第165話 小さな気遣いと食卓への幸せ
「こちらの方は準備、終わりましたかね? もうお昼も大分過ぎましたし、こちらも区切りの良いところでしたら、そろそろお昼にいたしませんかね?」
「あっシズネさん。もうそんな時間になって……グーッ」
「あら……ふふっ」
「……たの。いや、ははっ。わりぃわりぃ。ほら、もう昼過ぎてるからさ……」
レストランの方も大分落ち着いたのか、シズネさんがお昼ご飯だと呼びに来てくれた。そしてタイミング良くも俺のお腹が鳴り響いてしまい、笑いながら誤魔化すことに。
「ん~~~っ。確かにお兄さんじゃないけど、もうボクお腹ペコペコだよ~。一段落したし、お昼にしようよ……ね♪」
ジャスミンも「お腹空いたよ~」っと、わざとらしくお腹に手を当てながらそう言った。たぶん俺に気を使ってくれたんだと思う。
「ふふっ。それでは旦那様のお腹の虫が奏でる前に、急ぎ昼食にいたしましょうかね……」
シズネさんはそんな俺達を見兼ねてか、「あっそうそう、二階で作業をしているアリッサのことも、ちゃんと呼んでおいてくださいね」っと付け加えて自分の店へと足を向ける。だがやはりシズネさんと言えども店の準備具合が気になるのか、しきりに店内を見回しながらレストランへと戻って行ったのだった。
「……シズネさんもああ見えて意外とお店の方、気になってるんだね」
「全然そんな素振りなかったけど、あの様子じゃ……だろうな」
いつもは何食わぬ顔で冷静なシズネとはいえ、これからはレストランだけでなく『武具屋』『道具屋』『宿屋』っと新たにいきなり三店舗も異業種を増やすのだ。気にしない素振りでも、心配にならないはずが無い。
だがそれもアヤメさんとマリーの協力により、どうにか形になることができた。……だが、そこで「そういえば宿屋の方は何もしていないけど大丈夫なのかよ?」っと思ってしまった。
「さぁ皆さん、今日はいつもより多めに昼食を用意しましたので、午後からの仕事に向けてたくさん食べてくださいね!」
「「「「「「いただきま~す♪」」」」」」
「もきゅ♪」
「いただくのじゃ♪」
いつものように昼食はナポリタンだった。
普段ならもっと早い時間帯に昼食を摂るのだが、今日は開店準備の手伝いをしていたせいか、遅くなってしまっていた。
余程お腹が空いていたのだろう、無心になってフォークを進めてしまう。だが心なしか、ナポリタンの味がいつもより濃い目なような気もするが……気のせいだろうか?
「モグモグ……。なぁシズネさん、今日のこの味、ちょっと……ってか、もしかしていつもよりケチャップ多くした?」
「あっ、気づかれましたか旦那様? ええ、今日は余分に仕事をしているので、皆さんその分塩分が欲しいかと思いまして……」
どうやら味を濃くしたのはシズネさんなりの俺達への気遣いのようだ。また味付けだけではなく、ソーセージまでも普段より多く入っているように思える。
だがそれもシズネさんの皿を見て、「違うのだ」と確信してしまった。
「シズネさん……」
「うん? どうかされましたかね、旦那様?」
俺は思わず声をかけようと彼女の名前を呼んでしまったのだったが、そこで口を噤んでしまう。シズネさんは自分が呼ばれたのにそれ以上何も言ってこない俺を不思議そうな顔つきで見ている。
「いや……やっぱり何でもないよ。シズネさん……ありがとう」
「ふふっ。変な旦那様ですね。いきなりお礼を言うだなんて。ふふふっ」
シズネさんの皿にはソーセージがほとんど入っていなかったのだ。たぶん自分の取り分を減らして俺達の分へと回してくれたのだろう。そんなさり気ない彼女の気遣いに感謝して食べ進めるのだった。
「モグモグ……んん~っ♪ 美味しいれすぅ~♪ 美味しいれすぅ~♪ あっそういえば……わ、私も昼食お呼ばれしてもらって申し訳ありませんでした~」
「いえ、当然ですよ。こうして商品の融通や備品棚などを持って来てもらったのですからね……これくらいはさせてくださいよ」
アヤメさんは皿に盛った半分ほどのナポリタンを食べ進め、そこで改めて気づいたのか、従業員ではないのに賄い飯であるナポリタンを出してくれたことを申し訳なさそうにしながら頭を下げていた。
そんな畏まったアヤメさんに対してシズネさんは「そのように遠慮なさらずに……」っと彼女を気遣い、どんどん食べるように盛り皿をズズッと彼女の方に寄せた。
「そうですよ。持って来てくれただけでもありがたいのに、さっきも手伝ってくれてたじゃないですか。ほんと感謝していますよ、アヤメさん」
「ふぇふぇ~」
