第107話 コーヒーの意外な活用法とは……
「ご馳走様でした。ジャスミン、ほんとありがとうな。こんな高い……いや、美味しいお菓子と飲み物を俺達に振舞ってくれてさ」
「うん? いやいや、お兄さん。そんな大げさな……ボクはただみんなにこんな食べ物が世の中にはまだまだあるって事を知ってもらいたかっただけだし、それに単純に美味しいって言って貰える方が嬉しいんだよ。だからそんな感謝なんてしないでよ」
食べ終わり俺はジャスミンへと感謝の気持ちを述べた。ジャスミンは驚きながら、慌てた様子で言い繕い「それにボク自身も食べたかっただけだし……」っと付け加えた後、身の置き場がないっと言った感じになっていた。
「そういえばジャスミン、アップルパイなる物の材料はこの辺でも売っておるじゃろうが、牛乳くらいは手に入るとは思うがカフェラテなる物の材料はどこから買うてきたのじゃ?」
「ああ、それは……ジャジャーン♪ これがコーヒーの原材料なんだ♪」
サタナキアさんに質問され、ジャスミンはかけていたバックの中をゴソゴソっと漁り始める。すると中から小さな小瓶が飛び出し、そこには見たこともない不思議な黒い豆のようなものが入っていた。そして小瓶の蓋を開けると、中から取り出してテーブルの上へと出してくれる。
ザーッザーッ。その見た目とは裏腹にその黒い豆同時がぶつかると、まるで軽い金属同士がぶつかり合うような音を奏でていた。
「ジャスミン、それはなんだ? 豆類の一種なのか? にしては黒いよな……もしかして腐っているのかよ?」
初めて目にするものだったので、「痛んでいるのではないか?」っと勘違いしてしまった。だがそれこそが、コーヒーなる物の原料の『実』だとジャスミンは説明してくれる。
「にゃはははっ。お兄さん、これがコーヒーの元なんだよ。コーヒーは木になる赤い実のことで、そこから中身を取り出して空気と混ぜて発酵させ、それから天日で乾燥させてから焙煎……つまり火で炒ることで味に深みと苦味、そして甘味や香りが強く出てくるようになるんだよ。だから焙煎こそコーヒーにとっては、『命』とも言われてるくらい大切な工程なんだ。そして焙煎したら風味が飛ばないよう、すぐにこうした瓶に入れて保管して飲む直前に挽いて粉にすることで、より美味しいコーヒーになるんだよ♪」
「へぇ~っ。炒るからそんな真っ黒になるわけなのかぁ~。たしかに見るからに苦そうな感じしてるもんな!」
俺達がスープなどで食べる煮豆などとは違い、最後に焙煎する事により長期間保存できるらしい。尤も西方地方から持ち込んだ物なので時間経過により、少し風味が損なわれているとのこと。それでも俺達にとってその美味しさと香りや苦味などは初体験の味だったので、とても興味をそそられてしまった。
「今ではこうしてお菓子なんかと一緒に飲むべき『飲み物』って認識になっているけれど、元々は戦争する兵士に配られた興奮剤の役割も担っていたって話らしいよ。何でもこのまま齧れば、その苦さとコーヒーに含まれる成分のおかげで夜でも眠くならないって話だし、気分が高揚するとも言われているんだ。それにボクが前に居た西方地方の街でもコーヒーハウスって言う専門のお店があって、そこでは学者達が毎日飲みに来るくらい人気の飲み物で頭が冴えるっても言われていたね。それがほんとかどうかボクには分からないけれども、夜に飲むと眠れなくなるってのは確かな話だね。ま、さっきも言ったように値段が高いから庶民はあまり日常的には飲まない一種の嗜好品の位置付けになるのかなぁ~」
などとジャスミンはコーヒーに纏わる西方地方の話をしてくれた。
「ふふっ。ツヴェンクルクにいると、あまり他の地方のお話は聞かないのでとても楽しいですね。それではこちらの方は片付けてしまいますね」
