第136話 物理的打撃《力技》は物理法則でさえ捻じ曲げる
「う~ん♪ さっぱりしたぁ~」
ゆっくりと温泉に浸かり日頃の仕事の疲れを癒した俺は早々に着替えを済ませると、もう夜も遅くなってきたので部屋へと急ぐことにした。
「兄さん、混浴の温泉はどないでしたん?」
「あっジズさんか。ってか、まだここに居たんだね。まぁ……ね。温泉は……良かったねぇ~♪」
暗闇が支配する玄関ホールにはまだジズさんが顔を伏せながら佇んでいた。「姫さんと混浴なんて羨ましいでんなぁ~♪」などと羨むジズさんを尻目に、俺は自分の体の疲れを再度確認するように右手で左肩へと手を当て、軽く回しながらそう言ってみる。
体が温まり筋肉がほぐれたおかげなのか、痛みも疲れも一切なくどうやら温泉の効能で体力が回復したのかもしれない。そしてこのまま自分の部屋のベットで朝まで眠りさえすれば体力は全回復、むしろパラメータの右壁すらも突き破ってしまう勢いになるだろう。
「ジズさんも温泉に入れば……いや……」
「ええ、ワテも入りたいのは山々なんでっけどな。何せこの姿でっしゃろ? そもそもここから出られまへんのや」
俺はジズさんも温泉へ……と言いかけて、思い出したようにジズさんのその大きな体を見てしまう。
そんな俺の心情を察してか、ジズさんは諦めたかのように自分の体の大きさのため宿屋の玄関ホールから抜け出せないのだと泣く泣く温泉を諦めの言葉を口にしていた。
「…………」
(ってか、じゃあどうやってこの宿屋の中に入ったんだよ!? 出る時だって入った時と同様、同じ方法で出ればいいじゃねぇかよ……)
「兄さん、ワテを心配してくれてますん?」
「うん? ああ、まぁ……ね」
本当はどうやってこの建物の中へと入ったのか? それについてどうツッコミを入れたらよいのかと悩んでいたのだが、ジズさんは自分を心配してくれていると勘違いしてしまったようだった。さすがに今から訂正するのも可笑しな話なので、一応話の流れに乗るように頷いてみることに。
「そうでっか。ワテはてっきりこんなデカイ体でどうやってこの建物に押し込められたんや? なんて兄さんが悩んでいるかと思ってましたわ」
「…………ち、違うよ」
(何でバレたんだ? ああ、いやまぁ……誰でも疑問に思うから俺がそう思っていたとジズさんも思っていたとしても何ら不思議じゃないか)
などと互いに思い思われを心理描写していると、ジズさんはポッポッと語りだした。
「実はでんな。兄さんの知ってのとおり、ワテは向かいのレストランの残骸に居たんですわ。それも100話近くもでっせ、100話近くも! 普通そんなこと考えられまっかーっ? そしてやな、いつものように『なんやワテ、今日も一人で寂しいなぁ~。出番まだかいな~』って思うてましたんや。そしたら姉さんが来てな、『ウチで明日明後日にでも宿屋を開店させる予定なのですよ。そこでジズも手伝ってくれませんかね?』と言われたんですわ」
「そうなんだ。シズネさんが……」
(まぁそんなことだろうとは思ってたけどね。そんなことできるのなんてシズネさん、ただ一人しかいねぇもん)
俺は相槌を打ちながら、ジズさんの話を聞いていく。
「ワテは『無理無理、あんな狭い所にワテのような大きいの、ようけ入れませんわ!』と断ったんやけど、姉さんが『大丈夫大丈夫、人間やればできますよ! そもそもやった時点で出来てますしね!』などと強引にワテをここに押し込んだんですわ」
「…………」
(どうやったんだよ、シズネさん。入り口ったって、人が通れるくらいなスペースしかねぇんだぞ。あとジズさんは人間じゃねぇ、ドラゴンだドラゴン。しかもドラゴン種族の最上位にあたる『冥王』って設定じゃなかったか?)
俺はジズさんの話を聞きながら、宿屋の玄関ドアへと目を向けてしまう。だがそこには壊れた形跡もなく、ますます謎は深まるばかりだった。
「うん? なんです、兄さん? ドアを見てからに……ああ、どこから入ったのか? でんな? そうです、そこから入りましたんや」
「え゛っ゛? で、でもさ、ドア壊れていないようだけど……」
俺は再度振り返りドアを見てしまう。至って普通の玄関ドアだった。これはもしかして……なのだが、サタナキアさんが擬人化したようにジズさんまでも擬人化したのではないだろうか? そうでなければこんな人間用のドアから入れるわけがないのだ。
「ああ、擬人化とはちゃいまっせ~。予算の関係上、これ以上挿絵を増やすのは難儀やとか言って、ワテは擬人化させてもらえませんへんのんや」
「そ、そうなんだ。予算の関係じゃ~、仕方ないよね……うんうん」
俺は複雑そうな顔をし、ジズさんまでも「人間界の不況は世知辛いでんなぁ~」と少しだけ渋い顔をしてみせた。
「あれ、でもじゃあジズさんはどうやってこの中に入ったのさ? 擬人化でもないのなら……」
「まぁそこはアレなんやけれども……。ワテがこうそこのドアに顔だけ突っ込んで『これ以上入りまへんわ~』と言ったら姉さんは何を思ったか、モーニングスター取り出しましたんや。兄さん……後のことは分かりまっしゃろ?」
「あー例の如く、あのモーニングスターね。シズネさんの武器だよね、あのトゲトゲした神の神器とか名づけてたヤツは……」
まさかまさかの物理的打撃によって成し得たみたいだ。きっと入らない部分をあのトゲトゲした鉄球でぶち回し、羽根とか足やらを圧し折り無理無理中へと押し収めたのかもしれない。
「ま、兄さんの想像のとおりだと思いますわ。ワテも自然回復できるドラゴン種族やなかったら、今頃死んでましたわ」
「マジかよ……ドラゴンで良かったね、ジズさん」
そうしみじみ自らの種族を語るジズさんに対し、俺は慰めるよう目の前に突き出された鼻先を手で撫で慰めてやろうと右手を伸ばした。
「ガブッ」
「ぎゃーっ!!」
たぶんそれは反射神経のなせる技なのかもしれない。またもや俺の右手はジズさんに噛まれてしまったのだ!
「……いや、兄さん。だからワテ、噛んでまへんで。振りだけですがな振り」
「……うん。知ってるー」
互いに噛む振り、噛まれた振りをしてしまうのだった……。
こんな夜中に、しかも暗闇でジズさんと何をしているのだろう……そんな自らの人生観を疑いながらも、お話は第137話へつづく




