第148話 秘密な話はその本人にだけは絶対秘密なのだぞ!
「(パンパン)はいはい、二人とも。いつまでもこうして話ばかりをしてても、1シルバーのお金にはなりませんよ! 旦那様、アリッサ、さぁ今日も働きましょう♪」
「ちょちょちょ、ちょっとシズネさんっ!?」
「アンタ、少し強引さね!?」
シズネさんはまるで促すように二回手を叩きながら、「レストランの方へ、さっさと行きやがれ!」そう俺とアリッサに声かけして互いの背中を押してきたのだ。
店のオーナーたるシズネさんに反論できるはずも無く、俺とアリッサは半ば強制的にレストランへと追いやられる形となる。
「……この店、もう開いてるのかい?」
カランカラン♪ そのまま押される形で厨房へと向かうその途中、タイミング悪くも客が来店し始め話の続きを聞く機会を逃してしまう。
「あっはいはい♪ お客様、どうぞこちらへ♪」
シズネさんはパッと俺達の背中にかけていた手を離すと、これまたクルリと客の方へと振り向き笑顔で接客をし始めた。正直俺としてはまだ話し足りなかったのだが、客が来てしまってはそちらを優先する他ない。
「あ~っ、もう注文いいかな? このお勧めの『ナポリタン』ってのを一つくれ」
「は~い♪ 『本日のお勧めボッタクリ・ナポリタン』でございますね! ありがとうございます。旦那様、アリッサ!」
「ああ!」
「はいよ!」
冒険者らしき屈強で無愛想な男は腰を下ろすと同時にメニューへと目を落とすと、可愛らしくも右の人差し指を一本だけ挙げ、そう注文した。そしてシズネさんは笑顔で……あくまでも笑顔で再度確認するため注文内容を繰り返すと、俺達へと注文を通した。
たぶんそのシズネさんの笑顔の理由としては、いつものレギュラーメニューであるナポリタンの前に何やら聞きなれない言葉が付属されているからに他ならない。
ボッタクリ・ナポリタンとな……いつの間に改名しやがったんだ? もうサラサラ隠す気ないよね、シズネさん?
「あっ……いらっしゃいませ『悪魔deレストラン』へようこそ~♪」
「えっ? ……ああ、どうもこちらこそ」
……あと、何で来店の挨拶を最後に言った? 別に新たな客も来てねぇし。あとそこの客も何驚きながらも、ちゃんと受け答えていやがるんだよ。ご丁寧に頭まで下げやがって。
そうしていつものように俺は仕事をこなし、アリッサやアリア達も給仕の仕事を拙いながらも手伝ってくれていた。まだ不慣れな部分もあるのだが、料理を運んだり片付けるくらいならできるはずだ。
「お兄さぁ~ん、私もちょ~っとお腹空いてるのよねぇ~。それ、美味しそうよねぇ~♪ まだ口付けていないんでしょ? 一口と言わず、全部ちょ~だい♪ あ~ん♪」
「あっ、どうぞどうぞ」
「なんだその言い草はっ! 姉ちゃん、客に向かってその態度はねぇだろう!!」
「ふん! 客だろうとなんだろうとあたいの知ったことじゃないさねっ! なんだいアンタ……このあたいと殺ろうっていうのかい!!」
……たぶん大丈夫なはずだ。不慣れな二人に接客さえさせなければなっ!!
「(ってか、頼んでねぇのに何で接客してんだよアイツら。配膳とかしか仕事振ってねぇんだぞ。しかもアリアに至っては単に腹が空いただけだろ? あとアリッサも何で接客するだけなのに、客に喧嘩売ってんだよ……)」
俺はそんな不安な二人に頭が痛くなり、ジャスミンとアマネが早く帰ってくるようにと祈ることしかできなかった。
バンッ!! だが暫くするとそんな俺の祈りが通じたのか、はたまたただの物語進行上のご都合主義の極みなのか、そこへジャスミンとアマネが帰って来たのだ。
だが余程慌てていたのか、乱暴にドアを開け放ちながら店へと入って来た。きっと昼前には帰ってくるとシズネさんと約束していたにも関わらず、大分過ぎてしまったから慌てて帰って来たのであろう。
「はぁはぁ……ご、ごめんねぇ~。遅れちゃって~。実は薬草……はぁはぁ……をさ、んっ。多く摘みすぎちゃってさぁ~。それで運ぶのが大変で大変で……」
「ふぅふぅ……つ、疲れたぞ~。さすがの勇者であるこの私でも、ここまで息が切れたのは初めてだぁ~」
息を切らしながら遅れたことを謝っている二人の足元には大きな麻袋が置かれていた。
きっと摘んできたばかりの薬草がたくさん入っているのだろう。あれだけ多ければ持ち運ぶのにも時間を要するのも頷ける。
「いえいえ、二人ともお疲れ様です(にっこり)」
「「っ!?」」
だがそこで、まるで仁王立ちするかのようなシズネさんが二人の前に立ちはだかったのだ。ちゃんと労いの言葉をかけてはいるのだが、内心遅れたことを激怒しているのかもしれない。
何故ならシズネさんは見たことも無いような、満面の笑みだったからだ。それをすぐに察したのか、ジャスミンもアマネも「これって~」「どうにみても~」「「怒ってるよね(怒ってるよな)」」「「マズイ……」」と言いたそうな顔をしている。そうそんな顔をしているので、実際は何一つ喋っていない、俺の妄想乙なわけなのだ。
「ささっ、二人ともそのような玄関で座り込んでいては邪魔ですよ。さぁ立ってください、立ってください」
「う、うん……」
「あ、ああ……」
シズネさんはそんな二人の心情を知ってか知らずか、その笑顔のまま座り込んでいる二人に寄り添うと、グワッシっと腕を掴み取り強制的に立たせたのだった。
「「いたたっ」」
掴む力が強すぎるのか、腕を掴まれている二人は少し痛そうにしている。
「あらあら、薬草がこんなにたくさん取れたのですか? 良かったですね~」
「そ、そうなんだ。少し取り過ぎちゃってね~、重くて持ち運ぶのも一苦労だったんだよ~。それでね……遅れちゃったんだ。にゃはははっ」
「そうですか~、それは良かったですね~」
シズネさんは二人が摘んできたばかりの麻袋に目を落とし、わざとらしい言葉をかける。それに乗るようにジャスミンも言い訳交じりで受け答えをするのだったが、シズネさんの受け答えはほぼコピペだった。
誰がどうみても怒っている。だがしかし、たぶんここまでなら良かったはずだ。うんうん、少し怒られるくらいで済むはずだ。シズネさんだって鬼ではないのだ(まぁ悪魔というか元魔王様なんだけど)、荷物が重くて遅れたならば仕方ないと納得してくれるはずである。
でも空気読まない代表、ウチの勇者様だけは違ったようだ。
「ま、本当は帰ってくるその途中の広場で大道芸をやっており、それをずーっと見ていたから遅れてしまっただけの話なのだがな! おおっと、これはシズネのヤツには秘密だからな! 何せバレたら怒られてしまうのでな。あっははははは」
「…………」
そうペラペラとたぶんジャスミンと約束したであろう秘密を、まるで自慢するかのように説明しながら笑っている勇者アマネと共に、申し訳なさそうにして俯いているジャスミンと唖然とする俺とシズネさんがそこにはいたのだった……。
これは本人にだけは絶対に秘密ですからね! そうシズネさん本人に宣言しながらも、お話は第149話へつづく




