第152話 退屈しのぎの曲芸と迫り来る暗闇の正体
「な、何で客が外にこんな大挙して押し寄せてるんだよ……」
そう店内とは打って変わり、店の外には端が見えないほどの行列が店へと繋がっていたのだ。
「「「お~~っ」」」
そして何やら何故だかウチの店とは反対側を見て歓声をあげているのだ。「一体何が?」俺はその原因を確かめようと目の前に集まっている野次馬を掻き分け、そこへと躍り出る。
「姉ちゃん、いいぞ~♪」
「次は何見せてくれるんだ!」
「……はっ? アリッサにもきゅ子ぉ~っ!?」
そこにいたのはなんとなんと、店内で接客をしているはずのアリッサともきゅ子だった。どうにも姿を見せないと思ってたら、こうして店の外にいたようだ。
「あいよ! ほら、次次と投げておいでな!」
「もきゅ!」
しかもアリッサは自ら愛用のサーベルを使い、もきゅ子が空へと放り投げる丸いフルーツを輪切りにしたり、上手い具合に剣の腹で受け止め乗せたりしていたのだ。
客は待ってる間コレを見るため、店の外へと出て行ってしまったのだろうか?
「はい……よっと。ふぅーっ。今のはちょ~っとばかし低かったね。でもあたいにかかりゃなんてことはないさね。じゃあ次は……うん? ああ、アンタかい?」
「もきゅ~?」
「アリッサ! もきゅ子! 何やってんだよ!?」
俺が思わず二人の下へと駆け寄り、声をかけると「そんなに慌ててどうしたんだ?」と言った感じに不思議そうな顔をしている。
「何って、今日は随分と客が多いせいか、待たせちまってるからねぇ~。ただ待たせちまってたんじゃ、帰っちまうだろ? だからこうしてあたいとこの子とで、曲芸を見せてるっわけなのさ。ま、退屈しのぎするのにゃもってこいだろ?」
「もきゅもきゅ」
「そ、そうなのか? いや、でも曲芸って……。いや、待てよ……」
(さっきシズネさんは何って言っていた? 確か……)
そこで先程シズネさんがホールに行き際「自分がどうにかすると……」と言っていたのを思い出したのだ。そのどうにかするとは退屈しのぎのことだったのかもしれない。もしかすると今日アマネ達が遅れた理由の原因をこうして生かす……そう考えると辻褄が合うことだった。
「アンタ、戻らなくていいのかい? あっちも大変なんだろ? 嬢ちゃんが少しでも時間稼ぐようにって言われてんだよ、あたい達は!」
アリッサは目の前にいる客達に聞こえぬよう小声でそう語りかけてくる。どうやらやはりこの出し物はシズネさんが指示してくれたことらしい。
「ああ、ある程度は捌けて余裕も出てきたからな。だからこうして様子を見に来たんだ」
「そうなのかい? なら、あたい達が頑張った甲斐があるってもんさね! な?」
「きゅ! もきゅもきゅ」
洗い場である程度余裕が出来てきたと告げるとアリッサは少しだけ笑みを浮かべ、もきゅ子にも「頑張ったからね!」同意を求めていた。もきゅ子も頷き、「うん! 良かった良かった」と嬉しそうにしている。
「おおい、どうしたどうした! 続きはしないのか~?」
「そうだぜ。早く続きを……って、なんだアレ!?」
「うおっ!! おいおい、何でこんなものがここにいるんだよ……」
客達は見ていた曲芸の途中で止まると、待ちくたびれた様子で不満を露にしながら野次を飛ばしていた。だがしかし、皆一様に俺達の後ろを指差しながら、何かに驚いている様子だった。
「みんな、一体何をそんなに驚いて……」
「がぶっ」
「ぎゃーっ」
そうして「何があるのか?」などと思いながらも後ろへと振り向いたその瞬間、いきなり目の前が真っ暗になってしまい、俺は何が起きたのか分からずに悲鳴を上げてしまう。ただ言えるのは俺の顔ごと何かが噛み付いてきた、それだけである。
