第181話 二人合わせて……
それから冒険者登録としてアヤメさんの名が刻まれるとすぐに、簡単な依頼や冒険者登録をしてくれる人達が増えるようになっていた。
やはりギルド側の人間……それもギルド長であるマリーの側近中の側近であるアヤメさんのネームバリューは効果絶大であった。
始めこそ「何でここにギルド側の人間の名前が記載されてんだ?」「これ、本人なのかよ?」などと戸惑っていた依頼人や冒険者達だったが、アヤメさんが傍で「この私です!」っと本物であることを証明すると、みんな安心したかのように依頼や冒険者登録について話を聞いてくれるようになっていたのだ。
「はい、それではウチのクランへは『人探し』のご依頼に来られたのですね? わかりました。それではこちらの洋紙に出来るだけ詳細をご記入していただき……。あっ、この依頼を受けたいのですか? これは貴重なベリーの採取となっていますが、大丈夫でしょうか? ええ、ええ。報酬はコレで、依頼の日数は……」
そうして少しずつ簡単な依頼である『手紙運び』や『荷物運び』、ゴミ掃除などの『街の清掃業務』に始まり、田畑を荒らす『害虫駆除』に『農家の手伝い』、それに道路の凹凸を整え作業や落石などをどかす『道路整備』、地域の治安を守る『魔物退治』『国境警備』『店舗警備』『商人の護衛』、果ては『人探し』や『希少価値の品の入手』など、ありとあらゆる依頼が次々と舞い込むようになり、それに比例するかのようにウチのクランに登録してくれる冒険者達も増えていったのだ。
「……はい。それではお二人とも冒険者の登録にいらしたのですね? ではこちらの洋紙にご記入なさってください。もし分からない項目があれば空欄でも構いませんので……」
今日が初めてだというのに、シズネさんのクランでの接客は手馴れたものに思えた。
今も冒険者らしき男が二人、冒険者としての登録をしようとしている。
シズネさんが差し出した茶色の牛の皮の洋紙には『名前』『年齢』『性別』『職業』『特技』『戦闘スタイル』などの他に、『自分がどういった依頼を受けたいのか?』また『逆にどういった依頼は受けたくないのか?』など具体的に記入する項目欄もあった。
これもただ冒険者達に登録してもらうだけではなく、その人の希望を事前に把握することで適正な依頼と冒険者とを繋ぐ目的なのだと言う。
またウチのクランは開かれたばかりなので、一番下にある項目『ランク』はみな統一として『ランクE』と記載されている。
この『ランク』とはクラン側で冒険者を管理するときに、仕事の斡旋や依頼の受注をする際の指針となり得る重要な項目である。わかりやすく言えば、クランと冒険者との信頼度を表すものである。
基本的に依頼人から依頼を受注した限りは冒険者は必ず成功しなければならず、受ける側であるクラン側は「この冒険者で達成できるのか?」との判断材料となるわけだ。
そしてこれまで受けた『依頼の成功率』はもとより護衛任務や動物の駆除などに必要な『戦闘力』、ハーブや薬草などの珍しい食材を収穫採取する『採取技術』、また何か作業や工作するのに役立つ『工作技術』、それと物々交換や他地方の人間と交渉する際に役立つ『話術』などもランク付けされるのだ。
またそれらのランク付け値はアルファベット記号として記され、『E』から始まり最大が『SSS』の10段階で区分けされている。
E>D>C>B>A>AA>AAA>S>SS>SSS
これならば依頼人は一目で「この依頼内容ならば、この冒険者ならば大丈夫だろう……」っと安心して頼むことができるわけだ。
そうそうウチのクランは冒険者ギルドのように、ただ漠然とクエスト依頼と冒険者を掲示板に張り出すだけでなく、依頼人が直接冒険者を選ぶことが出来る斬新な仕組みを組み込んでいる。
