第178話 冒険者ギルドへの畏怖の念と初めて催促理論
「あの……本当に何かあったのですか? 皆さん、いつもと様子が違うようなのですが……」
アヤメさんはとても不安そうにオロオロと「何かあったのか?」と尋ねてきていた。
「(どうする? アヤメさんに何て答えればいいんだろうか……)」
『アヤメの質問になんと答えますか?』
『笑って誤魔化す』クラン廃業、そして全店倒産してしまいバットエンドとなります
『素直に今日あった出来事をアヤメへと伝える』アヤメの言葉が起死回生のきっかけに
「…………実はですねアヤメさん、今日クランの方を開業したのですが、一向に一件の依頼も無く、また冒険者登録も全然してもらえなかったのですよ。正直、期待していただけにみんな落ち込んでいまして……」
意外や意外、それはシズネさんが口にする初めての弱音だった。
本来ならば俺が選択するはずだったものを、先にシズネさんが口に出してくれたのだ。それだけあのシズネさんでも、困り果てていると言える。
「あっ、そう……だったのですか。それは……なんとも……」
さすがのアヤメさんと言えども、それを聞いて口篭ってしまう。
そして腕を組みながら右手を口元へと添え、何かを考えているポーズをとっていた。
「あ、あのアヤメさん?」
「一つ、お聞きしてもよろしいですかね?」
「えっ? ああ、どうぞ……」
俺は沈黙に耐えかねず、アヤメさんに声をかけたのだったが、逆に質問される形になってしまった。
「その……私には言いにくいかもしれませんが、依頼や冒険者登録が一件も無かった原因はもしや……みんな『冒険者ギルド』を恐れて、なのでしょうか?」
「え~っと、そのぉ~…………はい」
どちらにしろ、アヤメさんはギルドの人間なのだ。この程度の情報、集める気になればいくらでも集められる。
それにここでアヤメさんの質問に嘘を言っても仕方ないので、俺は少しだけ間を置いてから素直に彼女の言葉を肯定した。
「やはりそうでしたか……。ウチがユウキさん達のクランの邪魔をしているのですね」
「いや、アヤメさん勘違いしないでくださいよ! 別に冒険者ギルドから何かされたとか、そういうことじゃないですから」
アヤメさんは自分のところのギルドが原因なんだと呟いていた。
それを耳にした俺は「彼女が冒険者ギルドから、直接ウチへの嫌がらせか何かをしているのかと勘違いした」そう思い、すぐさま慌てながら訂正する。
「ええ、分かっておりますよユウキさん。そもそも冒険者ギルド自体が何かしらのアクションを起こせば、すぐに私の元へも情報が入りますからね。ふふっ。私は勘違いしておりませんから、ユウキさんもそのように慌てないでくださいよ♪」
「ほっ。良かったです」
俺はその言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。どうやらその心配は杞憂で済んだようだ。
真面目な彼女のことだ、もしも本当にウチが冒険者ギルドから直接嫌がらせをされていたら、勢いそのままカチコミに行ってしまうことだろう。
「ですが、冒険者ギルド自体が何もせずとも、みんな畏怖の念だけでその存在を恐れてしまっている。これは少々マズイですね……」
「えっ?」
アヤメさんは再び何かを考えるように目線を下へと落とし、そう呟いていた。
どうやら彼女は考えていることが、自然と口に出してしまうのかもしれない。
「あっ、いえ。それだけ冒険者ギルドの影響力が絶大であるという表れだと思いましてね」
「ああ」
確かに自ら行動を起こさずとも、みんな冒険者ギルドを恐れてウチが新規に開業したクランを利用するつもりはないようだ。
さっきアヤメさんが言っていたように、それだけ冒険者ギルドが庶民や冒険者の身近なものであると同時に、恐れている証にもなる。
そうしてまた暫く時が経った頃だった。
突如としてアヤメさんは何かを思いついたようなポンっという可愛らしい手打ちをすると、こんな言葉を口にする。
「……ならば、話は簡単ですね! 私が……私がユウキさんの初めてになります!!」
「お、俺の初めてを……あ、アヤメさんが……」
(マジかよマジかよ……マジかよ!! いいの? 俺の初めてをアヤメさんに奪われちゃう???)
俺はアヤメさんのその言葉を聞いて、戸惑いを隠せない。
何せみんなが居るこの場で「貴方の初めてを奪います!」っと、童貞催促宣言を堂々とされてしまったのだ。そりゃ~もう今から今夜はお楽しみですよ、はい。
「……ふむ。アヤメさんはこういった既に経験がおありなのですかね?」
だが何故だか妻であるはずのシズネさんは冷静なまま何食わぬ顔で、そんな質問をアヤメさんへとしていた。
「あっ、いえいえ。その……わ、私もこのような事は縁が無く疎くて……わ、私もその……は、初めて……なん……です(照)」
アヤメさんも照れながらにシズネさんの質問に対して「わ、私も初めてなんです……」っと答えると、顔を真っ赤にしている。
そしてチラリっと様子を伺うように俺の方へと視線を寄越した。俺も彼女を見ていたので互いに目と目が合ってしまい、視線が交差してしまった。
「…………はぅぅぅぅっ(照)」
「…………っっ(照)」
初めて宣言に付け加え、互いが互いを見ていたのが分かると同時に、俺達は何とも言えぬ恥ずかしさが頂点へと達してしまうのだった。
そして彼女は恥ずかしさからか、胸を抑えるように両手を軽く握り締めながら胸元へと収め、まるで恋する少女のような仕草をしている。それがまた、俺にはたまらなく可愛い行動に思えてしまう。これが惚れた弱みというヤツなのかもしれない。
「(アヤメさんってば、おっとり優しい美人なお姉さんなのにまだ初めてとか……(照))」
気恥ずかしさから、互いに顔を背ける。何故か俺までもそんな彼女が可愛いと意識してしまうと、直視できなくなっていたのだ。
アヤメさんは誰か見ても美人さんだ。これは誰がなんと言おうとも、間違いが無いことである。もし異論を挟めるヤツがいたら、俺は反射的にソイツを殴ってしまうかもしれない。
整った顔に赤茶色で長く綺麗な髪、おっとりとした優しい雰囲気にスラっとした体。
正直言って本来なら、俺なんかがこうしてお相手できる女性ではないだろう。
まぁ尤も俺は一応彼女の婚約者なので、いずれはそういう関係になるのかもしれないのだがな……。
第179話へつづく




