第158話 夢を語る少女と迷い人が求めるモノとは……
「ああ、これ……う、ん。大丈夫みたいだね。そもそも押し潰しても壊れる物じゃないしね。にゃはははっ」
「それがジャスミンとアマネ達が今朝取ってきた薬草なのか?」
俺とジャスミンは抱き合ったまま、その緑色の葉っぱのような物へと二人して目を向けてしまう。
『薬草』
薬効のある草の総称で、一般的な傷の回復に使われる。安価で素人でも扱いやすい反面、軽度な治療に用いることしか出来ない。瀕死の重症時には回復が追いつかないこともある。
一見するとそこいらの道端に生えている、どこにでもあるような草なのだが、それは紛れも無く冒険者御用達の『薬草』であった。俺も冒険者だったら頃には、怪我をした際になどによくお世話になったものだ。
薬草はそのまま食べてもいいし、傷口にそのまま直接貼り付け包帯などで固定するように巻きつけても回復の効果がある。もっとも旅先で余裕がある場合には、石を使って磨り潰したものを傷口にすり込む形が一般的であると共に、そちらの方がより早く効き目があらわれる。
一般的に販売しているのは『道具屋』となり、冒険者達はみな金を払ってそれを買うわけだ。「あれ? 自分で摘みに行けば無料なのでは?」と思うだろうが、街の外まで摘みに行く時間の惜しさと薬草には様々な種類があるのだ。まったく同じ形をしているのに色違いの『毒草』などもあるわけで、薬草摘みを生業にしているや、ジャスミンのような商人でもなければ違いを見分けることは素人には難しい。
『毒草』
毒の効能を持つ草の総称。相手に直接食べさせてたり、毒だけを抽出して武器に塗り相手に傷を負わせることでも効果を発する。解毒するには教会で解毒してもらうか、解毒草を用いることになる。
よって冒険者達は『時間的問題』とその『安全性の観点』から無料で手に入る薬草にさえも金を支払うわけだ。
冒険するということはそれ即ちモンスターが現れることが前提で、また当然の如く怪我をすることもあるわけだ。常に体を休める環境があれば怪我には良いのだが、戦いの最中や逃げ惑う最中において、それはほぼほぼ不可能である。
下手をすれば死んでしまう恐れもあり、即座にある程度の回復することができる薬草は『食料』『飲み水』『武具』に次いで必需アイテムと言っても大げさなものではない。
「へぇ~っ。なんだか懐かしいなぁ~。俺も良く使ったもんだよ」
「あっ、そっか。お兄さんも元は冒険者なんだよね!」
俺はそんな薬草を見ていると、妙な懐かしさを覚えてしまう。まだ冒険者を辞めてから一月も経っていないというのに、もう何年も前に辞めたような感覚があったのだ。
「確か始めは薬草だけを売るんだよな?」
「うん! ちょっと手に入れるのに手間はかかるけど、仕入れ代金が一切かからないからねぇ~。そこから少しずつ生活に必要なコークスや石鹸、ありとあらゆる物を売りたいって思ってるよ♪ ま、それにはある程度の資金と信用が必要なんだけどね……にゃはははっ」
そんな風に夢を語るジャスミンは心に野心と言うべきか、希望をその小さな胸に抱き、自信に満ち溢れている輝いた目をしていた。きっと商売をするのが心の底から好きなのだろう。
俺だってダンジョンで宝箱を見つけりゃ、「中に一体どんなお宝が入ってるんだっ!」と期待に胸が躍ってしまうわけだ。たぶんジャスミンのそれと大きな違いはないことだろう。
人が夢を語り、自信と希望を胸に抱くと目に表れるという。今のジャスミンがまさにそれだった。
だがそこでふと疑問に思ったことがある。俺の今現在の夢は……何なのだろうか? と。
レストランを大きくして、この世界をレストランで牛耳る!! ……それはシズネさんの夢である。俺はそのお手伝いをしているだけなのだ。
じゃあ……俺の夢はなんだ? 可愛い女の子達に囲まれ結婚して幸せになること? それは既に叶いつつあるように思える。だから……それではないはずだ。
「(ポツリ)俺は……一体、何を求めているのだろう……か」
「えっ? お兄さん、今何か言った?」
心の中で悩み考えていることが思わず口に出てしまったのか、隣にいるジャスミンから聞き返されてしまう。「あっ、いや、何でもねぇよ……」と答えると、「そう?」とジャスミンはそれ以上聞き返してこなかった。
そうして今から商品を並べるというジャスミンの手伝いをしながら、俺は「果たして自分が何を求めているのか?」っと、そればかりを考えてしまっていた。
趣味や好きなことを将来の夢や希望に置き換えれば簡単なのだが、生憎と俺にはその類のものは皆無だったのだ。これまで毎日を生き残るだけで精一杯であり、俺は元々孤児なので肉親である親や兄弟は愚か親しい友人すらも一切いなかったのだ。
自分で言うのもなんであるのだが、思い返してみれば何らつまらない人生を送ってきたわけだとしみじみと思ってしまうわけなのだ。
だがそこへ一筋の光……いや、声が聞こえてきた。
「あらあら、大分ここも道具屋らしくなってきたのですね。ま、商品は草しかありませんが……」
「シズネさん、それは酷い言い草だと思うよ!」
「いえいえ、昔から草は冒険者に必需アイテムの一つですしね。それにその昔、草と呼ばれるスパイがいたらしいとの……」
レストランが一段落して俺達の様子を見に来たのか、シズネさんがそこへ現れた。そして何故だかジャスミンと『草』についてを語り草のように話している。
「シズ……ネ……さん?」
「はい? 旦那様、今ワタシを呼ばれましたか?」
俺はいつの間にか、目の前に居るメイド服に身を包んだ彼女の名前を口に出していた。
「あの……旦那様。一体どうされたのですか?」
「うにゃ? お兄さん?」
目の前に居るにも関わらず、一切反応を示そうとしない俺を不信に思ったのか、シズネさんとジャスミンは心配そうに俺の様子を窺っている。
「(もしかすると……俺が本当に求めていたものって……そう、それは……)」
「どうしますか? 何やら旦那様がお口を開け放って固まっていらっしゃいますが……」
「うーん。とりあえず、この薬草でも口に突っ込んでみようか♪」
近くにいる二人が何やら言っているが、俺は自分が捜し求めていたものが見つかりそうになり、俯いた顔を上げて思わずこう叫んだ!
「「えい♪」」
「家ぞ……草ぁーっ!! ペッペッ、ごほごほっ。何なんだよ、これは!?」
叫ぶのに合わせ、口へと何かを突っ込まれた俺は思わずそれを吐き出してしまう。
「や、薬草ぉ~っ。な、何でこんなものが俺の口に???」
そう、それはジャスミンが持っていた薬草だった。まさか草繋がりでシリアス場面である、俺の夢や希望が阻まれるとは思いもしなかった。むしろ薬草の件も、これがしたいがための伏線だったのかもしれない。
「ぷぷっ。お、お兄さん、口から草ぁーっ! が出てるよ。まったくもう……あっはははは」
「くくくっ。旦那様は本当に可愛らしいのですねぇ~。文字通り口から草を生やすほどに……ふふふっ」
「俺が口から草生やしてるのは、てめえらのせいじゃねぇのかよ!!」
ジャスミンとシズネさんに笑われ、俺は力の限りツッコミをしながらも、いつもその大切な何かに触れていることを自覚するのだった……。
今からその『何か』を物語完結までに描きつつ、しれっとした態度で強制誘導しながらも、お話は第159話へつづく
※生業=主にその仕事で生計を立てている人を指す言葉




