第177話 いよいよクラン開業だったはずが……
「通常業務と並行するように、クランへと依頼やクエスト受注が発生しますので、その際にはきちんと対応してくださいね。ま、尤もそれもこちらのバーカウンター席での受け付けとなりますので、基本的にはワタシ一人で受け付けをいたします」
「受け付けとかも、シズネさん一人で大丈夫なのか?」
シズネさんの主な仕事は厨房とはいえ、クランの受け付け等々も一手に引き受けるとなっては忙しいなんてものではない。もちろんクラン専属で人を用意すべきことなのだが、見ての通りウチに遊んでいる人間は誰も居なかった。
「ま、大丈夫も何も適任と言いますか、本音を言うとワタシくらいしか居ないのですよ。まさか、もきゅ子やサナにやらせるわけにもいかないでしょうし……」
もきゅ子やサタナキアさんなどは比較的手が空いているのだが、まさかドラゴンや剣に受け付けなど勤まるわけがないのだ。
そもそももきゅ子は「もきゅ!」としか鳴けないため、言葉の問題から意思の疎通を図ることが出来ない。
サタナキアさんに至っては……不安しか生み出さないので、そもそも問題外なのだ。
「でも……」
「ふふっ。旦那様は心配性なのですね。クランと言っても開業したばかりですからね。そもそも初日からお客が来るとは思っていませんし、常時張り付いているわけではありません。空いている時間には厨房を手伝いますし、それに今は厨房にはジャスミンがいますからね」
確かにまだ開業したばかりなのだ。専属でやっていけるかどうかも分からないのに、人を雇い入れるわけにもいかなかった。
俺は「なるべく手伝うからね!」っと、少しでも妻であるシズネさんの負担をかけないようにと声をかける。するとシズネさんは「ありがとうございます♪」と礼を言ってくれた。やはり夫婦とは互いに助け合いながら、成長していくものだと改めて自覚する。
そうして通常業務である悪魔deレストランの仕事を行いながらも、俺達はクランを開いたわけなのだったが……今朝シズネさんが言ってたとおり、お店に訪れる客達は皆一様に新たな冒険者ギルド設立に興味を持ち「仕事はあるのか?」など聞いてきていた。
だがしかし、商業ギルド直営である冒険者ギルドの目が気になるのか、誰一人と冒険者としての登録はせず、また肝心の依頼が一件も無いまま、レストラン一番の流行時であるお昼のピーク時を終えてしまったのだった。
「「「「「「…………」」」」」」
「きゅ~っ」
「ふぁ~んふぁ~ん」
ようやく仕事も落ち着き、本来なら楽しい食事の時間になったというのに誰も口を開こうとしなかった。
普段明るいはずのアマネやジャスミン、アリッサやアリア、またウチのムードメーカーであるもきゅ子やサタナキアさんでさえも、見て分かるほど落ち込んでいる。それもそのはずである。期待していたクランへの目論見が既に初日にして頓挫しようとしているのだから、そうなってしまうのも無理もない。
かくゆうこの俺でさえも、まさかここまで新規クランへの風当たりが強いとは思ってもいなかったのだから、みんなが落ち込むのも仕方ない。
「ま、まぁまだクランが開業して初日ですからね! け、今朝ワタシが言っていたとおりですので、その……し、仕方ありません……よ……」
それは普段強気なシズネさんには珍しく、「こんなに依頼が、そして冒険者が来ないものなのか?」という動揺から弱音をつくような一言に思える。最後は消え去りそうな声と共に、最初の勢いが嘘かのようにそのままゆっくりと椅子に腰を下ろしてしまい、黙り込んでしまった。
そしてみんなの目の前には昼食であるはずのナポリタンがあるにも関わらず、フォークに麺を絡めたり持ち上げたりはするが、誰もそれに口を付けようとはしなかった。
「「「「「「はぁ~~っ」」」」」」
そしてまるで示し合わせたかのように、みんなで合わせて深い溜め息をついてしまった。
それだけクランに期待をしていたと同時に、「現実はかくも残酷なのだろうか……」とのショックが大きかったのだろう。温かな湯気を立ち上っていたナポリタンは一口も口を付けられぬまま、すっかり冷め固まってしまい、それはまるで俺達の心情を表しているかのようだった。
カランカラン♪ だがそこに一筋の希望を差し込む、来訪者が現れることになる。
「あっ……お客だ! い、いらっしゃいませ~っ! 悪魔deレストランへようこ……そ。ってあれ、アヤメさん?」
一瞬客かと思ったのだが、その来訪者とはなんとアヤメさんだったのだ。
たぶん今日も昼食がてらにと、俺達の様子を見に来てくれたのかもしれない。
「コンニチワ~、ユウキさん。あら、皆さんちょうど昼食を食べていらしたのですか? 皆さん、本当に仲がよろしいのですね~♪」
彼女は俺達がテーブルを囲み、各々の前にあるナポリタンを見つけると「皆さんが昼食を食べているのなら、もうちょっと来る時間をズラした方が良かったですかね?」っと、やや遠慮気味の言葉を口にする。
「「「「「「…………」」」」」」
「あの……何かあったのですかね? 皆さん、まったく食べていないようですが……」
だが普段とは違いみんな暗く落ち込み、誰も食事をしていないこと。そして誰もがアヤメさんの言葉に対して無言であることに彼女は気がつくと、心配するようにそう言ってくれたのだった……。
第178話へつづく




