第112話 初めてのデートと高鳴る鼓動と照れ隠しと
「それでは店の改築工事の方は、貴方達にお任せしてもよろしいでしょうか?」
「へい、シズネ神様っ! ここはあっしらにお任せくだせい!!」
「ありがとうございます。それで今日の夕方くらいには必ず工事の方を終わらせて欲しいのですよ。明日から営業したいので……できますよね?」
「合点承知しやした! ウチの若いの何人犠牲にしようとも、必ず今日の夕方には終わらせますわ! なぁ、みんなそうだろ!!」
「「「へい! お頭っ!!」」」
山賊達の手際の良さを買ってか、シズネさんはこの改築工事を任せるとリーダーに夕方までに改築工事を終わらせるようにと話をしていた。まさか監督せずに全部を任せっきりにするとは……もしかすると彼等もシズネさんから一定の信頼を得たのかもしれない。
……ま、ぶっちゃけ面倒になったから、自分も街に遊びに行きたいのが本命だろうとは思うのだが、それを口にすることはできない。
「ふぅ~っ。皆様これで本日は丸一日、休日となります。各々好き勝手にしてくださいな。お店のために働くもよし! そこらの家々から金目の物を強奪してワタシに捧げるもよし! もう何でもいいですよ♪」
「おぉ~っ! そうなのだな! そのような休日の有効的な使い方があるとは……私も知らなかったぞ!」
「うむ。妾も久しぶりに街に出てみるとするかのぉ~」
「もきゅもきゅ♪」
ようやくシズネさんのお許しが出たことで、アマネ達は久しぶりの……いや、初めての休日を各自で満喫する事となったのだ。その際、シズネさんが何か言っていたのは世迷言だと思いたい。いや、マジで……。
そうしてその場に残ったのは、俺とシズネさんだけとなった。山賊さん達は相変わらず改築工事に打ち込み、手抜きの文字描写すらしてもらえないので俺もそれに倣い捨て置く事にしよう。
「あら、旦那様はみんなと一緒にお出かけされないのですか?」
「俺? ああ……うーん」
アマネ達のように街へと繰り出さない俺に対して不思議に思ったのか、再度シズネさんが声をかけてくれる。だが当の俺はというと、いきなり休日を与えられたために「今日一日、何をしてよいのやら……」と腕を組みながら戸惑っていたのだった。
「(ほんとせっかくの休日だってのに何にもすることがないしなぁ~……ここはシズネさんの言うとおり、店の仕事でもすっかな。そっちの方が俺も落ち着くし)」
正直、俺は休日というものにまったくと言っていいほど縁がなかったのだ。これまで冒険者としてダンジョンに潜りお宝を得て日々の生活を過ごし、毎日毎日何かしらの依頼を受けなければ泊まるどころか飯も食べられない、そんな毎日をただ我武者羅に生きるだけで精一杯だった。
シズネさんと出会ってからも休み無くずっと仕事をしてきたわけだったが、心身ともに疲れこそあれ考える暇もないほど忙しい毎日を過ごす中で、本当は心の中ではどこか安心していたのかもしれない。それに俺には特にコレと言った趣味も無ければ、家族や友達なんてものもいない。これまでも遊ぶ金があるくらいなら日々の生活する費用に回してきたし、それに何より……。
「あの、旦那様。もしや……」
「えっ……」
俺が過去を振り返るフリをして実は考えながらそれっぽいことを延々回想するのにも面倒になった辺りで、ちょうどタイミング良くシズネさんが口を挟み中断させてくれた。天の助けとはまさに今なのかもしれない。
「な、なにさ、シズネさん……」
「えっ? ああ、別にただ呼んだだけですよ」
「ぶっ!! ごほっごほっ……な、何その無意味な呼びかけは!? ほんとシズネさんって、人を吃驚させるのが得意だよね!」
何か用があったのかと尋ねてみれば、俺をただ呼んだだけ。そう意味も無くしれっとした顔で答えられてしまうと、その予想し得ない答えに俺は思わず右手を軽く握りながら口元へと近づけて咳き込んでしまう。そしていつもの調子でツッコミを入れる。……なんだかこんな何気ないやり取りが、ちょっとだけ嬉しく感じてしまう。
「あっいえ、旦那様がお困りの顔をなさっていたので、とりあえず声かけして未だ一切合切な~んにも考えていない旦那様の過去の回想シーンをぶった切ろうかなぁ~。なんて、ただそれだけが目的でした」
「…………」
どうやら俺の心の声どころか、文字描写までもがシズネさんの手の内のようだった。ってか、あまりにもチートすぎないその能力? そこらの物語に出てくる『最強』とか『チート』なんて類のレベルを軽々と超えていやがるぞ。
あとそんなシズネさんからちょっと優しさを感じてしまったのは、言うまでもない。結局何だかんだ言いつつも、最後には困ってる俺を助けてくれたわけなのだから……。
「要は、今日一日の休日の過ごし方についてお困りなのですよね旦那様?」
「ああ、まぁ……早い話そうなるね」
「じゃあ旦那様……お暇なようでしたら、今日はワタシとデートでもしましょうか♪」
「えぇぇぇぇっ!? で、デートぉ~っ!!」
いきなり突拍子も無いデート宣言をされて俺は大声を上げ驚いてしまうが、シズネさん何食わぬ顔で近づくと俺の右手を手に取って軽く握り込み、こんなことを口にした。
「ふふっ。あらあら、ワタシと旦那様は『夫婦』なのですよ。今更何を照れていらっしゃるのですか?」
「いや、確かにそうだけどさ。それにしたって……」
デート云々もそうなのだが、俺はシズネさんに握られた右手から伝わってくる彼女の体温に照れてしまっていたのだ。少し冷たくとも、手と手とが絡み合い少しずつ温かくなっていくのを自覚する。やはり男とは違うのか、女の子は手の作りもそして触ったときの柔らかさや肌の滑らかさから言って男の俺とは随分と違っている。
「なら、デートくらいしてもいいじゃないですか……ね、旦那様♪」
「し、シズネさんっ!? あの、その……」
シズネさんはそう言いながら、握っていた俺の右手を自らの胸元へと大事に抱き込むよう引き寄せてしまった。そして俺とシズネさんとの距離がゼロ距離射撃に近しい……いや、むしろ互いの領域を今まさに犯して距離のパロメーターが既に赤のマイナス表示になっていた。
「ふふっ。旦那様、顔が少し赤らいでいらっしゃいますね。あ~、もしかして……柄にもなく照れていらっしゃるのですか?」
「そそそそ、そんなことないってばっ! おおお、俺は普通だよ!!」
シズネさんから図星を指されてしまい、俺はそんな強がりを言ってしまう。だが腕へと伝わる女の子特有の柔らかさと甘く男を惑わせてしまう香り、そして体温とちょっぴり早く伝わる彼女の鼓動によって頭がクラクラしていたのも事実だったのは言うまでもなかった……。
実は内心、シズネさんだってドキドキしていたことは秘密にしながらも、お話は第113話へつづく