「兄さん、だから噛み付いてまへんって。アンサン、ちょっとばかしリアクション大きすぎと違いますかぁ~?」
「いや、いきなり目の前暗くなりゃ誰だって驚くだろうが……って、ジズさんかよ!?」
そう客達が指差し驚きの声を上げた正体とは、なんとなんとジズさんその人……いや、そのドラゴンだったのだ。
「な、何でジズさんがここに? 宿屋の中に居たんじゃねぇのか?」
「ワテでっか? ああ、昼間は暇やし、そもそも宿屋もまだでっしゃろ? だから古巣へと帰ってましたのんや。それでな~んか騒がしいから目が覚めて……そしたらどないです、姫さんがおるやないですか? こりゃ~、挨拶しとかなアカンなぁ~思いまして、それで……」
どうやら宿屋のホールで詰めていたジズさんは暇だからと飛び出し、ギルド直営店だった元レストランへと帰っていたようだ。
「(ってかあの店、ジズさんの古巣に格上げしてたのかよ。街中に、それもウチの見せの真ん前にドラゴンの巣があるって……いいのかそれは? いや、そもそもあんな狭い店の中からどうやって出てきやがったんだ? 店よりも体の方が大きいよな? ま、入るのはもっと疑問なんだが……)」
「もきゅもきゅ!」
「お~っ、姫さんご機嫌どないですぅ~?」
そんな物理法則と倫理概念を無視するジズさんに対し、もきゅ子が嬉しそうに右手を振って応えていた。
「ちょちょちょ、ちょっと、アンタ! こっちへ来なよ!」
「あ、アリッサ!? なんだよ、急に?」
「いいから、ちょっとこっちに来なってばっ!!」
何故か慌てた様子のアリッサが俺の腕を掴み引っ張り、ジズさんに背を向けるよう小声でこんなことを言ってきた。
「(なんだいなんだい、ありゃ? どうしてドラゴンなんか街中にいるのさね! しかもアンタもアンタで、何やら親しそうに話ちまってからに! もしかして……知り合いなのかい?)」
「あれ? アリッサは初めてだっけ?」
どうやらアリッサはジズさんを目にするのが始めてなのか、俺達が親しそうに話している事と街中にドラゴンが居る事、その両方についてを尋ねてきた。
「(そうさね! 大体あんなデカブツ、今まで一体どこに隠れていやがったんだい?)」
そんなのは俺が聞きたいくらいだった。だがアリッサの言い分も最もであり、俺は一応ジズさんについて説明することにした。
「あ~……ジズさんっていうんだけれども、もきゅ子の護衛みたいな感じなんだわ」
「……この子の?」
俺がそう言うと、アリッサは思わずジズさんと話しているもきゅ子へと視線を落とす。
「もきゅぅ?」
「なんやなんや、兄さんも姉さんもどないしましたんや?」
アリッサが見つめる視線に気づいたのか、もきゅ子がこちらを振り向くと釣られてジズさんもこちらを見る。そして「何故自分達を見ているのか?」と聞いてきた。
「あっいや……」
(どうする? 俺はなんて答えたらいいんだ?)
『もきゅ子とジズに対して、なんと受け答えをしますか?』
『ジズさん、俺……俺っ!!』思い切ってジズに告白する……して、食われる
『お前ら誰だ?』そもそも人ではありません
『ジズさん、前より黒くなったか?』それは日焼けですね
『ジズさんも参加するよう呼びかける』あ、はい
「(これまた久しぶりの選択肢導入だなぁ~。しかもなんだよコレ……前より内容、酷くなってねぇか? 選択肢の馬鹿さ加減にターボでもかかって、バージョンアップしちゃった感じなの?)」
俺は選択肢も然ることながら、クソ補足説明に対しても文句を言ってしまいそうになる。だが一応、この物語の主人公なのでここは抑えて一番下を選ぶことにしたのだった……。
たまに選択肢の存在を思い出したかのように導入しながらも、お話は第153話へつづく




