第108話 恥の新たな三段活用術と俺の存在
そうして俺達のティータイムならぬコーヒー休憩が終わると、すぐに空気を読んだかのようにパラパラっと、一人また一人……っと客達が踊りながら来店し始めた。再び楽しい楽しいお仕事の再開となったわけだが、ジャスミンのおかげでいつもより楽に仕事運びができるようになっていたのだった。
「心なしか、今日はいつもより仕事が楽に感じたな。やっぱり一人でも増えると違うもんなんだなぁ~」
ザッザッ、ザッザッ。俺は営業を終えたばかりの店の床を箒で掃きながら、そんなことをしみじみと呟いてしまう。ウチの店では毎日開店前と閉店後に必ず掃除をしているので、それほど汚れてはいない。だが最近来店するお客が増えているため、靴から持ち込まれる砂埃りなどが多く見受けられ朝夜と箒で掃かなければならなかった。
そしてふと顔を上げるとアマネがテーブルを拭いたり、もきゅ子とサタナキアさんが椅子を片付けているはずだった。うん……だった、なのだ。だからしていないと言う、言葉打消し現在進行形の意味合いになってしまう。
「ふぁはははははっ~♪ 意外と楽しいな、これは~♪」
「もきゅきゅきゅ~♪」
「ほれほれほ~れ♪ そうであろう~、そうであろうに~♪」
浮遊しているサタナキアさんの持ち手で部分にアマネともきゅ子が捕まり、俺の目の前を陽気に通り過ぎていたのだ。
「ってか、何やってんだよオマエら?」
生憎と仕事をしているものだとばかり思っていた連中が、まさか遊んでいるとは露知らず俺は現在何をしているのかと尋ねてみる。
「うん? なんだ、キミは見て分からないのか?」
「いや、仕事してねぇのしか分からねぇよ。だから遊ぶんじゃねぇよ……仕事しろよ。いつまで経っても終われねぇじゃねぇか。シズネさんから飯抜きにされちまうだろうが……」
タトン♪ っとちょっと華麗な足音を立てアマネが降り立つと、不思議そうな顔で「えっ? マジで分からないの?」などと逆に質問してくる。俺はそのふざけた態度にちょっと怒り気味になりながらも、少し冷静な口調で仕事をするように言い聞かせることにした。
いつもなら仕事疲れで死人のように椅子じへとうな垂れているアマネ達が今日に限っては元気一杯に遊んでいる。これもジャスミンが来てくれたおかげなのだろうが、早く閉店後の掃除を終えてしまわないといつまでも食事にありつけないのだ。それにシズネさんが見たら一体どんな嫌味を……
「あらあら、何やら楽しそうですね~。ですが夕食ができましたので、続きは食べ終わってからにしてくださいね」
「おわっ!? なになに、二人とも何楽しそうなことしてるの~? もうそんなことばかりしていると、ご飯抜きにしちゃうよ~」
「もきゅ~♪」
「お~、ようやくできたかぁ~。妾は待ちわびておったのじゃぞ~♪」
シズネさんとジャスミンが夕食であるナポリタンを両手に持ち厨房から出てくると、目の前を未だはしゃいでいるサタナキアさん達と出くわしてしまう。一瞬シズネさんが「怒るのかな?」っとも思ったのだが意外や意外、普通に接していた。またジャスミンも最初こそ驚いていたが、楽しそうな雰囲気に微笑みながら席に着くようにと促した。
「うん。ほら、キミも座って食べようではないか。掃除は食べ終わってからも、いいだろう?」
「ははっそうだな。分かったよ」
アマネに手を引かれ、俺も席へと着いた。丸いテーブルとはいえ、普段は四人がけでも一杯一杯のところに六人が座る。俺とアマネは最後だったため、隣の席から椅子を二つ移動させる。
「ちょっと狭いけど、ごめんなぁ~」
俺は断わりながら、一人一人のテーブル領地が狭くなる事への謝罪をする。
「ふふっ。ま、今ままで旦那様お一人イジメられた孤独ボッチ状態でしたが、ジャスミンもウチに来ましたね。さすがにそんな捨て置いた状態にはできませんからね」
「ぐっ。べ、別に好きでああなってたわけじゃねぇんだよ、シズネさん」
そうジャスミンが来るまで俺一人だけ別のテーブルで食事をしていたのだ。なんというか、女の子達(?)に囲まれると何だか妙に堅苦しいと言うか、居た堪れない気持ちになるので今までは別テーブルへと避難していたわけだ。
だがジャスミンが来たいま、二人も弾かれてしまうとなんだか変な空気感になるので、コーヒー休憩以降は強引に一つのテーブルを囲う事となっていた。きっとシズネさんなりに俺を気遣ってはいたのかもしれない。だからジャスミンの加入をきっかけに俺も仲間に入れと言ってくれたのだろう。
「う~ん♪ 今日も美味いなぁ~♪ うん? だか、なんだかいつもと違うような……」
「ふふふっ」
