第125話 この世界の構造と本質への足音
「じゃあアリッサ、さっそく見せてもらうね。どれどれ…………ん~っ、とっても綺麗な宝石が付いたペンダントだねぇ~。中に一点の曇りや傷もない状態だよ~。これが『対象物の呪いを解く』って言う宝石なのかぁ~」
「そうさね! どうだい、そこいらの店じゃとんとお目にかかれない一品に見えるだろ~?」
ジャスミンはそう言いながらより詳しく鑑定するためなのか、首にかけてあった片眼鏡を取り出して右目へと装着した。そして指で摘みながらも落とさぬよう慎重に窓から差し込む光へと翳しながら、まるでその真っ赤な宝石の中身を見通すように鑑定している。
「(へぇ~っ。意外というか、宝石を鑑定しているジャスミンの姿って様になってるよなぁ~)」
俺はそんなジャスミンの姿に思わず感心してしまった。その姿は堂に入っているとも言うべきなのか、まるで何十年と鑑定をしてきたかのような顔付きと丁寧さだったのだ。しかも空いている片方の左手は仮にペンダントを落としても良いように皿のように添え、落下して傷つけぬように万全を期している。
「どうジャスミン? それって本物だと思う? それとも贋物なの?」
「そりゃどういう意味さい、アリア! あたいの言ったことを疑っているのかい!?」
アリアはその真贋が気になるのか、食い入るようにジャスミンへ問いただしていた。それを見ていたアリッサは自分の言っていることに疑いを持っているのかと憤慨すのだが、「それで何度騙されたのよ、貴女は……」とアリアに言われしまうとそれ以上反論できないのか「うぐっ」と押し黙ってしまった。
「…………うん! これはそれなりの価値はあるものだね。でも残念ながらボクは専門家じゃないから、これが『呪いを解くアイテム』かどうかの見極めはできないかなぁ~。それにこういった類のアイテムって、使ってみるまでは本物か贋物か判らない仕組みになっているしね」
「そう……なの。でも、それなりの価値はあるのねぇ~。これで少しは安心したわ」
「どうだいどうだい! あたいの見る目も確かなもんってやつじゃないのかい? はっははははっ」
ジャスミンは「宝石の価値観は鑑定できるけれども、呪いとかの類は知識に疎くて……。で、でもペンダントとしての価値は相当なものだよ……」と少しだけ済まなそうにアリアに謝っていた。だがアリアはアリッサが騙されて購入したペンダントにそれなりの価値があると分かると、安堵したように胸を撫で下ろしていた。
だが当の原因であるアリッサは「嘘じゃなかっただろ?」とほれ見たことか、とまるで誇らしく自分の見る目を自慢しながら高笑いをしていた。
「(旦那様、旦那様……アリッサもなかなかのツワモノですね)」
「(そ、そうだね……)」
俺の隣に居たシズネさんが何故か小声で聞こえぬようそんなことを言ってきた。俺は「シズネさんも大概だろうに……」と思いながら、一応同意するように頷いておく。
「はぁ~~っ。でも『呪いを解くアイテム』じゃ~、意味ないわよねぇ~。そこいらに呪われた物でもあれば『これが本物だ!』って判って、少しでも高く売りつけて損失を減らせるのに……。そんな都合よく呪いのアイテムなんてあるわけないし」
「ちょちょちょちょっと、アリア! なんだいその言い方は!? それじゃまるで今すぐにでも売り捌こうって言い方じゃないかい!?」
アリアは溜め息混じりにその宝石の今後について苦言を漏らしていた。そこへ尽かさず「せっかく大枚叩いて買った物なんだよ!」と売り払われては困るとアリッサが反論をする。
「当たり前でしょ~、貴女いくら『それ』に注ぎ込んだと思っているのよ! 私達の路銀全部よ、ぜ・ん・ぶぅ~っ!! しかも私が返品しようと思ったら、既にお店畳んで逃げてたのよ。帰ってきたら帰ってきたで貴女そこにいないし~。ようやく見つけたと思ったら、今度は別の場所で何かトラブル起こしてたじゃないの」
「ぐぐぐっ」
アリアは堰を切ったかのように不満を吐き出していた。どうやらこのペンダントはかなりの高値で売りつけられたのかもしれない。しかも店側は自覚があるのか、返品を恐れて既に店を畳んで逃げていたらしい。これでは返品しようにも返品できないまま、泣き寝入りである。だから再度ペンダントを売買して、少しでも損失を防ごうとするアリアの気持ちは痛いほどに理解できる事柄だった。路銀がなければ、その日泊る宿屋も食事すらも確保できない。ひいては旅を続けられないということになるわけだ。
唯一この街では『ダンジョン』存在と『ギルド』の存在によって誰でも働きさえすれば、その日一日をどうにか過ごせるだろうが「そこから旅をするだけの貯金ができるのか?」と問えば答えはノーになる。
何故ならこの街は宿屋にしろ、レストランにしろ、食べ物や冒険に必要な薬草などが他の地方よりも高めに設定されているからだ。そこにはギルドや国へと治める税金やらダンジョン誘致に関する費用の負担のしわ寄せ、それと冒険者達はこの街に定住しない一見さんと同じ扱いをされるため、一定以上の金を貯められない仕組みとなっている。
もしもそこから脱却するにはダンジョンで余程のお宝を見つけるか、ギルドからかなり危険度が高い『上級難易度の依頼』でもこなさなければ、一定以上の大金は得られない。
ギルドの存在だけでなく、この街そのものがまるで蟻地獄のように抜け出せないシステムとして組み込まれているのだ。だからこそ冒険者は冒険者のまま、それ以上の地位には就けない構造になっているし、街に住む人々だって親の職業をそのまま受け継ぐようになってしまう。
農民は一生農民のまま、貴族は生涯を通して貴族のまま、つまり生まれたその瞬間……いや、この世に生まれる以前から将来の仕事やその後の地位までもが自然と決められてしまうのがこの世界なのだ。
ジャスミンやシズネさんのように頭が良く商売に長けているものならば、その運命から逃れられるかもしれないが一般庶民には抜けたくとも抜け出せない、這い上がる切っ掛けすらも得られないまま一生を終えてしまう何とも世知辛い世の中と言えるかもしれない……。
生まれる前から背景のモブ男をさて置き、そろそろこの物語の本質を理解できる読者も出てくるはずだ……と淡い期待を持ちながらも、お話は第126話へつづく
※とんと=ほとんど。なかなか。などの意味合い
※ツワモノ=豪胆、豪傑、臆することが無い人物の器