「あっ、待ってシズネさん!!」
「えっ?」
お客がいない時間帯とはいえ、今も営業時間中なので食べた食器やカップを片付けようとシズネさんがコーヒーを抽出する二段式の機械に手をかけ、持ち運ぼうとした。だがそこでジャスミンが待ったをかけた。何故呼び止められたのか、分からずにシズネさんはそのままの格好で立ち止まってしまう。
「なんだよ、ジャスミン? 片付けたらダメなのか?」
「ううん。そうじゃなくて、そのコーヒーがらはまだ使い道があるんだよ。だから捨てないでよ」
「「使い道?」」
俺とシズネさんは声を合わせて、聞き返してしまう。
「コーヒーがらにはね、消臭効果があって嫌な臭いとかを消してくれるんだ。だから掃除をする時に使ったり、栄養もあるから畑にそのまま撒いたりすると作物が良く育ったりするんだよ」
「ほほぉ~。既に使い終わったのに、まだそのような使い道があるとはのぉ~」
「もきゅ~」
サタナキアさんももきゅ子も、それには驚きを隠せない様子である。
「むむっ。それは凄いな! 他にも使い道があったりするのか、ジャスミンよ?」
アマネは感心しながらも、別の用途を尋ねている。
「そうだなぁ~……あっ、寒い地方では『成形木炭』の代わりにコーヒー豆のがらを砕いて硬め、焼いて炭化させたものを着火材や暖をとるのにも応用したりしていたね! 確か『ハイカロ炭』って呼ばれるものだったかなぁ~。もちろんそれも使い終わったら畑に撒いて肥料に出来るんだよ♪」
「この豆って、成形木炭の代わりにまでなるのかよ!? そ、そいつは本当に凄いな!! 飲み物にはなるわ、畑の栄養や匂い消しにもなる……コーヒーってまさに捨てるところが無いって感じだな!」
俺は成形木炭の代わりにまでなるコーヒーの残りカスに思わず目を奪われてしまう。ちなみに木材そのまま炭化させたものは『木炭』と呼ばれ、成形木炭とは一般的に『オガ炭』を指す言葉である。
その材料は至ってシンプルで木を切った際に出てくる『オガクズ』などを熱加圧して木質系固形燃料と呼ばれるものに加工する。この際、木材由来の天然成分リグニンがオガクズを固める接着剤の代わりとなる。そしてそれを炭化させ砕き粘着材と混ぜ着火しやすいようにと成形すると『オガ炭』になるのだ。これは主に調理をする時や暖をとるための燃料として広く使われている安価な日常消耗品の一つである。
だがしかし一見するとメリットばかりに思えるだろうが、デメリットも当然の如くあるのだ。それは一度火を点けてしまうと燃え尽きるまでは火が出て熱を発するので使い切りとなる点と、それと同時に密封空間でこれを使用すると一酸化炭素中毒となり最悪の場合は死に至る危険性もある孕んでいた。
「ふむ。それはなんとも面白い使い道もあるのですね! まさか捨てる物で燃料や肥料にまでしてしまうとは……さすがにこれには驚きましたよ!」
「にゃはははっ。まぁこれはボクが考えたアイディアじゃなくて、向こうでは普通に使われてる日用品だからね」
シズネさんはそう言いながら、感心するように頷いている。ジャスミンは自分が褒められているわけでもないのに、慌てた様子で「アイディアを考えたり、開発できる人が凄いだけだよ~」っとちょっと恥ずかしそうにしている。
確かに西方地方は俺達が思っているよりも、食文化や技術開発が遥かに進んでいるのかもしれない。コーヒーなどの飲み物一つとっても、改めて世の中の広さを実感することになったのだった……。
コーヒーの話一つでここまで話を引っ張りまわして十二分に文字稼ぎしながら、実はこれすらも伏線なのかもしれない……などと無意味に前振りつつ、お話は第108話へつづく




