第174話 悪の中の悪
「くくくっ。アリッサは考え方が単純といいますか、実に甘いのですねぇ~。もう大甘ですよ」
「ああん? それは一体どういう意味なんだいシズネ? あたいのこと、馬鹿にしてんのかい!? もう一度言ってみなよ、事と次第によっちゃ~アンタでさえも……」
ギラリッ。シズネさんのその挑発する一言で、アリッサに火が点いてしまった。愛用しているサーベルを手に取ると、わざとらしく光を反射させている。シズネさん同様、これも相手への挑発行為である。
「(ま、不味い。このままだとシズネさんとアリッサの殺し合いが始まっちまうぞ。いくらアリッサでもシズネさんに武力で敵うはずねぇってのに、売られた喧嘩買うんじゃねぇよ。あとシズネさんもシズネさんだわ。何アリッサのこと挑発しやがってんだよ。お、俺が二人を止めるしかねぇよな?)」
俺は二人の間に入って入ろうとするのだが、次のシズネさんの言葉でそのタイミングを失ってしまう。
「いえね、冒険者ギルドを潰して終わりだなんて、全然面白くも何ともないじゃないですか。それこそ、そこいらの街に居る名も無き三下のやることですよ。ワタシは冒険者ギルドはもちろんのこと、ギルド本体もぶっ潰してそれに成り代わろうとしているのです。もちろん資金や組織などを綺麗残らず、そっくりそのまま根こそぎ乗っ取ってね。どうですかアリッサ? ただぶっ潰すよりも『金』や『権力』だけの表面的モノはもちろんのこと、それをしてなお住民から感謝までされ、地位や名声までも手に入れてしまう。ぶっちゃけ、そっちの方が面白くないですかね?」
「…………」
まさに一触即発。シズネさんのその説明を聞いたアリッサは無言のまま、シズネさんを睨んでいた。
このままでは本当にいつ殺し合いが始まって可笑しくない状況。 だがそんな俺の思いも、次の一言で杞憂に終わってしまう。
「……ふっ。そうかいそうかい! アンタ、なかなかやるね。あたいにゃ~、ただ潰すことしか考えになかったよ。くくくっ。確かにただ潰すにゃ~惜しい存在さね。それをそのままそっくり乗っ取るだなんて、アンタあたいよりも悪じゃないかい! 気に入ったよ!!」
先程までシズネさんを殺さんばかりの勢いで睨んでいたアリッサだったが、突如としてふっと気を抜いたように口元を緩ませニヤリっとした笑みを浮かべながら、今度は愉快そうに笑っていた。
どうやらシズネさんを自分と同類……いや、それ以上の『悪者』だと認識して認めてくれたのかもしれない。
「くくくっ。そのように褒めないでくださいよ。ワタシは悪魔deデーモンですからね。もちろん『悪』ですよ。それも貴女以上の……ね♪」
「そうかいそうかい。アンタの正体はデーモンなのかい? そりゃ~あたいですらも敵わないわけさね。納得したさねっ! あっはっはっはっは」
「ほっ」
(どうやら事態は収まった……かな? というか、むしろ悪化しているようなのは、この際気のせいだと思いたい)
それでどうにかアリッサの怒りは収まり、俺は気を取り直してその隣に座っているアリアへと声をかけることにした。
「アリアはどうだ? ウチがクラン開くのに賛成か?」
「ん~~~。ま、それでいいんじゃないのぉ~♪ あ~ん……う~ん、今日も美味しいわねぇ~♪」
アリアはそれこそお構いなしに軽い感じでそう受け答えると、そのまま食べるのを止めようとしなかった。
「かるっ!? アリア、これは大切なことなんだぞ! お前、それを分かってんのかよ!?」
俺はそんなアリアに対して、もうちょっと真剣に意見を述べて欲しいと問うたのだったが、こう切り返されてしまう。
「だってぇ~お兄さん達、賛成にしろ反対にしろ、結局はクラン開くんでしょ? だったらそれでいいんじゃない? 何でまたここでクランを『開くだ』『開かないだ』な~んて意見、聞いてるのよ。それこそ、時間の無駄ってもんじゃないのぉ~。それよりも開いたことによる問題点や改善点を話し合う方がよ~っぽど建設的じゃな~い。違う?」
「ぐっ。た、確かにそれもそうなんだけど……それにしたって」
意外や意外、アリアの言ってることは正しかった。どちらにせよ、マリーやアヤメさんに協力を頼んだので俺達にはクランを開く以外び選択肢は無いのだ。それにアリアが言ったように問題点を提起してそれをどう解決するのか? そちらを話し合う方が良いに決まってる。
アリアは一見するとノリの軽いお姉さんなのだが、物事の真理を的確に突いていた。俺は反論できずにぐうの音も出せなかった。
「ふふっ。旦那様、正論言われちゃいましたね」
「ぅぅっ」
そうして追い討ちをかけるが如く、シズネさんが「アリアの言ったことに間違いは無いですしね」と付け加え俺のここまでの苦労と言うか、徒労が無に返されてしまう。
「もきゅきゅ~っ(なでなで)」
「ぅぅっ。もきゅ子、お前まで……」
そしてテーブルへと突っ伏し返していると、そんな俺をまるで慰めるようにもきゅ子が頭を撫でてくれた。こんなとき人の優しさが、より自身の愚かさを際立ててしまう(まぁもきゅ子は人ではなく、ドラゴンなのだが)。
「ふぁあああぁ~っ。兄さん、ワテや姫さんもクラン開くことには賛成ですわ。それに何かあれば遠慮のぉ~言ってくださいや。出来うる限りは協力させてもらいまっせ! な、姫さんもやろ?」
「もきゅもきゅ♪」
「ジズさん……もきゅ子……」
もきゅ子に頭を撫でられながら、欠伸しながらそう言ってくれたジズさんへとチラリっと目を向ける。宿屋のホールから出られないジズさんはこちら側へと様子を伺うよう覗き込んでいた。
これで俺達の中でクランを開くことに反対するものは誰も居なくなったわけだ。
だがそれと同時に不安が掻き消された訳ではない。開いた後に冒険者ギルドやギルドから邪魔をされないのか、そして新規で開くから一切の信用も何もないクランに依頼者や冒険者が集まるのか、ただただそれだけが不安だった……。
第175話へつづく




