第143話 様々な店舗が連なった立地の相乗効果について
「ま、そんなに片付けるほどでもねぇよな」
俺は朝食を食べ終えた後、レストランであるウチの店が開店する時間になるまでの間にアリッサの武具屋になる予定の店を濡れた雑巾で拭き掃除しながら、そんなことを漏らしていた。
実際昨日のうちにある程度は綺麗にしていたので、言うほど掃除するところもなかったのだ。精々掃き掃除と拭き掃除をするくらいで事足りるはずであるとシズネさんから言われて、俺は一人で二階部分の掃除をしている。
ちなみにウチのレストランから見て左隣の建物が『宿屋』となり、右隣の建物の一階がジャスミンが商いをする『道具屋』だ。そしてその二階にある開いているスペースが、アリッサの武器と防具などを扱う『武具屋』となるわけだ。
正直言うと二階にある店舗というものは、基本的に商売をする立地条件としては不利である。一階であれば通りすがりの人がふらっと来店することもできるのだが、二階ではそうもいかない。
何故なら二階の店に行くには、必ず一階の店を素通りする事になるからである。二階に用があるから通り過ぎる一階で何も買わないのはお客にとっても心理的に負担となり、そもそも来店するのを敬遠されてしまう要因になる。
また二階の店は視覚的にも不利になる。通りすぎならば「何の店だろう?」と興味をもたれたり、パッと見で何の店か判断することができる。だが二階にある店の場合、通り過ぎの人は必ず上を見上げなければならなくなり、そもそもその存在を知る機会が少ないわけだ。
だがそれでも不利な点ばかりではない。二階にある店を借りる場合、家賃が一階よりも断然安くなる。また一階に来店した客が多ければ多いほど、「二階には何があるのだろう?」と興味を持つこともあり、ある程度の集客率があれば比較的客足が見込めることになる。
もしどちらの店も共同経営ならばそこで尽かさず、「二階は武具屋ですよ~」などと会計時にでも一声かけてやれば興味を示す客も確実に増えることだろう。
特にそれが冒険者に必要な『道具屋』、そして『武具屋』ならば興味を示さないわけがないのだ。冒険者は水や食料、回復する薬草はもちろんのこと、モンスターと戦う場合に備え武器や防具は必需となるわけである。
またウチの店にはレストランである『飲食店』、その隣には『宿屋』という建物で連なった立地条件のため、そう言った意味合いでジャスミンの『道具屋』、アリッサの『武具屋』はより相乗効果が期待できることになるだろう。
「きゅきゅきゅ……っと。うっし! こんなものかな?」
俺は最後に窓を拭き終えると、ようやく二階部分の掃除を終えるのだった。
「旦那様ぁ~、そちらは終わりましたかぁ~。もうすぐお昼になりますので、こちらを手伝ってもらえますでしょうかぁ~」
「はーい! 今そっち行くからねぇ~」
一階からシズネさんにそう声をかけられ、俺は返事をしながら箒や雑巾を片付けると一階へと降りることにした。もうそろそろウチの店の開店時間になるだろうから、掃除を終えるにもちょうど良いタイミングといえる。
「上は大体綺麗にできたぞ。下はどうだ?」
「そうさね。こっちもこっちで昔の棚なんかの備品が多少あって片付けに手こずっちまったけれど……ま、なんとかやってるよ」
バケツと箒を持ちながら、一階へと降り立つとちょうど階段の所を掃除をしているアリッサがいたので声をかけ進捗状況を聞いてみることに。
どうやら二階とは違い、一階は前に使っていた店屋の棚などの備品が残されたままだったようだ。
「そっか。下は以前『雑貨屋』か何かだって話だもんなぁ~。使える備品あるかもしれないけど、その分掃除するのは大変だよなぁ~」
「それで上の方はどうだったんだい? アンタ一人に任せちまったけど……」
「上? 上は別にここと同じで広いってだけで棚とかもなかったから、掃き掃除と雑巾掛けだけで済んでもう終わっちまったぞ。なんだ意外とアリッサも、自分の店の場所が気になるクチか?」
そう二階同様に一階も広く、色々細々としているのでアリッサ、アリアが掃除を担当することになっていた。
シズネさんはレストラン営業用の仕込みをし、もきゅ子とサタナキアさんはテーブル拭きなどを任されているはずである。ジャスミンとアマネが居ないので若干の不安は拭い切れないのだが……。
「そりゃぁ~ね。一応、あたいの店を構えるところだからねぇ~。気にならないってんなら嘘になるさね」
「ははっ。まぁそれもそうだよな……」
アリッサは「アンタ、何当たり前のこと聞いてくるのさ?」とやや呆れている顔をしている。確かに俺も「自分でも何言ってるのか?」と可笑しく思えてしまい、少し笑ってしまった。
「そういや、もう一つ気になったんだけど……アリッサは剣とか盾を売る『武具屋』をやるんだよな? 上には飾る棚とかもねぇし、そもそも仕入れ(?)って言うのか? それをするにも最初からある程度の資金がいるんじゃないのか? 大丈夫なのかよ……」
そう武具屋はジャスミンが始めようとする道具屋とは違い、商品である在庫が必要になってくるのだ。それも一つ一つが値を張るために数を揃えると相当な金額になってしまう。
アリッサもアリアも金が無いと聞いていたし、ウチの店……もといシズネさんだってそんな資金に余裕があるわけがない。
店は商品仕入れが出来なければ客が商品を買いたくとも買えず、そもそも商売として成り立たないのだ。
だからまず一から商売を始めるためには、場所を借りる『家賃代』と家賃数か月分の『保証金』、それに『改築費』や棚やテーブルなどの『備品』を買い揃えるための『起業資金』の他に商品仕入れを常に行うための『運転資金』その二つが必要となってくるわけだ。
取り分け前者は一度に大金が必要となり、後者もそれと同等の資金が必要になる場合がある。これは始める商売の業種によって異なる。
例えばウチのレストランのような場合には『起業資金』は大金となりえるのだが、運転資金はそれほど多く必要ではない。これは毎日日銭が入ることも関係しているのだが、そもそも食べ物は一つ一つの単価が安いのだ。だから仕入れ代金もそれほど高くなるわけではない。
だがアリッサが始めようとしている武具屋の場合は違う。安物とはいえ一つの武器を仕入れる際にも数百シルバーとなり、それが何十個と必要になるため、始めの仕入れ代金からもって大金が必要となり得るわけである。
そもそも金が無いから商売を始めようとしているのに、商品を仕入れる資金も一切ないアリッサ達は一体どうやって商売をするつもりなのだろうか……。
常に危機的状況を回避する策を練る作者なのだが、未だ何も思い浮かばないので、いつものように振るだけ振っておいて次話執筆までにそれを考えつつ、お話は第144話へつづく