……俺もシズネさんに同調する形でアヤメさんに感謝を述べたのだが、彼女は食べるのに忙しいご様子で「いえいえ~」と言いたいのだろう。ま、礼というか、喜んで食べているので良いとは思うが……。
「もきゅ~っ」
「あら、もきゅ子? その腕に付けているのは時計ではありませんか? もしやお客から盗んだわけではありませんよね?」
「も、もっきゅ!? こほんこほん」
どうやら不自然にも、もきゅ子の腕へと巻かれていた時計にシズネさんが気づいたようだ。いきなり確信を付いたその言葉にもきゅ子は同様から咳き込んでしまっていた。
「それにアリッサ。先程から気になっていたのですが、その胸の谷間に挟んでいるのは財布ですよね? ……それはどうされたのですか? まさかもきゅ子と同じく……貴女も盗んだのですか?」
「ぶっはっ!? ごほんごほん。あ、アンタいきなり何言ってるのさね! 人聞きが悪いこと言うんじゃないさ! こ、これは……さっき外でプロモーションしてた時に拾っただけのことさね! な?」
「も、もきゅ!」
言い訳にしてはあまりに苦しいアリッサ。もきゅ子へも賛同するように声をかけている。
「……そうでしたか。それならちゃんと元の持ち主へと返すのですよね?」
「いや、返すと言ってもほら……誰が落としたかなんて分からないからねぇ~。ヒューヒュー」
「もきゅ~。きゅ~きゅ~」
二人は返したくないのか、口笛を吹く真似事をして必死に誤魔化そうとしていた。
「そうですか? もきゅ子、その時計見せてもらえませんか?」
「も、もきゅぅ? きゅー」
少し名残惜しそうにもきゅ子はシズネさんへと、撒いている腕ごと差し出す。
「ふむ……なるほど。持ち主がわかりました!」
「な、なんだってぇーっ!?」
「も、もきゅーっ!?」
「ほら、ここ。時計の裏側をよぉ~く見てください。名前が彫られているでしょう?」
そこには『ビス・マルクス』と、しっかりと持ち主の名前が刻まれていたのだった。
この世界では腕時計は高級品のため、落としたときなどの万が一に備えて裏側に名前を彫る人もいたのだ。彼、ビス・マルクスもその一人だったのであろう。
「さっ、名前を判明したことですし……アリッサ、財布をワタシに。マルクス家はこの界隈ではギルドに次ぐ小麦の卸業者ですからね。その落し物を返しておけば、貸しとして後々何かの助けになるかもしれませんからね。恩を売るに越したことはありませんからね♪」
こうシズネさんに言われてしまえば、アリッサとて財布を返さないわけにはいかなかった。泣く泣く「ほらよ」っと胸に挟んでいた財布をシズネさんへと渡すのだった。
そうしてアリッサももきゅ子も、今のやり取りを忘れたかのようにまったく気にもせず、そのまま食事を再開することになった。
「ほんとあたいの店も商品も揃ったし、ディスプレイもした! これで明日にはちゃんと開店させられそうだよ! そういや、ジャスミンのとこはどうなんだい? アンタんとこ、薬草やらなんやらと品数多いんだろ……大丈夫なのかい?」
「うん、そうだねぇ~。お兄さんにも手伝ってもらったし、ほとんどの準備は終わっちゃったかなぁ~。あとはお客さんを入れるだけ! って感じだねぇ~♪」
「……店をやる者にとっちゃ~、そこが一番の悩みの種ってやつさね~。もしも入らなかったらと思うと……」
「……だよね~」
店主二人は昼食を食べ進めながら明日に向けた準備の確認と話し合いをしているようだ。
「へぇ~っ。じゃあ貴女、勇者で魔王を倒すため働いているんだぁ~。偉いわねぇ~♪」
「ああ、この聖剣で私は魔王を倒す日を待ち望んでいるのだ! あっははははは♪」
「おろ~。アマネよ、そ、そのように振り回すではないわ!! 何やら気持ち悪く……ぅぅっ」
「も、もきゅ……もきゅもきゅもきゅきゅ」
アリア達も食べながらアマネが勇者であることやその目的を聞きながら、雑談していた。そして話に力が入っているのか、アマネはナポリタンに突っ込む形で食べているサタナキアさんの柄を掴み取ると、そのままブンブンっと振り回し始めたのだ。
食べたばかりで無茶に振り回されて「気持ち悪い……」と呟き、そしてその剣に倒されるべき現魔王であるもきゅ子は「もきゅもきゅ」鳴きながら、剣が自分に当たらないかと気が気ではない様子に遠巻きに回避している。
「(何かいいなぁ~……こういう雰囲気。絶対一人じゃ、こうはならねぇもんなぁ~)」
大人数で食べて、騒ぎ、そしてみんなが一緒にいて色々な話をしている……ただそれだけなのに、何故か『今のこの時間が幸せである』と思う俺だった……。
そういえば二人ほど存在忘れていないか? っとマジで思い出しながらも、お話は第166話へつづく