アマネは美味い美味いっとわざとらしく声を張り上げながら、食べ進めていると何か違和感を感じた様子。たぶん気のせいの類ではないと思う。何故ならシズネさんがちょっと笑っているからだ。あの笑みは「オマエらにこの違い分かるの? 無理じゃねぇ(笑)」っと少し挑戦的な笑いである。
「もぐもぐもぐ。そ、そうかなぁ~? 俺は特段いつもと変わらない美味しさだと思うけれども……」
俺は食べてもアマネが感じたというその差異が分からず、「アマネの気のせいじゃねぇ?」説を唱える事でその場の発言権をスルーさせる。
「ちっちっち~っ。お姉さんは鋭いけど、お兄さんはまだまだだねぇ~。ちょ~っとだけ『違い』があるんだよ~」
「むっ! 違い……あるのか?」
どうやら今日の夕食を作ったのはシズネさんではなく、ジャスミンのようだ。シズネさん同様に自信満々の笑みを浮かべ、むしろ挑発的ともいえる言葉を口にしている。
「……はぁ~っ。全然ダメだぁ~、これは分からないぞ。私には普段は乾麺で、今日のは生麺を使用したことによる噛めば噛むほどまるで歯を押し返すほどのコシと共に、麺自体に風味と味わいがある。その程度の違いしか分からないなぁ~」
「もきゅきゅ~」
「ふむふむ。それに付け加え、これは加工済みのケチャップだけではなく、生のトマトをその場ですり潰し加えてあることくらいかもしれんのぉ~。妾ももきゅ子もそれくらいの違いしか分からないわ」
アマネ達は各々その違いについてを口にしていった。全然違いが判らないと言いつつも、その口ぶりはまるで評論家気取りとも言える傲慢さだった。
「おお~っ。皆さん、その違いが分かるのですね! これは少々侮っていたかもしれませんね。ね、ジャスミン?」
「ぅぅ~っ。絶対判らないと思ったのになぁ~。ちょっと悔しいよねぇ~」
どうやらそれらの違いは正解だったらしく、シズネさんもジャスミンも驚きながらも感心するように頷いていた。
「…………」
(……マジで? 何でアマネ達、今日に限ってそんな料理評論家みたいな冴えた回答しちゃってるわけ? 毎日同じように食ってるのに、これじゃまるで俺だけその違いが分からないお馬鹿さんみたいじゃねぇかよ。お、俺も何か言わねぇとマズイよな……)
『一体何が違いますか? 食べてなくても勇気を出して答えてみましょうね♪』
『ソーセージの違いを指摘する』おおっ。それはいわゆる違いの分かる男ですね!
『タマネギの違いを指摘する』それはない
『アンチョビの違いを指摘する』そもそも入っていませんから~
「(……いやいや、もう答え一つしかねぇよ。タマネギ完全否定、アンチョビなんて補足事項に『入ってませんから~』なんて、ちょっとふざける感じで明言されちゃったんだもん。ならば……)」
俺は設問事項と押し問答しながら、その違いについてを答えることにした。
「…………んんっ!? こ、このソーセージっていつもと違うよな! 普段のは豚肉だけど、これは……魚肉! 魚の肉を使ってるだろ? ほら、何かいつもより赤い感じだし。そうだよね? シズネさんっ! ジャスミンっ!」
俺は必死とも思えるソーセージ違う理論を展開し、名誉の回復を図ることにした。だがしかし、だがしかし……である。
「へっ? あ、ああ~……あっははははっ」
「う、うーん? だ、旦那様……その、言いにくいのですが、ソーセージはいつもと同じですよ。そもそも魚肉なんて使ったことありませんし、そんなものはモソモソしている上にピンクっぽいので食べなくても違いなんて判るでしょうに……。ほんと、何今しがた思いついた適当なことを仰っているのですか? はぁ~っ。今日のは先程アマネ達が言っていた『生麺』と『トマト』その二つを別なモノへと変えてみただけですよ。モノをよく知らないのに、あんまり知った被ると恥をおかきになりますよ!」
ジャスミンはキョトンっとした感じから一変乾いた笑いを浮かべ、シズネさんに至ってはもう俺の発言自体そのすべてを全否定していた。
「グサーッ!! ま、マジかよ。ソーセージが外れ……っていうか、そもそも俺の答える隙間すらもなかったなんて。ちょ、ちょっと待てよ! もぐもぐ……あー……、確かにこりゃ同じだわ。そもそも魚肉じゃねぇもん……」
俺は何かに射られたような効果音を口にしながら謎のダメージを受け、目の前にあるナポリタンのソーセージを口にする。確かにそれは普段と同じ豚肉が使用され、とても魚の肉なんてものが入り込む隙間すら無かったのだった……。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、そもそも俺は存在自体が恥……などと新たな恥じの三段活用法を編み出しながらも、お話は第109話へつづく




