第172話 何かを変えなければ、何も変わらない
そうして俺達は冒険者ギルドへ対抗するためマリーやアヤメさんの協力の下『クラン』を開くことになったわけなのだが、こちらの店とは違いギルドにお伺いは立てない。むしろそれは当然といえば当然である。
レストランや道具屋程度の店ならば、この街にも数え切れないほど存在する。そんなものは金さえあればいくらでも建てられるし、ギルドに許可を取れば誰でも営むことができる。
だがしかし、冒険者ギルドだけは各地にある支店に置いてもギルド直営でしか存在しないのだ。だから金持ちがいくらギルドをやろうにも、その許可など降りるはずがないのだ。
冒険者達にとって仕事を斡旋してくれる『冒険者ギルド』は憎むべき存在であると同時に、生活に無くてはならない存在なのだ。だから心内ではみんな不満を持っていても、黙って仕事をするしかない。
「俺が知っているのはそんなところだと思うけど……シズネさん、本当に大丈夫なのか?」
今日も俺達は仕事を終え遅い夕食を摂りながら、いつものようにテーブルを囲み、これからについてのミーティングをしていた。
「クランなんか開いちまったら、いくら協力者として後ろ盾にマリーが居ようとも、公には出せないんだろ? それだとマリーの叔父さんだかに潰されたりしないか?」
「リスク負わずして、成果なし」
「えっ?」
俺が冒険者ギルドに対する知っていることをシズネさんへと説明すると、彼女はそうポツリと一言だけ呟いた。
「リスクが無いところに、成果などあるはずがありません。と言う意味です。人は誰しも生きている限りは常に少なからずのリスクを背負っています。それに気づかないのは……いえ、気づこうとしないのはただ現実から目を背けているだけなのです。違いますか、旦那様?」
「…………」
俺は何も答えられなかった。確かに人は生きるため、毎日何かしらの努力をしている。それが冒険者ならば、余計にだ。
生きて帰って来れないかもしれない危険なダンジョンへと潜り、そこにあるアイテムなどを売ってその日の食事と寝床を確保する。
それは日々、生きるため命を張っていることなのだ。しかもハイリスクのわりにリターンは極僅か。下手をすれば何も得られない時だって当然あるわけだ。
冒険をしたからと言って毎日の食べたり飲んだり安心して眠れるくらいで、‘何か’を成し遂げられるわけではないのだ。
俺はシズネさんが成し遂げようとしていることは、ダンジョンへ潜るのと同じ……いや、それ以上のリスクを覚悟して本格的にギルドに喧嘩を売るつもりなのだと思い知ってしまう。
「皆様……逃げたければ今のうちです。クランを開くと言うことはギルドに喧嘩を売ると言うことになります。今までもそうでしたが、今回ばかりは違います。またリスクのわりに得られるものはお金くらいしかありません。お金があろうとも死んでしまえば、何も意味を成しません。ですから、ワタシは皆さんにここに残って欲しいと引き止めることは致しません。もしこの中でお一人でもクランを開くことに反対ならば、今すぐここから去ってください」
「「「「…………」」」」
そうシズネさんがみんなに呼びかけると、誰も言葉を発しようとしなかった。今の話を聞いて色々考えているのだろう。
ただ金を得る目的ならば、今のままでも十分だ。毎日三食欠かすことなく飯が食べられるし、ちゃんと風呂にも入れる。毎日ふかふかのベットで安心して眠ることが出来る。
それに毎日来店する客達からは「美味しい」や「ありがとう」など日々感謝されるので、意外と満足感は満たされている。だからクランを開いて、敢えてリスクを取る必要性はないのだ。
いつまでもみんな沈黙しているので、俺は一人一人に声をかけ、考えを聞いてみることにした。
「アマネはどう思う?」
とりあえずシズネさんの隣に座っているアマネに何を思ったのか、聞いてみた。この中ではシズネさんに次いで付き合いが長い。
「私か? うーむ。そうだな。正直言って私は元々ギルドに雇われていた身なのだ。だからもしクランを開くというならば、それは恩を受けた者に弓を引く行為なのではと思ってはいる」
「そっか。それもそうだよな」
確かにアマネはここに来る前、ギルド直営のレストランで世話になっていた。だから一時とはいえ、世話になった所に喧嘩を売るのに躊躇しているのだろう。
「だがな、シズネの言いたいことも理解できるのだ」
「えっ?」
きっとアマネは反対なのだろう……話を聞いて勝手にそう思い考えていた俺にアマネは言葉を続ける。
「確かに皆、ギルドから仕事を得ている者達は毎日仕事さえしていれば、どうにか生きてはいける。だがな、彼らを見てみろ! 毎日働いているにも関わらず得られるものが少ないから好きなものも買えずに『いつ仕事が無くなるのか?』『いつ路頭に迷うのか?』と日々怯えているではないか! あれでは生きているのではない! ギルドに生かされているのだ!! あんなものを間近で見てしまっては、勇者として耐えられるわけがないだろう! だから私はシズネがクランを開くことに賛成だ」
アマネは自らの話に興奮したのか、席を立ちながら苛立ちのようにそう叫び、そのまま座った。その顔には先程見せていた迷いは一切なく、決意に満ちた顔をしていたのだった……。
第173話へつづく




