第115話 金と同等の価値を持つ香辛料《スパイス》について
「それで、ジャスミン一体何を買い求めたのですかね?」
「ボク? あ~っ……これの中身だね」
シズネさんはまるで強引に話題を変えるように、手に持っている紙袋についてをジャスミンへと質問していた。確かにこんな人通りのある往来で税やギルドについてを批判しても何ら意味を成しえないだろうし、どこからギルドへ話が漏れるのかなどの危険もあるかもしれないのだ。俺もそのシズネさんの意図を汲み、話を合わせることにした。
「実はね、これは……ジャジャーン♪」
「ん? それは黒い粒……だよな? なんだそりゃ?」
がさごそっとジャスミンが袋の中から取り出したのは黒い粒のようなものだった。昨日ウチの店で振舞われたコーヒー豆なるものとは違い、更に小さくて丸いゴツゴツとした形状をしており、その大半が黒い粒であった。また所々白や赤、緑の粒まで混じっていた。もしかしてこれは選別されていないものだろうか? それとも種類が違うのだろうか?
「これも何かの食べ物……なのか? 昨日のコーヒーみたくさ」
「にゃはっはっは~っ。お兄さん、これを磨り潰して飲んだら辛くて死んじゃうかもよ♪」
「えっ!? し、死ぬ!? 辛くて!? それって辛いのか!?」
「旦那様ったら……ふふふふっ」
俺はその豆粒を昨日の印象からまた新たな飲み物かと思いそう聞いてみると、ジャスミンは盛大に笑いながら冗談交じりにそう言ってのけていた。更に俺がリアクションを起こすと、何故だか俺に寄り添っているシズネさんからも失笑交じりの言葉が漏れ聞こえてくる。
「これはねお兄さん、香辛料なんだよ。ほら胡椒の元の形がこれなんだよ。黒いのがブラックペッパー、白いのがホワイトペッパー、赤いのがピンクペッパーって言うんだよ。それぞれ料理に使う用途が違うんだよ♪ ま、色が違うのは種類もそうだけど、乾燥させた物とそうじゃない物に違いもあるんだけどね」
「こ、胡椒って……あの胡椒なのかよ!? こ、これが???」
ジャスミンが「はい、どうぞ♪」っと言った感じに俺の手の平にいくつかそれを乗せてくれる。俺はそれを見つめるよう顔へと近づけ見るが、本当にこれが胡椒なのか判らなかった。
胡椒は高級品であり、その効果はその強烈な香りにより食べ物の嫌な臭いを打ち消す効果があると同時に、辛味を加味するの役割を果たす『香辛料』と呼ばれるものである。その用途としては、特に肉類などの料理に効果を発する。
常に新鮮な肉を調理できれば何の問題も無いのだが、時には質の劣る肉を使うざろうえない時もあるわけで、そのような時に胡椒などの強烈な香りのモノを加えることで臭い消しの役割を担い、且つ味を良くしてするわけなのだ。また辛味により、発汗を促したり鼻腔を広げ、その後の料理の味を更に良くする効果もある。
「まったくもう~、お兄さんは面白い人だなぁ~」
「くくくっ。ジャスミン、あまりウチの旦那様を苛めないで下さいよ。そこが旦那様の可愛らしいところでもあるのですからね」
「~~~~っ(照)」
ジャスミンもシズネさんも俺が胡椒の原形を知らないことを可愛いだの、抜けているだの言っている。俺は飲食店の仕事をしているにも関わらず、そんなことすら知らないことを恥じるかのように顔を赤くしてしまうのだった。
「ジャスミンっ! シズネさんっ!!」
「にゃはははっ。ごめんごめんって……お兄さん、このとおりだから許してよ」
「ふふっ。ワタシも少し調子に乗ってしまったようですね。旦那様、失礼いたしました」
俺が二人の名前を強く呼ぶと、さすがにこれ以上、からかうのは……」っと察して、シズネさんもジャスミンも一応謝罪の言葉をかけてくれたのだ。
またあざといながらも、ウチの妻であるシズネさんは先程よりも俺の右腕をより自分の胸へと押し付けながら「これがお詫びの代わりですよ。ダメ……ですか?」な~んて俺の耳に囁いてきた。
「はぁ~~~っ。もういいよ、二人とも……」
俺は観念したように深い溜め息を吐き出すと肩を竦めて、「もう怒っていない」とアピールする。……決してシズネさんの色仕掛けに負けたわけではないので、あしからずに!
「ま、旦那様が胡椒の元の形を知らないのも無理はありませんよ。ウチの店でも使ってませんしね」
「あっそうなんだ! ああ、……でも高いしね。それに肉料理でも無ければ、使う必要もないもんね~」
一応二人なりの各々フォローの言葉を口にしてくれる。さすがにそれを無碍にもできないので、俺も話を合わせることにした。
「ウチの店で香辛料単体として使うには、あまりにも高級すぎるもんなぁ~。やっぱジャスミンが前に居た西方地方の街フレンツェでも、ここと同じく高級品だったんだろ?」
「う~んっと、そうだね。確かに高級品だけど、ここよりは半分……とはいかないけど安かったかなぁ~。あっでもね、昔は『金と同等の価値がある!』な~んて時代もあったそうなんだ! それも随分昔の話じゃないよ。それに今でも路銀の代わりとして持ち運んでいる商人もいるしね」
そう言いながらジャスミンは指で一粒摘まむと、マジマジと見るよう俺へと見せながら「胡椒は路銀と違って持ち運ぶのにも軽いし、傷みもしないから便利なんだけど、でもその地方の相場や在庫量によっても、取引価格が違うから大変といえば大変かなぁ~……」などと、その便利性と問題点についても付け加え説明してくれた。
「胡椒が金と同じ価値か……。確かに今でさえも『金』まではいかなくても、『地銀』くらいの価値はあるもんなぁ~。持ち運ぶのにも苦労しないし……確かにこりゃ高級品だわ」
「それにね、お兄さん。実は胡椒には味付けだけじゃなくて、防虫・防腐剤の代わりや抗菌作用って言ってね、下痢や腹痛なんかの『薬』としても使える万能な香辛料なんだよ。ま、だからこそ値段はお察しのとおりなんだけどね」
ジャスミンはそう言って「にゃはははっ……」といつものように苦笑していた。そうして俺は改めて胡椒の価値観を嫌というほど理解することができたのだった……。
あれ、もしかして貿易取引についても触れちゃう感じなの……っと、思わせぶりな態度を取りつつ、お話は第116話へつづく
※路銀=旅をするのに必要な資金の総称を指す言葉。




