第179話 アヤメの属性と思春期勘違い
「シズネさんはそれで良いのか?」
「はい? ああ……そのことですか? まぁこの際、仕方のないことだと思いますよ。ワタシはそう納得しておりますので……」
俺は話題を逸らすため、我が妻であるシズネさんへと話を振ったのだったが、これまた意外なことに既に納得しているとのこと。
いつの間にか心変わりしたのか、はたまた俺のことをどうでもいいと思ったのか、その真意は定かではない。
だがこれで俺とアヤメさんの初めてを邪魔するものは何も無くなってしまったのだ。
けれども物事にはすれ違いなどの勘違いがあるように、再度互いの意思を確認することは大事だろう。
何せこの物語は『外しからの外し』というのがお約束なのだ。どこに罠が潜んでいるのか、分からない。
そう思ってアヤメさんにもう一度だけ聞いてみることにする。
「あの、アヤメさん。本当にアヤメさんの初めてが俺なんかでいいのか? 後から『やっぱりするべきじゃなかった……』とかって後悔しませんか?」
「ユウキさん、よく聞いてくださいね。私は貴方の婚約者なのですよ。そんな貴方が困り果てているこの状況下で、私は貴方を助けることができるのです。ならば、貴方に力を貸さないわけにはいきません! ですから『俺なんか……』などと、自分を卑下するようなことを仰らないでください」
「アヤメさん……」
俺は自分勝手だったのかもしれない。彼女の……アヤメさんのその言葉を聞いて、今まさにこの瞬間においても、俺は自分のことしか考えていなかったと思い知らされてしまった。
彼女の言葉は優しさに満ち溢れ、俺を救いへの道へと導こうとしていた。
「旦那様、アヤメさんの言うとおりですよ。このような場合、アヤメさんの好意を無碍にして、自分を貶めることは彼女を……そしてその思いを侮辱することと同義だと思います」
「シズネさん……」
シズネさんはまるで俺に言い聞かせるように、そう諭してくれたのだった。
「皆さんもそう思いますよね?」
「(コクコク)」
そしてシズネさんは周りでこれまでの話を聞いていたアマネ達にも同意を求めるよう聞くと、みんな肯定するように頷いた。
「アヤメさん、シズネさん……それにみんな……ありがとう」
俺はみんなの温かい気持ちで胸が一杯となり、自然と感謝の言葉が出てしまった。これが人の優しさというものなのかもしれない。
「じゃあ、アヤメさん。さっそくで悪いんですが、俺の部屋にでも……」
俺は彼女をエスコートするように背中に右手を添え、自分の部屋がある二階へと誘導しようとする。
だがしかし、だがしかし……である。そうは問屋が卸さないのがこの物語なのだ。
「へっ? ユウキさんのお部屋に参るのですか? どうしてです???」
「え゛っ゛!? ど、どうしてそれはそのぉ~……」
何故かそこでアヤメさんに俺の部屋で行為を行うこと自体を拒否されてしまったのだ。
「(どういうことなんだ? もしかしてアヤメさん、みんなが居るこの場でおっぱじめようとでも言いたいのか? さすがにそれは初めて同士にはハードル高すぎやしないか?)」
「これは一体どういうことなのだろうか?」そんなことを思っていると、横からシズネさんが口を挟んできた。
「うん??? 旦那様、何故アヤメさんをお部屋に連れて行こうとしているのですかね? 別にするなら旦那様のお部屋に行かずとも、ここで致せば良いと思いますが」
「えっ!? こ、ここで? シズネさん、それ本気で言ってるのかよ!?」
「え、ええ。もちろん、ワタシは本気ですよ。むしろここ以外でどこでするというのですかね?」
どうやらシズネさんはみんなが居る目の前で、アヤメさんとの初めてを行え……そう言いたいのだろう。
「(ま、マジか。何、みんなして行為してるところ見たいわけ? そんな趣味があったなんて……)」
もはや覗き趣味を通り越して、ガン見趣味と言っても過言ではない状況である。
「ちなみになんですが、アヤメさんの属性はなんですかね?」
「私の属性をお知りになりたいのですか? そうですねぇ~……」
「えっ、いや待ってよシズネさん!? ぞ、属性って……アンタ、何アヤメさんに聞いてるんだよ!?」
俺はシズネさんがいきなりアヤメさんの性癖を明け透けもなく聞いたので、心底驚いてしまう。
「(それにアヤメさんの属性って……ご、ゴクリッ。ああ、いやいやダメだそんなのは!!)」
一瞬だけ、そのようないけないことを頭に思い浮かべてしまうが、頭を振ってその妄想を振り払うことに専念する。
「えっ? いえ、始める前にちゃんと相手の属性を聞いておかないと、出来ることと出来ないことがありますので……」
「いや、それはそうだろうけどさ。それにしたって、いきなりそんなこと聞かなくても……」
「いいんですよ、ユウキさん。それにこれは重要なことですしね。己を知ることで、改めて自分の限界を探る。とても重要なことと思います。シズネさん、私の属性はですね……」
どうやらアヤメさんはシズネさんの問いにも臆することなく、性癖を暴露した様子。
「(マジかよ、アヤメさん。意外と漢らしいというか、むしろ自分の性癖云々を胸張って言えるのかよ。アヤメさんの属性ってたぶん、純情お姉さんキャラの夜も貴方の言いなりドM属性とかじゃねぇのか。むしろ夜の奉仕への喜びに目覚めても知らねぇぞ……まぁ俺はそんな子、大好きだけどな!!)」
俺は照れつつも戸惑い、そして彼女の属性を聞きたいのだが聞きたくない、という訳の分からない状態に陥ってしまい、両耳を手で覆い、ぴょこりっと指と指との間を開け放ちながら、そのときに備えるのだった。
「私の属性は……女剣士です!」
「そうですか。まぁアヤメさんは見た目からそうですしね。分かりました。女剣士っと」
ついにアヤメさんは自分の属性を暴露した。シズネさんは当たり前と言った感じに、「それはそうですね~」っと受け答えている。
「っっ!?」
(まさかまさか、アヤメさんの属性が女剣士なんてそんな破廉恥な……って、女剣士???)
そこで俺はふと顔を上げ、目の前に居る二人を見てしまう。そこにはドヤ顔を決め込むアヤメさんと共に、シズネさんは動物の皮で作られた洋紙へと何かを書き込んでいた。
どうやら今し方、アヤメさんが言った『女剣士』という属性を書き込んでいる様子。
「あ、あれ……」
「おや、どうされたのですか旦那様? そのように呆けた顔をなさって……」
「あら、本当ですね。あのユウキさん……何かありましたか?」
「いや、その……アヤメさんの属性って女剣士……なんですか?」
「はい。そうですよ」
俺はその言葉を改めて聞いてメバチマグロに負けないよう、連続して瞬きをしてしまうのだった。
どうやら先程から言っているアヤメさんの属性とは『女剣士』を指す言葉だったようだ。
ちなみに属性とはこの世界では職業名のようなものであり、この他にもアマネのような『勇者』やジャスミンのような『商人』などが属性と呼ばれるものである。
また冒険者ギルドにて、冒険者として登録する際には必ず名前や属性などを記入しなければならないわけであり、シズネさんはそれを洋紙に書いていたのだ。
つまり、すべては俺一人の勘違いだったということになるのだった……。
第180話へつづく




