第160話 権力の所在とギルド内の実情
「でもさ、アヤメさん。いいのかよ、こんなことして?」
「えっ? こんなこと……ですか???」
俺はアヤメさんが持ってきてくれた備品である棚を荷馬車から運び出すと、店の二階まで運んだ。そして近くで木箱から剣などを出している彼女へと小声でそう問いかける。彼女は振り向くと「一体、何のことですかね?」と不思議そうな顔をしている。
「うん。だってギルドには道具は愚か、武具屋だってあるんだろ? それに聞いてるとは思うけど、近々クランまで作るんだよ。それなのに……」
「あ~っ。私がギルド側の人間なのに敵方であるユウキさん達を手伝っても大丈夫なのか? ですよね?」
「平たくというか、まぁ直接言うとそうなんだけどね」
俺が敢えて言葉を濁したのに対してアヤメさんは一切臆することなく、そう言った。
「本来なら良いわけがありませんね」
「だよね」
その言葉を聞いて少し安心したのだが、では何故俺達を手伝ってくれるのだろうか? むしろアヤメさんの主、マリーは若くしてギルドの長なのだ。自分の店を潰す目的の敵に手を貸すのか? それも何度も何度も……。
「前にも言ったと思いますが、ギルドも決して一枚岩ではありません。外からは判らないでしょうが、内部では色々な派閥があり、お嬢様と敵対する動きもあります」
「まぁギルドも大きな組織だしね。色んな派閥があっても、全然不思議じゃないしね」
俺は続きを促すように相槌を打ち、彼女の説明に耳を傾けた。
「ええ。そして皆さんがギルドと称して畏怖の念を抱いている……そのほとんどの原因は『ヨーゼファ家』にあります」
「ヨーゼファ家に?」
ヨーゼファ家とは、この国にいくつかある貴族の一つでギルドの主な権力を牛耳っている一族の総称だ。
ギルドには『工業ギルド』『商業ギルド』『農業ギルド』『漁業ギルド』『風俗ギルド』など様々な業態があり、その上に国という【政府】があるわけだ。だが実際はヨーゼファ家はそのギルドの大本を仕切り、それは国のすべてを決めていると言っても、決して大げさではないほどの力を持っていた。
だからギルドの名を聞けば『ヨーゼファ家』と思っても間違いではなく、俺がこれまでマリーが長だということを知らなかった理由もそこにある。表に出るのはいつもギルド、そしてその背後には必ずヨーゼファ家の思惑が介入しているという図式になるわけなのだ。
「実はそのヨーゼファ家の頂点にいる伯爵様は、お嬢様の叔父に当たるお方なのです」
「マリーの叔父さんなのか」
そういえば以前、直営店の話を聞いた際に叔父がどうたらとマリーが言っていたのを思い出した。だがそこで不思議に思ったことがあり、今度はそれを聞いてみることにした。
「あれ? そういえば聞いたことなかったけれども……マリーの親ってのは何してんだ?」
そう親がいるなら、俺と同じくらい若いマリーが長に就いているのは変な話なのだ。
「あっ……それもまだ話していませんでしたね。実はお嬢様のご両親は6年前、馬車の故障による事故でお二人とも亡くなられていたのです」
「そう……だったのか。それは……」
それ以上、言葉を続けられなかった。
俺自身も孤児で親がいなかったし、それに何よりアヤメさんだって「両親を亡くして、マリーの親に引き取られたのだ」と以前、蔵に閉じ込められている際に聞いたのを思い出した。そしてそれはアヤメさんが二度も両親を失ったことになるわけだ。
「そうして本来なら、ギルドのすべてはご息女であられるマリーお嬢様が一人で引き継ぐはずでした。けれど、そのときお嬢様はまだ10歳になられたばかり。子供だったので『まだ早すぎる』など周囲の反対もあり、マリーお嬢様の父上の弟であるヨーゼファ・フォン・ファルテ伯爵様が一時的にその代理を務めるようになったのです」
「そうなのか……。あれ? でも今のマリーなら十分にギルドの長としてやっていけるよね? その権力っつうのか、それはまだ返してもらっていないのか?」
「これまた問題がありまして、実は……」
どうやらその叔父さんとやらは仮とはいえ一度得た莫大な権力に目が眩み、マリーが大人になってた今尚、色々と難癖をつけてその座を譲ろうとしないのだという。さすがに周囲の目をあるので、マリーには『ギルド長』という名ばかりの権力だけは返してもらったらしい。だが実権は今もその叔父が牛耳っているわけだ。
「ユウキさんは今のギルドをどう思いますか?」
「えっ、ギルド……ですか? いや……ははっ」
俺はそう尋ねられ、本当のことを言うわけにはいかないので、笑って誤魔化そうとする。
「…………」
「……ぅぅっ」
だがアヤメさんは俺を見つめたまま、一瞬たりとも目を逸らさずに俺がどう答えるのか? と見ている。
「……ふっ。ふふっ、これは少し意地悪な質問でしたかね?」
「……あっ。そういうわけでもないんだけどね」
アヤメさんは先程までの緊張感を和らぐように微笑んだ。
「ユウキさん、今のギルドは庶民の暮らしを苦しめている存在だとお思いなのでしょう? 優しい貴方は私の手前、遠慮しているので言えない。……違いますかね?」
「……うん」
アヤメさんは最初から確信していたんだと思う。だが敢えて俺にそう問いたかったのかもしれない。自分達が『ギルド』と一括りでされて、庶民から嫌われている存在なのだと……。
第161話へつづく




