、面と向かい見ているではありませんか」
「む、むぅ……」
ウルフと名乗るその猫猫族は何か意図を持ってそう質問したのだったが、逆にシズネさんに切り返されてしまい、黙り込んでしまった。
そんな両者の沈黙を嫌い、俺は横から口を挟むことにした。
「実はな、こうして面談してるのには理由があるんだ」
「理由だと? 一体どんな?」
ちょっとだけ怪訝そうな顔をするウルフ。
たぶん、いきなり横から口を出してきた俺のことを警戒しているのかもしれない。
「ウチは今、色々な業種の店を何店舗か運営しているんだ。そこで人が足りなくなって、そこで……」
「ただの従業員募集じゃ、すぐに使えるヤツが集まるとは限らない。だから俺様のように何かしらの特技がある冒険者達から、優先的にスカウトしてるってわけか。なるほど……それを考えたヤツは頭がいいな」
俺が話を言い終えるその前に、ウルフは既に俺達の意図を見抜いていた。
そしてこんな言葉を口にした。
「で、俺様は何をすればいい? 薬草摘みかそれとも皿洗いか? 何だったら、この店の運営を俺様に任せてくれても別にいいのだぞ。ふっ」
それはまるで俺達に挑戦するかのような嫌味と笑みを浮かべていた。
だがその笑みも、シズネさんの次の言葉で消え去ってしまう。
「ああ、貴方に任せるお仕事はそのすべて、ですよ」
「す、すべて……だと?」
「はい♪」
まさか冗談のつもりで言った自分の言葉が全肯定されるとは思っていなかったのだろう、ウルフは愕然とした表情を浮かべ、声も震えている。
「っとは言っても、貴方は商人ですからね。こちらのレストラン部門ではありません。この隣の建物にある別のお店になります」
「別の店? 薬草を扱う店のことか?」
「ええ。もちろん薬草だけに限らず、庶民が使う日用品なども置いた、いわゆる『道具屋』の運営を任せたいと思っております」
「…………本気か?」
さすがにこのシズネさんの申し出はウルフと言えど意外だったのか、目を見開いて前のめりになって聞いていた。
「もちろん本気ですよ。むしろ貴方、これまでワタシの話をちゃんと聞いていたのですか? っとこちらも疑いたくなりますね。ふふふっ」
「むむむっ」
ウルフは三度そんな風に口の中だけで唸ると、今度は口元に手を当て何かを考えていた。
それもそのはず、彼は猫猫族……つまり亜人なのだ。普通ならばこんな話なんて荒唐無稽、詐欺か性質の悪い冗談と取られてもおかしくないだろう。
だがそう語るシズネさんの表情は真剣そのもので、ウルフもそれを感じ取ったから一切反論できずにいるのかもしれない。
「時に……一つ、貴女に質問をしてもよろしいかな?」
「はい。もちろんですよ。何なりと仰ってください」
心なしか、シズネさんに対するウルフの言葉遣いが少し変わったように思える。
若干だが、紳士口調になったのは気のせいだろうか?
「貴女の……いや、貴女自身の夢は何なのだ? あれば是非聞かせてはくれないだろうか?」
「ふふっ。報酬などの待遇かと思いきや、ワタシ自身の『夢』と来ましたか。そうですね……これは夢とは違い、努力目標になりますが『建国』っと、今のところは言っておきましょうかね。くくくっ」
「建国……か。それはなんとも無……いや……」
ウルフは何かを言いたそうにしたのだったが、そこで黙り込んでしまう。
たぶん彼は「無謀だ」などと言いたかったに違いない。だがそれを一度口にしてしまえば、本当に『無謀のもの』となってしまうだろう。
彼が先程言った『夢』とは、とても儚いものであると同時に、ほとんどの人の夢は叶うことがないまま人生を終えることになる。
だからこそシズネさんは敢えて夢とは言わずに、努力目標などと言葉を変えたのかもしれない。それはホンの些細な言葉遊びにすぎないかもしれないが、『言葉』とはそれだけ力を持つものなのだ。
また『建国』とは、それ即ち新たな国を興すことである。
この世界ではギルドがすべての権力を牛耳っているわけであり、そこに建国するということはこれまでのような『敵対する』なんて生易しい言葉では終わらず、ギルドそのものを潰すことを示唆しているわけなのだ。
ウルフもシズネさんの得も言えぬ雰囲気と、何故か相手を頷き納得させてしまうだけのその言葉に対して、既に魅了されてしまったのかもしれない。
「最後に大変失礼なのだが……貴女の名前を聞かせてはもらえないだろうか?」
「ああ、名前……ですか? そういえばまだ名乗っていませんでしたね。ワタシの名前はシズネ。昔はこの世界の魔王様なんかをやっておりました。ですが今は見てのとおり、一介の守銭奴です」
「ふっはははははっ。貴女がこの世界の魔王様ときたかっ! それはなんとも心強いことだ。うむ。俺様もその夢……いや、努力目標に力を貸したくなってきたぞ! よろしく頼むぞ、我が主よ」
「はい♪ こちらこそよろしく頼みますよ。他の方々同様に無賃金で、ビシバシっと扱き使ってあげますからね!」
こうして俺達は猫猫族の亜人『ウルフ』を新たな無賃金労働者……もとい従業員として正式に雇い入れることとなった。
冒険者の報酬にあたる賃金について何も話していないのだが、本当に良いのだろうか? ……いや、最後にシズネさんが無賃金とさりげなく、また同時にしれっと言ったからウルフには聞こえてなかったのかもしれない。
けれども一つ懸念すべき事柄があった。それは先程のシズネさんの話では、ジャスミンが本来したいはずの仕事である『道具屋』の運営全般を彼に一任するらしい。
俺はそのことで「また何かしら一波乱なければいいのだが……」っと、切に願うことしかできないのだった……。
第194話へつづく




