第150話 客は少なくても問題だが、逆に多くても問題になる!
そうして俺達はいつものように仕事を再開するのだった。今日も昼時には空席が無いほど盛況で、店の中はもちろんのこと客が入りきらずに店の外まで行列ができるほどだった。またアリアとアリッサという二人が従業員としての戦力が増えたため、俺は料理補助に専念できるようになっていた。
料理を担当するのは主にジャスミンとシズネさんの二人となり、厨房でフライパンを振るい、そして料理補助の俺は乾麺を水に戻したり野菜を切ったり皿洗いなどを任されている。たまに俺一人では皿洗いが追いつかない時には、サタナキアさんやアマネが手伝ってくれることもあった。
配膳はアマネ、アリア、アリッサが主なホール担当となり、サタナキアさんやもきゅ子は店の外で客引きやチラシ配りをしている。もちろん中を手伝い、接客したり片付けたりもする。
そして時折客との些細なトラブルが発生するのだが……、
「アンタ、あたいに文句でもあるさね!! 表に出なよ、相手してやるよ!!」
……うん。あれは見なかったことにしよう。たぶん気のせいだから……。
そうして俺は間近で繰り広げられているトラブルに見てみぬ振りをしながら、皿洗いへと没頭する。しかし何なのだが、今日は何故だかやけに洗い物が溜まる日であった。
「よいしょっと……ふぅ~っ。今日は客の食べるペースが早いぞ。そちらの様子はどうなのだ? 盛り付けようの鉄皿は足りているのか?」
客が食べ終えた食器を洗い場に運んできたアマネが、「そちらはどうなのだ?」と俺に洗い場の状況を聞いてくる。
これもピーク時には時折あるのだが、今日は『料理を作る』『配膳する』『テーブルを片付ける』などの作業スピードよりも、客が食べ終えるスピードの方が早く追いつかないほどであった。
客達は何をそんなに食べ急いでいるのか謎なのだが、とにかく今のこの現状で店が回っていないのは確かだった。配膳や接客の方は人手が足りていることもあってか、何ら問題も無く客を案内し料理を運んでいる。
むしろ調理場と洗い場だけが戦場と化しているのだ。また鉄皿も洗い切れないほど山積みとなり、とても一人では供給量には追いつかないだろう。
「ほんと今日は何故だか知らないけれど、洗っても洗っても全然追いつかねぇわ。アマネにこっち入ってもらえれば助かるかなぁ」
「ホールはまぁ……あの二人に任せれば大丈夫だろうから、今は私が手伝ってやるぞ!」
どうやら一人皿洗いをしていた俺が心配になったのか、アマネがそう皿洗いを申し出てくれたのだ。
これはとてもありがたい。いくら客が来ようとも、またいくら料理を早く作ろうとも、皿がなければ料理を客の元へと提供できない。このように供給量よりも需要量が多い場合には洗い場と言えども、とにかく人手が欲しいものである。
「鉄皿は俺が洗うから、アマネはプレートとかジョッキなんかを洗ってくれ。あっ、でもジョッキは割れてると手を切るから気をつけてな! 水場に手を入れる時はそっとだぞ。あとそれでも手が空いたら、乾麺を水に漬けて戻してくれると助かる」
「プレートと乾麺、それにジョッキを洗う際には割れに気を、手はそっと入れる……だな。うむ、心得た!」
さすがにいつものようにボケている暇は無いと肌で感じているのか、アマネも真面目に仕事をして俺の補助をしてくれている。俺はアマネに対し、特にジョッキを洗う際には気をつけるようにと何度も念押しする。
エールを注ぐジョッキはウチでは他の店で使われている木のジョッキなどではなくガラスのため、少しでも割れ欠けていると水場に手を入れる際にいとも容易く手を裂いてしまうこともあるのだ。剣などよりも断然鋭く身近で怪我をしやすいもの、それが欠けた『ガラス』である。手が濡れていれば皮膚がふやけ硬さが無いため、余計スパッと切れるので食器類を洗う際に一番気をつけることの一つである。
また鉄皿にはケチャップやスパゲッティの麺などが焦げ付き、水にしばらく漬け込み汚れをうるかしても簡単には綺麗にならず、ステンレスの金ダワシでガシガシガシガシっと力を入れ磨き、ようやく汚れが取れるとても力がいる作業である。
さすがに手伝いのアマネにそんなことはさせられないし、それに金ダワシは鋭いためとても手を傷つけやすいのだ。何より女の子であるアマネの綺麗な手が傷だらけになるのなんて見たくも無い。俺は他の作業をアマネに任せ、洗うのに時間がかかる鉄皿洗いに専念することにした。
「はいよ! これが追加分さね!! まだまだ汚れた食器があるからね~」
「うっげ、マジかよ……」
「う、うーむ。まだ先程の分が終わってないというのに……」
接客に難があるアリッサは食器の片付けだけを任されているのか、先程からこうして鉄皿を洗い場へと運んできていた。だが、それも洗うのが追いつかず増える一方である。まさかこんなに客の回転率が良すぎるなんて、予想もしていなかった事態であった。正直このままのペースで消費されれば、すぐにでも鉄皿が足りなくなってしまうだろう。
皿を洗わずに使い回すなんてこともできないだろうし、新たに鉄皿を仕入れるわけにもいかない、また今来ている客を追い返すわけにもいかない……一体どうすればいいのだろうか?
「旦那様、こちらはどうですか? 回ってますか?」
「あっ、シズネさんっ! ちょうどいいところに……実はもう鉄皿が足りなくなりそうなんだよ」
様子を見に来てくれたシズネさんが今の洗い場の状況を確認するように尋ねてきた。さすがのシズネさんでもここまで回転率が良くなるとは思ってもみなかったのかもしれない、その表情は少し焦りが見える。
「そうですか……ならワタシ、ちょっとホールに行きますので……」
「はっ? 何でホールなんかに? 今は洗い場が回ってないのに! ……って行っちゃったよ」
一言そう俺に告げると、シズネさんは慌てた様子でホールへと行ってしまう。今のこの状況でホールの人手などよりも、断然洗い場が先決なはずである。
「まったくシズネのヤツは何を考えているのだ?」
「……何か考えがあるのかもよ。とにかく洗おうぜ」
(頼むぜ、シズネさん。アンタなら、こんな状況でもなんとかできるだろ?)
アマネも疑問に思ったのか、俺と同じことを口に出していた。俺は「とにかく今は皿を……」アマネに声をかけ、必死に鉄皿を洗う。だが心の中では「きっとシズネさんなら、なんとかしてくれるはずだ……」と願わずにいられなかったのだった……。
洗い場を手伝うならましも、何でシズネはホールに行ってしまったのだろうか? もしかして本当に来た客を追い返しているのか? そんな疑問を読者へと呈しながらも、その解決策とやらを次話までに考えつつ、お話は第151話へつづく




