第105話 見た目に反する人とモノの価値
「ジャスミンが俺達よりも年上って……そ、それって冗談だよな?」
俺は失礼ながらも、ジャスミンに言っていることが冗談であると思い込みそう聞いてみたのだったが、当の本人は気まずそうに首を横に振ってからこう口にした。
「ううん。本当だよ」
「あ、ああ……そうなんだ。じゃあジャスミンは俺よりも年上ってことなんだな」
(マジかよ。どこをどう見てもジャスミンさんってば、俺より完全年下に見えるぞ)
俺は改めてジャスミンの頭から爪先までを観察するように、上へ下へと確認してしまう。
「にゃははっ。まぁ~、他の人からも年齢相応には見えないって言われてるしね。ま、若く見られる分には良いかなぁ~っとも思ってるんだけどね」
さすがに気恥ずかしいのか、ジャスミンは少し照れながらも「やっぱり大人には見えないよね?」っと困った顔をしていた。でも確かに思い当たる節はいくつもあったのだった。なんせ子供が一人で商人になると遥か遠い地方である|西方地方の街から来るわけがないし、それに子供がお店なんてものを開くわけがないのだ。また料理についても詳しすぎるし、その知識や薀蓄についても半端なかった。今だから言えることだか、確かに年上だと言われても何ら不思議ではない。
「ま、ジャスミンが年上ということには驚きましたが、だからと言って何かが変わるわけではないでしょう? 違いますか、旦那様?」
冷静さを取り戻したシズネさんはジャスミンを気遣い、「別に年なんて関係ねぇじゃん?」みたいなしれっとした態度を取っていた。そしてほら、旦那様もフォローしないと!」っと俺のわき腹に軽く肘を当ててくる。
「あ、ああ、もちろんだ! 別に年上だからって……まぁすっごく驚いたちゃ驚いたけれども、これまで同じ接し方でいいんだよな? 今からジャスミンのことをお姉さんとかって呼ぶのも違和感あるしな! ジャスミンだって今の方がいいだろ?」
「シズネさん……お兄さん……うん。ボクも今までと同じに接してもらえれば嬉しいよ♪」
実際シズネさんの言うとおり、ジャスミンが自分よりも年上だからと何かが変わるわけではなかった。そして俺は話題を逸らすため、目の前のアップルパイを一つ頬張った。
「お~っ! ほんと美味いなこれ!! ねぇシズネさん、このアップルパイとカフェラテもメニューに加えられるんじゃないか?」
俺はムシャムシャと食べ進め、シズネさんに新しいメニューとして加えられないかと提案してみた。
「う、うーん。新メニューに……ですか?」
「な、何かマズかったかな? シズネさんも食べて美味しいって思ったよね? なら加えてもいいんじゃない……かな?」
だがしかし、当のシズネさんは新メニューと聞いたその途端、少し言い淀み困ったような表情を浮かべていた。確かに食べた時はシズネさんも美味しいと言ったはずなのに、何を躊躇っているのだろうか? その鈍い反応のせいで俺まで最後疑問系になってしまった。
「あっ、お兄さん……」
「うん? ジャスミン、どうしたんだよ?」
だがその答えはシズネさんからではなく、それらを作ったはずのジャスミンから返って来てしまったのだ。
「そのね、このアップルパイもカフェラテもお店の新メニューとしては、出せないと思うんだ」
「はぁ~~っ!? な、何でだよ!? こんなに美味いってのにメニューに加えられないのか!? もしかして作るのが面倒とかか? じゃないと調理時間がすっごくかかるのか?」
ジャスミンまでもシズネさんと同じく渋い顔をしながら、メニューには加えられないと言っている。俺は何故作ったはずのジャスミンにまで否定されたのか、訳が分からずに思いつく限りの原因をあげてみる。この場合調理の工程や手間がかかるか、もしくは調理時間があまりにも長すぎてダメくらいの理由しか思いつかない。だがそれらの理由はほんの些細な問題のようだ。それはシズネさんから俺へと質問する形で思い知らされてしまう。
「旦那様。確かに今旦那様が仰ったような問題点もあるにはあります。ですが、それよりも根本的で、一番大切な部分が抜けているのですよ」
「うん??? 他にもあるって言うの?」
イマイチ要領を得ない俺だったが、次の言葉で嫌でもそれに気づいてしまう。
「仮にですが、このアップルパイやカフェラテ。これらをウチで売るとしたら、いくらぐらいになるとお思いなのですか?」
「えっ? それって『値段』ってこと? そ、そうだなぁ~……うーん。あんまりよく分からないけれどもナポリタンと同じ、2シルバーくらいかなぁ~」
シズネさんの聞いている意図が分からず、俺は思いつくがままそう口にしてみる。
「2シルバー……なのですか。それでは逆に、一体いくらぐらいまでならこれらの焼き菓子や飲み物にお金を払っても良いとお考えですかね?」
「えっ? い、いくらぐらいなら???」
更なる質問を受け、更に混乱してしまう。そもそも既に俺は2シルバーと言ったにも関わらず、シズネさんは更に金額を問うてきたのだ。となれば、逆に俺が今言った2シルバー程度の値段では出せないと言うことになる。
「う、うーん。せいぜい……倍の4シルバーくらいかなぁ~。ってか、お菓子だもんね。それ以上は払いたくても払えないと思うけど」
「旦那様の認識では高くとも4シルバーなのですか……そうですか。ジャスミン、今旦那様が仰った金額、4シルバー程度でこれらは作れる料理なのですかね?」
俺は「いくら何でもそれ以上はしないはずだよ~」っと笑いって見せたのだが、当のシズネさんもジャスミンもまったく笑っていなかったのだ。そしてシズネさんはジャスミンへと値段ではなく、材料費としての値段を質問していた。
「あ~……にゃははっ。む、無理かなぁ~……パイ生地の小麦分くらいなら賄えるけど、それ以上にバターを大量に使うから……それにメイン具材のリンゴや砂糖なんかも意外や意外、思っている以上大量に使うんだよねぇ~。4シルバー程度じゃ材料費にもならないだろうし、仮にそれで売るにしても、さっき食べた一切れの半分が良いところかもしれないかもね」
「ひ、一切れの……は、半分だってぇ~っ!? そんな馬鹿高いのかよ!? こ、これが……」
さすがにこれには俺も驚きを隠せないほどだった。先程何気なく食べてしまった一切れがお店で扱う際の値段に換算すると、8シルバーに相当するとジャスミンは言ったのだ。丸のまま、それを八等分したのだから一つではなんと64シルバーの値段になってしまう。64シルバー……それはナポリタンや朝食セット、エールなどの価格2シルバーに対して、なんと32回分に相当する価値となるのだ。仮に一日三食だったとしても、10日以上食べてもおつりがくる計算になってしまうのだった……。
パンがなければお菓子を食べればいいじゃな~い♪ の名言を思い出しながらも、お話は第106話へつづく