これはただ依頼を成功させるだけでなく、丁寧さや繊細さなど、要は依頼成功に対する質を鑑みることに他ならない。
「あの失礼なのですが……これって本名じゃないですよね?」
そうしてシズネさんが簡単な説明をすると、彼等の名前について思うところがあったらしい。
この街にはダンジョンがあり、仕事を求めて各地から様々な冒険者達が集まるわけで、その中には身分や名前を偽る者も少なくなかった。
まぁこれは冒険者ギルドに限らず、ウチのクランでも仕事さえしてくれれば細かいことは言わないのだが、それにしてもシズネさんは明らかに困っている様子である。
俺はそっと横から記入された名前の部分を盗み見ることにした。
「……んんっ!? こ、これってなんだよ……」
それを見た瞬間、言葉を失ってしまう。
「うん? なんだ、俺達の自己紹介が必要なのか? ふふん。まぁいいだろう……今日は特別に気分が良いからな、名乗ってやろうではないか! 私の名前は……『暗殺者1号だ!』」
真っ赤な冒険者の服に顔を半分を隠すほどの大き目の帽子の男は臆することなく、そう名乗り上げた。
「おなじく、私の名前は……『暗殺者2号』だ!」
今度はその隣に居た青を基調にした男が、そう自分の名前を口にした。
「「二人合わせて……暗殺者4号だ!!」」
「…………」
「…………」
さすがのシズネさんとはいえ、これには呆気にとられた様子で何も口にした無かった。それもそのはず名前が暗殺者というのは、あまりにもふざけているとしか思えない。
しかもご丁寧にも職業の欄には『暗殺者』と記載されているのだ。これは誰がどう見ても可笑しいに他ならない。
「(しかも二人合わせて暗殺者4号だと? 3号は一体どこいったんだよ……ハブられてんのか? ってかそもそも暗殺者なら、それを俺達に知られたらマズイんじゃねぇのかよ? 全然暗殺するどころか、個人情報フルオープンって感じだぞ!)」
俺は冗談とも思えぬその二人の冒険者に対し、シズネさん同様に何も口にすることができなかった。
「なんだお前達、俺達がわざわざ名乗ってやったんだぞ! 少しくらい驚くなり、感謝するなりしてもいいだろう? なぁ弟よ?」
「ああ、兄者の言うとおりだ!」
どうやらこの二人、双子の兄弟のようだ。
赤が兄で、青が弟。決して昔の格闘ゲームの手抜きキャラというわけではないので、あしからずに。
「何ならもう一度だけ名乗りあげてやろうか? 私の名前は……暗殺者1号!」
「同じく2号!」
「「二人合わせて……」」
「合わせるなあぁぁぁっ!!」
バンっ! 目の前に居る二人の兄弟の声が揃うその瞬間、シズネさんは似つかわしくない大声とテーブルを叩くことでそれを阻止した。
「……で、お二人とも本当の名前はなんと言うのですか? 先程からふざけていないで、ちゃんとここに書き直してくださいね!」
「「……はい」」
さすがにふざけすぎたと思ったのか、もしくはシズネさんに恐れをなしたのか、二人は素直に言われるがまま名前の欄に線棒二本引いて、その脇へと名前を書き直していた。
「え~っと、お名前が『アサシン・アインさん』と『アサシン・ツヴァイ』さんですか。なんかウチの旦那様ばりにパッとしない名前ですね~。それで職業はっと……劇団員? どちらかといえば田舎の羊飼いにしか見えませんが……あ~もう、面倒なのでお二人とも『羊飼い』でいいですね!」
「(まんま! 名前そのまんまじゃねぇかよ!? 二人の色合いもそうだけど、名前まで手抜きとかどうなんだよ? あとシズネさん……対応に面倒臭さを感じ始めやがって手抜きに走ったな。それに俺をオチに使うのも忘れないよねぇ~)」
俺は来る冒険者は愚か、それを受け付けているシズネさんに対しても『不安』の二文字を覚えずにはいられなかったのだった……。
第182話へつづく




