第132話 欠点は誰にでもあるが、そもそも人じゃない話
俺が冒険者の頃は、明日をも分からぬ希望のない日々をただ惰性のまま生きているだけだった。
「いつの日にかダンジョンで価値ある宝物を見つけ大金持ちになって、周りを……みんなを見返してやる!」
などと決意してからどれ程の月日が流れたことだろうか。一年、二年……いいや、もっともっと長い期間そんな『夢』を見ていた。
今だから言えることなのだが「俺はまだやれるはずだ。今はまだ本当の力を出していないだけで、俺にもチャンスさえあればいつかは……」そう思い自分に言い聞かせることで、未来への不安をかき消していたのかも知れない。本当はそんな夢ばかり見ている自分ではダメなんだと理解していても……。
だがそれもシズネさんと出会い地に足の着いた地道な生活をする中で、その価値観は変わりつつあった。何も楽しいことは命を危険に晒しながら、リスクを犯す必要性はないのだ。
今の生活だって大金こそ得られていないが、それでも毎日欠かさずに飯を食べれるし、風呂にだって入れる。それに夜にはふかふかのベットで眠れるわけだ(まぁ今でも隅っこだけど……)。
ジャスミンが言う『商い(飽きない)』もそれと同じことなのかもしれない。
大きなリスクを取らなくても一歩一歩を決して立ち止まることなくしっかりと歩み続けることにより、最終的には自分が望むものを得られる。気の長い話だが、それも悪くないのかもしれないと思い始めていた。
「ふぅ~っ。さてと……そろそろ風呂でも入るか……」
ようやく自分なりの考えがまとまり、俺は一息入れるため風呂に入ることにした。そしていつものように一階にある風呂場に向かおうと足を向け、そこで立ち止まってしまう。
「ああ、そっか。もうこっちじゃねぇんだったな、すっかり忘れちまっていたよ……」
そこで俺は一階の脱衣所ではなく、隣の建物に行くためクルリっと方向転換した。
「今日から風呂はこっちの建物なんだよな」
そうそうこれは言い忘れていたのだが、左隣の建物は『元宿屋』だったらしく、風呂場もそれなりに大きいとのこと。今後はウチの店の脱衣所での湯浴みは使わず、当然そちらを使うことになる。しかも何故だかシズネさんが山賊さん達に命令して、「旦那様、これからは湯を沸かす手間もなくなりますよ♪ ギルドの宿屋を経由して湯を強奪……いえ、おすそ分けしていただくことになりましたので……」などと、ギルド直営の宿屋から温泉のパイプラインを無理矢理隣の元宿屋へと繋いだとか言っていた。
あの人、マジ何でもできるんだな。もう魔王もそのままの勢いで倒してくれたら……いや、あの人自身が元魔王だったか。それすらも忘れちまってたよ。
「うん? なんか今、暗闇の中に赤いモノが二つ浮かんだように見えたけど……んんっ?」
既にウチの店と繋がった仕切りを跨ぐと同時に、何故だか暗闇の中から赤いものが二つ浮かび上がっていたのだ。俺はよぉ~く見るために目を細めながら凝らしてみた。すると……
「おや兄さんやないですかぁ~。こんな夜にどないしたんですぅ~っ?」
「うわっ!? いいい、一体誰だよ……ってなんだ、ジズさんか。いきなり脅かさないでよ……」
まさかいきなり声を発するとは思わず、俺はとても驚いてしまった。そして一切の明かりがないこんな真っ暗闇だというのに、ジズさんは玄関ホール中央にて陣取りそこに佇んでいたのだった。
「あっ、すんまへんなぁ~兄さん。ワテ、外は慣れてるんやけれども、家の中は慣れていないさかい」
「ああ、そういえばそうだったね……」
「そうですわ。今までは向かいのあばら屋でしたんやけど、こうして屋根のあるところには入れてもらえなかったんで、ちょっとだけ不慣れなんですわ」
すっかり100話以上その存在を忘れていたのだが、ジズさんは向かいにあるギルド直営のレストランを潰してからというもの一切の出番もなく、ずーっとあそこを巣代わりにしていたのだと言う。
そういえばあの時シズネさんが「もう用済みだわ……」みたいな感じでドアを閉めたのを今でも思い出してしまう。きっとあの言葉が本気だったんだと思うとジズさんが不憫でならなかった。
だが俺が「そういえばシズネさん。忘れてたんだけど……ジズさんはあのままでいいの?」と尋ねると「あ~っ。そういえば……そんなのもいましたね。そうですね~、なら何か仕事をしてもらいましょうかね♪」と、どうやってジズさんを建物の中へと入れたのか謎だが、こうして玄関ホールに押し込み近々開店する宿屋で接客の業務をしてもらうのだと言う。
「しかもワテ、こんな姿でっしゃろ? 正直、キツうてキツうて堪りまへんわ~」
見れば建物が小さいのか、もしくはジズさん自身が大きすぎるのか、喋る度……いや、呼吸する度に宿屋の建物がミシッミシッっと崩落の音を至るところで奏でていた。
「わわっ! ジズさん暴れないでよ! マジで倒壊しちまうよ!?」
「す、すんまへん兄さん。でもさっきから背中が痒うて痒うて、ワテ辛抱できまへんのや」
「わ、分かったから。俺が何とかしてやるから、ちょっとそのままで待っててよ!」
ドスンドスン! まるで足踏みするかのようにジズさんは体を動かし、痒いという背中を二階の柱やら廊下の骨組みに擦り付けていたのだ。
さすがにこのまま放置すればこの宿屋どころか、連なっているウチのレストランの建物まで害が及ぶと思い、俺は急ぎ二階へと駆け上がり背中を掻いてやることにした。
「ん~~~~っ、と!」
二階の手すり部分から右手を目一杯伸ばしながらも、左手は勢い余って堕ちないようにと保険をかけ手をかけておく。こうすれば仮に堕ちたとしても大事には至らない。ってか、堕ちたらジズさんの背中にあるトゲトゲと張り出した背骨(?)の餌食になってしまうことだろう。
「あ~そこそこ。兄さん、そこですわ~」
「ここだね? よいしょっと」
ガシガシガシ……。そして手の届く範囲で適当に力を入れながら背中を掻いてやると、ジズさんはとても気持ちよさそうにしていた。
確かにドラゴンであるジズさんでは背中まで手は伸びない。だからクマが木に背中を擦り付けるようにすることで、背中の痒み紛らわすしかないのだろう。
「(俺、こんな夜中に何してるんだろ……。何でドラゴンの背中なんか掻いてやってるんだ……)」
今思い返してみればもきゅ子も自分の頭にすら手が届かないほど、手も足も短かった。
もしかしてドラゴンとは強靭な肉体の割りに意外と弱点というか、日常的には不便な生き物なのかもしれない。その点、人間やエルフなどの亜人は力こそドラゴンなどのモンスターには劣るのだろうが、『器用さ』と『知力の高さ』そして何より数の多さで多種族を圧倒している事実があった……。
もしかして一番怖いのってモンスターじゃなくて、人間かもしれない……などと物事の真理を解明しつつも、お話は第133話へつづく




