第186話 お店とお客は一期一会の関係
それから暫らく経った頃、俺はみんなにシズネさんの意識が戻ったことを伝えるため、一階に降りる。
やはりみんなシズネさんのことが心配だったのか、朝食を取ることもなくテーブルに座って待っていた。
そしてシズネさんが目を覚ましたことを伝えると、すぐにアマネともきゅ子がシズネさんが居る部屋へと向かって行ってしまった。
「シズネさんもまだ病み上がりだから、あまり騒がないように……」そう伝えるため、俺も急ぎ二人を追う。
「シズネっ!! もう大丈夫なのか!?」
「も、もきゅ~っ!」
だがしかし、それだけ二人も心配だったのであろう。逆にハイテンションのまま乱暴にドアを開け放って、シズネさんが居るベットへと駆けつけていたのだ。
「アマネ、そのようにドアを乱暴に開けたら壊れてしまいますよ。まったく貴女ときたら……」
「おおっ! その辛辣にして、まるで相手の心を抉り取るような毒舌の数々……元気になったのだな! 私がどれだけ心配したと思っているのだ……まったく」
どうやらアマネのシズネさんに対する元気バロメーターの基準は、毒舌によるものらしい。
「もきゅもきゅ……もきゅ~♪」
「あらあら、もきゅ子もですか? はいはい」
そうして二人ともシズネさんに甘えるよう抱きついて、あやされるように頭を撫でられている。
「よし! シズネも元気になったところで、快気祝いの駆けつけ三杯といこうじゃないか! なぁ~に病気なんて、酒を飲みゃ~一発で吹っ飛んじまうよ♪」
「ん~~っ。良いわね~、その発想! それにお酒は百薬の長とも言うし、アリッサもたまには気が利くじゃないの♪」
「アリッサ、アリア……シズネさん、まだ病み上がりだからお酒なんてダメだよ~」
部屋の外ではアリッサ達が中の様子を覗き込み、シズネさんの無事を確認するや否や、その場で酒盛りの話をしていた。
またそんな二人を止めているのが、ジャスミンなのは言うまでも無い。
「(みんな何だかんだと言いながらも、シズネさんのこと心配してたんだなぁ~)」
みんながシズネさんのことを心配し、そして元気になったと喜びを分かち合いながら笑顔になっている。
それに囲まれているベット上のシズネも驚いた表情や困った表情を浮かべ、最後には笑顔になっていた。
俺はこの大切な何かを守ろうと心に誓うのだった。
「さて、っと」
「おいシズネさん、何してんだよ。急に起き上がったりなんかして、もしかしてト……いや、なんでもない」
一瞬「トイレにでも行くのか?」と思ったのだが、さすがにそれは女性に対して失礼なので、思わず口を閉じてしまう。
だがそんな俺の思惑は外れ、シズネさんは何を思ったのか、服を着替え始めようとしていたのだ。それもいつも着ているメイド服に。
「それいつものメイド服だよな? 一体何を……」
「何って……旦那様。決まっているじゃないですか、お仕事ですよ、お仕事」
「ちょ、ちょっと待ってよシズネさんっ!! もう仕事する気なのか!?」
ただの軽い過労と精神的負担が原因とはいえ、倒れたのだ。それなのに翌日には、もう仕事をしようとするシズネさんに俺は驚きを隠せない。
「もちろんですよ。一日休めばそれだけ経営が苦しくなってしまう。特に我々の商売……それもレストランでは一日の休みが常連離れを引き起こしてしまいますからね」
どうやら彼女は本当に仕事をする気のようだった。
確かにお店……それも飲食店においての告知なしの臨時休業とは致命的である。
またせっかく来てくれたお客を店側の都合だけで追い返すのだから、これ以上最悪な宣伝は他に無いだろう。
だがそれでも……っと、俺は彼女に進言することにした。
「でもシズネさんっ! まだ一日休むどころか、倒れてから半日くらいしか経っていないじゃないか! 体を休めたりないのに、それなのにもう仕事をするとか……具合悪いんだから、たった一日くらい店を休んでもいいんじゃないのか?」
「……旦那様。ワタシだって、出来ることなら休みたい気持ちはございますよ」
「だろ? じゃあ……」
「ですが、それでもお店の経営とはそのように甘いものではありません。お店側からすれば、たった一日のお休みです。けれども、お店を訪れるお客様にとってはそれが最初で最後、一回きりの来店になるかもしれないのですよ?」
「さ、最初で最後って……」
俺はそのシズネさんの重い言葉を聞き、思わずたじろいでしまう。
「よく商売ではお店とお客様の関係は『一期一会』と言います。これは『今日会えてからといって、次も会えるとは限らない』という意味になります。つまりウチの店で例えるならば、一度来店されたお客様が二度と来店なさることが無いかもしれない……という意味になりますね。もちろんそれには様々な理由がおありでしょう。冒険や旅で命を落とす人、この街を離れる人、そしてせっかく来てみたら店が休みだったので、もう二度と来店したくない。っと思われるでしょうね」
「そ、そんなのは、たまたま運悪く店が休みだってだけだろ?」
「ええ、もちろんそれらも旦那様が仰ったように運悪くたまたまです。ですがお客様の中には、そのたまたまのタイミングでしか訪れられない方も当然いらっしゃいます」
「それはそうだけど……」
確かにその日暮らしの冒険者達ばかりを客として相手にしているのだ、みんながみんな、いつも元気に過ごせるわけはない。ダンジョンに潜れば怪我もするし、病気で死んでしまうなんてことも十分に考えられるわけだ。
そしていつも食べに行っていた店が急遽休みになっていれば、別の店で食事をしてしまうし、それ以降その休んだ店を贔屓にしようとは考えてはくれないだろう。それに俺だって元冒険者なのだから、シズネさんの言ってることも理解できなくはないのだが……。
「それにお店がいつでも開いていることは利用されるお客様にとって、お店側の最大のサービスであり、そこがお店を開く上での一番の要となるのです」
「いつでも店が開いていることが……一番の要?」
「そうです。いくら値段が安く質が良くても、店が開いていなければ意味を成しません。逆に値段が高く質が悪くとも、開いていれば利用する人は必ずいます」
確かにいくら安くて美味しい料理で利用しやすい場所にあり客の態度が良くとも、店が開いていなければ誰も利用することができない。
お店を利用する側にとって尤も重要なこと、それは『値段』や『商品の質』、それに店の利用のしやすさである『立地』や『接客態度』などはもちろんのこと、いつでも店がやっているということが何よりも重要なことなのだ。
開いていることが当たり前。その日常的な当たり前こそ、何よりのサービスなのだとシズネさんは語った。
「確かにそう説明されちまうと、そうなんだろうけどさ」
「だから、今のこの大事な時期に休むことはできません。おわかりいただけたでしょうか?」
俺にはシズネさんを引き止めることができない。できるだけの言葉が無かったのだ。
「……だがな、シズネよ。その体でいつまで持つというのだ? 今日の夜か? 明日の朝までか? そんなものは、その場しのぎにしかならないのではないか?」
「きゅ~っ! きゅ~っ!!」
「…………」
核心を突いたアマネのその一言はシズネさんを口を閉じさせ、もきゅ子は必死にシズネさんの足へとしがみついて「行かせないよ!」と言っているように見えた……。
第187話へつづく




