第190話 灯台下暗し
「こほん。あの……ところでユウキさんにシズネさん。こちらのお店の従業員募集の方なのですが……その……芳しくないのでしょうか?」
先程までの俺達の心配そうな顔が表に出てそれを察したのか、それともさすがにマリーのことで笑いすぎだと思ったのか、アヤメさんはまるで話題を逸らすよう真剣な顔つきになり、そんなことを聞いてきた。
「え、ええ……まぁ……実はそうなのですよ」
俺の代わりにシズネさんがとても言いづらそうにしながら、言葉を濁してそう答えた。
「でしたら! 私にアイディアがあるのですが……」
「それは本当ですかアヤメさん!?」
「今の現状を確認になりますが、今はただ従業員募集のチラシを各場所場所に貼り付けているのだけなんですよね?」
「ええ、そうですね」
「ならば……」
「ごくりっ」
だがアヤメさんには何かしらの考えがあるのか、ちょっとだけ勿体つけるようにそんな言葉を口にする。俺は息を飲み、少し前のめりの姿勢になって続きを待った。
「ならば、冒険者達に『クエスト依頼』という形で募集をかけてみるのはどうでしょう?」
「冒険者達に依頼として……ですか?」
アヤメさんのそのアイディアを聞いて、シズネさんは少しだけ怪訝そうな顔をしてしまう。きっと俺だって、彼女と似たような表情をしているに違いない。
それもそのはず、アヤメさんが今言ったクエスト依頼とは基本的にその期日は短期的なのだ。短いものならその日のうちに……長いものでもせいぜい一ヶ月がいいところだろう。
一日や二日ならば、今俺達が抱えている問題の根本的な解決策にはならないだろうし、また一ヶ月程度では飲食店においてもそれは短期的雇用と言えよう。
それと同時にそのクエスト依頼期間が終わってしまえば、また新たな人にクエスト依頼をしなくてはならず、仕事を覚えようやくウチの店の戦力になる頃にはまたすぐに辞めてしまう……延々とその繰り返しになってしまうことだろう。
それでは効率が悪くなるだろうし、人件費や教育するのに負担がかかるため、意味を成さないのだ。
さすがにそんなものでは無意味であると思い、俺は言いにくいながらもせっかくアヤメさんがアイディアを出してくれたのものを断ろうと言葉を口にすることに。
「あのアヤメさん……その申し出はありがたいんだけど……」
「あっ言い忘れていましたが、もちろん『クエスト依頼の期間は定めずに』ですので♪」
「はっ? えっ? えっ? 期間は定めないで募集するんですか?」
「はい♪」
屈託のない笑顔とは今の彼女のために用意された言葉なのかもしれなかった。
満面の笑みと自らのアイディアに一切疑うことのない、自信に満ち溢れた顔つきのアヤメさんがそこには居た。
「なるほど……そうきましたか。確かにそれならば、ただ募集をかけるよりも人を得られるかもしれませんね」
「ふふん♪ どうウチのアヤメは? 貴女達とはモノが違うのよ、モノがね」
シズネさんはそれだけで納得したかのように頷き、またマリーも自慢するよう誇らしげに腰に手を当てている。
「え~っと……うん???」
だが俺だけは蚊帳の外、未だアヤメさんが言っていることが理解できずに困惑してしまう。
「何よ、貴方。そんな呆けたような顔をして……。まさか、まだ分からないって言うつもりなの!?」
「ふふっ。マリーさん、そのようにウチの旦那様を苛めないくださいな」
「だって……」
「マリーさんのツンデレと同じく、旦那様は少し抜けている……そこが可愛らしいんじゃないですか~♪」
「……まぁね。って、シズネ。貴女、今かる~く私のこともついでに馬鹿にしているでしょ?」
シズネさんとマリーはそんな俺を軽くディスりつつも、可愛いなどと言っているのだが、俺はそんなに抜けているのだろうか?
「要するにですねユウキさん、冒険者の中から従業員を選ぶ。ただそれだけのことを言っているのですよ」
「えっ? はぁ……それだけ?」
「はい! それだけです♪」
だがそこに至ってなお、俺はアヤメさんが何を言ってるのかすら理解できずにいた。
「(冒険者の中からウチの従業員を選ぶって……っ!?)ま、まさかそれって……」
「はい、そのまさかですよ♪」
そこでようやく俺もアヤメさん達が言っている意味を理解した。
そう俺達はクランを開いたのだ。つまり冒険者達の詳細が記入されたものが手元にある状態。そこから必要な人材を選び出してウチの店へとスカウトする。ただそれだけのことである。
言ってしまえばそれは簡単で単純なこと。一見すると何らアイディアが無いようにも思えてしまうことだろう。
「とりあえず探してみましょう♪」
そうアヤメさんに促されるまま、いざ冒険者達が書いたプロフィールを調べてみることにした。
「ほら、お二人とも見てください♪」
そこに書かれていた特技の欄に『料理』や『交渉術』それに『商売』や『古物品の鑑定』などと書かれており、今のウチの店に必要なスキル技術である『調理場』『クランの受け付け応対』そして『道具屋』を運営するための能力を持った人材達が何人も記入されていたのだ。
これこそ『灯台下暗し』とは、よく言ったものである。
まさかまさか、ここにきてクランを開いたことがこのように役立つとは夢にも思わなかったのだった……。
第191話へつづく




