第171話 マリーの冒険者ギルドへの思惑
「……ですから、今のままの冒険者ギルドではいずれ近い将来、依頼人や冒険者達の不満が溜まって暴動を起こしかねないのではないかと私は思っているのです!」
そしていつの間にか、俺の目の前には力説しながら冒険者ギルドへの不平不満を握り拳をしているアヤメさんの顔が近づいていた。なんというか、このままでは勢い余ってキスでもされてしまうのではないかと内心穏やかではなかった。
「じーっ」
「もきゅーっ」
「ぅっ」
チラリと目の前で力説しているアヤメさんから目を離し、横目で周りを見てみれば「旦那様、妻が目の前に居るのに堂々と浮気なのですかね?」「何か顔近くない?」っといった怪訝そうな顔で俺達の様子を見ているシズネさんともきゅ子がそこには居た。
「…………」
「にゃははははっ」
「ぅぅっ」
そして更に反対側を見てみればマリーが目を瞑りながら腕を組み、ジャスミンは乾いた笑みを浮かべて「お兄さん、頑張ってねぇ~」といった感じで俺へと手を振りつつ、このやり取りが終わるのをただ黙って待っている。
アマネやアリッサなどがどんな表情をしているのか、この場からは知る由もないがきっとみんな似たような感じになっているに違いない。
「……ですから私とお嬢様はユウキさん達を手伝い、少しでもギルドから権力を奪うことにより、今苦しんでいる人達の助けになればと……」
アヤメさんは話すのに夢中でこの状態に気づいていない様子。というか彼女も気づいていたら、こんなに顔は近づけないと思う。
さすがにこのままでは不味い……そう思い、目の前で一生懸命話している彼女に声をかけることにした。
「あ、あのアヤメさんっ! 少し落ち着いてください……それにその……か、顔が近い……です」
「ふぇっ? 顔……ですか? うん??? ……あっ! ~~~っ!?!?」
俺はアヤメさんの話を遮るよう両手で止まれといった感じに突き出しながら、今のこの状況を伝えると彼女は一瞬間を置き、そこでようやく俺との距離感が近すぎるのだと気づいた。
「あわわ、すみませんすみません。つい、説明するのに力が入ってしまい……申し訳ないでしゅ」
顔を赤くし慌てた様子で俺の元から後ろへと飛び下がると同時に頭をガバリっと下げ、自らの行いを謝罪してくれた。だが余程恥ずかしかったのか、最後言葉を噛んでしまう。
目をぎゅっと強く瞑り、顔を赤らめながら慌てた様子のアヤメさんは普段の凛々しい姿とは違い、とても愛らしい女性なのだと感じてしまう。
「確かに俺も冒険者だった頃にそういった愚痴というか、不満を耳にしたことがありますし、それにさっきアヤメさんが言ってたみたいなこと、俺もずっと疑問に思ってましたし」
「そうですよね! ですからユウキさん達が冒険者ギルドに代わる『クラン』を開くことには、とても意義があります。これで利用する方が減ることにより、今までの考えを改める機会になるのではないかと思っております」
やはり冒険者ギルドの実質的権力を握っているのはマリーの叔父さんである、ファルテ伯爵らしい。それは口ぶりからもみて取れる。だからマリーやアヤメさん達は冒険者ギルドのライバルになろうとしている俺達に協力し、今のアコギな考えを捨て心を入れ替えるように思っているのだろう。
「マリーは……それで本当にいいのか?」
俺は再度念押しするよう、今度はマリーへと話を振って確認することにした。
「ふふっ。さっきアヤメが言ったとおりよ。それに貴方達、仮に私が反対したとしてもどうせ強引にでもクランを開くつもりなんでしょ? それならどっちにしろ、良いも悪いもないわよ」
マリーは思いのほか冒険者ギルドを潰すことに肯定的なのか、そう言い放った。そしてこうも付け加えた。
「それに私とアヤメが手伝うことで貴方達の情報も自然と探れるでしょうし、十二分にメリットはあるわ」
マリー達は俺達へ協力すると同時にどこまでやるのか、そしてどのようにして冒険者ギルドから客を奪うのかを見極めるつもりらしい。確かに俺達に知らずに動かれるよりも、少しでも情報が得られれば完全に冒険者ギルドを潰す寸前でそれを止めることもできるだろう。
たぶんマリーは冒険者ギルドを潰す、先の先まで見通して動いているに違いない。だがそれにはかなり大きなリスクが付き纏うことになるはずだ。
店とは一旦客からの信頼を損なえば、それを取り戻すのに最初に信頼された時の何倍もの努力が必要となる。それにそれが自らの過去の行い、またライバル店によって奪われたとなれば、それこそ並大抵の努力で客からの信頼を取り戻すことは困難になるだろう。
マリーはそれらのリスクを承知したうえで、俺達に協力してくれるのだ。だが裏を返せば、それだけ今の冒険者ギルドのことをギルドの長であるはずのマリー自身も、良く思っていないことになる。
ギルドとは内部でどれだけ腐った組織なのだろうか……。
第172話へつづく




