第133話 受けてない仇でも勝手に返せ、そう八つ当たりだ!
「も、もう……これくらいでいいかよ、ジズさん?」
「ふぅ~っ。兄さん、ありがとうございましたわ。おかげさんで胸の痞えが取れた感じになりましたわ」
「そ、そう……それはよかったね」
背中を掻いてやって胸の痞えが取れる……ちょっとジズさんが何言ってるか分からないのだが、敢えてツッコミを入れない。
「(だって考えるだけ無駄なんだもん。どうせ作者の野郎めの語彙力の無さと誤字流用の賜物だろうしな……)」
などと俺自身も心理描写にて誤字流用してしまうイケナイ子。
「兄さんには世話になりましたなぁ~。ワテ一人じゃ、一生かけても背中に手が届かなかったところですわ。ありがとうございますぅ~」
「あ、ああ。別にいいよ。大したことしてないしさ」
「いやいや、そういうわけにはいきまへんわ! ワテらドラゴンだって人と同じように恩を受けたら、相手が死ぬくらいの恩を返さないとあきまへんのんや」
「そ、そうなんだ。ははははっ……は」
(いや、恩返すのに相手殺しちゃダメじゃねぇ? もしかして『恩』と『仇』を取り違えてるのかよ……)
俺はやや固まった笑顔のまま、顔を引き攣らせ心の中で心理描写を用いてツッコミを入れる。だがそれでもジズさんはまだまだ言葉を続けるのだった。きっとこれまで出番がなかった、その反動なのかもしれない。
「ええ、ええ。そうですわ。人達もよくこう言いまっしゃろ。受けてない仇でも勝手に返せ……そう、ただの八つ当たりだ! って」
「受けてない仇でも勝手に返せ……か。なるほどね……」
(いやいや、それはダメすぎるだろ。俺も思わず勢いで頷いちゃったけどさ、しかもただの八つ当たりって……それはただただソイツの性格が悪いだけじゃねぇか?)
俺は話を聞くフリをするという体で、オウム返しに言葉を繰り返しながら頷いてみせた。だがそんな言葉とは裏腹に心の中ではツッコミが追いつかないほどである。
「だからそんな世話になった兄さんに礼をしたいんですわ」
「礼だって? いや、そんな大げさな……いいっていいって」
「どうせくだらないことだろう……」俺はそれよりも早く風呂に入りたいため、両手を突き出しながら謹んで遠慮する。ぶっちゃけ早くこの会話を打ち切ってもらった方が、よほど俺のためになる。
「兄さん、ちょっとコッチに」
「えっ? あ、ああ……」
ちょいちょい。器用にもジズさんは自分に近づくようにと手招きをしていた。「このままじゃいつまで経っても終わらないよな……」そう思い俺は言われるがまま、ジズさんへと近づいた。
「もっとコッチや兄さん。実はでんな、ここだけの話、兄さんに耳寄りな情報があるんですわ。ほら、早く兄さんの耳をワテに貸してくださいな」
「わ、わかったよ。ほら……」
ついに俺のお耳を外す時がきたか! 俺は決意して自らの耳を外してジズさんへと差し出し……いやいや、俺のお耳は着脱不可だからな!! 自分の耳外して相手に手渡す……一体どんなんだよ。などとちょっと面白いことを考えつつも、考えるだけで実行には移さずにそのままジズさんの口元へと左耳を近づけてみた。実際このまま喰われてしまう恐怖もあったのだが、たぶん大丈夫だろう……。
「がぶっ」
「ぎゃーっ!!」
そんな俺の地の文を実践するかのように、ジズさんは近づいた俺を頭からそのまま咥えてしまったのだ!
「いや兄さん。口で言っただけで、実際には噛んでまへんで。そりゃちと、オーバーリアクションすぎますで……」
「……いや、分かってるけどさ。なんとなく……ね」
こんな近くで被り付く音がすれば、誰でも俺と似たようなリアクションを取ってしまうものだろう。
「実はでんな……」
「ふむふむ……んんっ!? じ、ジズさんそれは本当の話なのかよ!? 男とかじゃなくて?」
誰もいないのに何で耳打ちを……などとは思いながらも、今度こそ俺はジズさんの口元へと耳を傾ける。するとその耳寄りな情報とは驚くべきものだったのだ。
「当たり前でんがな! ワテが嘘言いますかいな。疑うなんてそりゃ、心外でっせ!」
「あっ、ごめんごめん。ジズさんが嘘ついてるとか疑うとかじゃなくてさ、とても信じられない話だったからつい……」
ジズさんは自分の話が疑われていると思ったのか、少し顔を引きその赤く鋭い目を細めて俺を訝しそうに見ていたのだ。それを見て俺も慌てて訂正するのだったが、その信じられない内容を聞いてしまい酷く動揺してしまう。
「でも本当にここの温泉は露天なうえに混浴で、今現在女の子が二人も入ってるなんてさ!!」
そうジズさんの話とはこの宿屋には温泉が一つしかなく、しかも現在進行形で女の子が入浴中なのだと言う。それもまだオープン前で客がいるわけではないので、女の子と言えばウチにいる連中しかいないのだ。つまり……だ。
「ええ、そうですわ。混浴でっさかい、兄さんも合法的に女の子と一緒に入れるってことですわ。しかもでっせ、入ってるのは姫さんとサタナキアの嬢ちゃんなんですわ」
「姫さんと……サタナキアさんが……お風呂に入ってる……なう」
俺は動揺しながらも、噛み締めるようにジズさんの言葉を繰り返した。ご丁寧にも最後ちょっと英語交じりでな。またジズさんが言う姫さんとはもきゅ子を差す言葉だろう。サタナキアさんとは……っ!?
そう極々最近『剣』から『美女』へと本来の正体を取り戻したという体で擬人化した魔神サタナキアさん、その人しかいないのだ。まさか彼女と混浴できようとは誰が想像できたであろうか?
もしかするとあの封印を解き、擬人化したのもコレの伏線なのかもしれない。
「なぁジズさん……ほんとのほんとに? 二人とも男の娘だったぁ~なんてオチじゃないよね?」
「誰がそんな騙すようなことしまっかいな! 姫さんもサタナキアの嬢ちゃんも女性ですわ、間違いおまへん。何ならワテの名ぁ~に賭けてもよろしいでっせ!」
「そっか……本当なのか……」
さすがにここまで念押しすれば『二人が実は男でした~』なんてオチでは済まされないだろう。否っ! もしそうだったら、俺もモブの名を賭けてでもジズさんを殴ってしまうかもしれない。純情な男心を馬鹿にされたのだ、それくらいしても許されるはず。
「よし……じゃあジズさん。俺、二人が上がる前に混浴楽しんでくるからさ! ほんとありがとうね!」
「あっ兄さん、ちょい待ちぃ~な。話はまだ終わって……って、もう行ってしもうたわ」
俺は話を切り上げるため勝手に自己完結すると、そのままの勢いで玄関ホール奥にある風呂場へと駆け走ってしまうのだった。途中ジズさんから何やら引き止められた気がするが今はそれどころの話ではない。
「兄さん、忘れてるかもしれへんけど……これは健全な小説ですのんや。だから兄さんが期待するような展開なんて用意されてるわけが……いや、それは言うだけ野暮というものでんな。ワテら、所詮しがない登場人物なんやから……」
ジズはまるで何かを諦めるかのようにそう呟くと、再び暗闇の中で顔を伏せ眠りにつくのだった……。
健全な混浴という欲情への矛盾を抱えながらも、どうそれを上手く回避するのか? それを今から次話執筆までに考えながら、お話は第134話へつづく




