双勇の勇者の成り上がりざまぁ伝。ざまぁは誰が仕掛けるものだったのか?
スキルがないから捨てるってようはリセマラだよね
二つの大国が莫大な鉱物資源を巡る戦争に突入した。
魔族と呼ばれる鳥の翼や獣の耳などの特徴を兼ね備えた人に似た外見をしている彼等はその持って生まれた力を使い、そうした特徴の持たぬただの人間達の軍勢を連日連夜に渡って打ち破る。
ただの人間にも英傑と呼ばれる者達や優れた繁殖能力によって膨れ上がった軍勢を使って幾度となく壁を作り出し敗北はすれども、大きく侵攻されるような事態は阻止して出来ていた。
そんな敗者達が希望に縋るのは悪だろうか?
だがそうして呼び出された者達に殺戮を強要するのは正しい事なのか?
かつて世界を救ったという異世界の英雄を呼び出す儀式によって呼び出されたのは誰も彼も若い子供達で、全ての子供が賢い訳でなければ強い訳でもない。
しかし愚かな人間達はとにかく強いものだけを求めた、すぐに強いと判る者達だけを求めた、スキル名という肩書で測れる強さに縋りついてしまったのは彼等の救い難い愚かしさの証となった。
「あんたも皇子なの?」
「上に男六人と女が七人もいる継承権もない、というのを書き加えなければな」
スキル鑑定という肩書作りに敗れた少年が訓練場の壁に背中を預けていた。
その視線の先にあるのはやれ【剣聖】や【大魔導士】といった一目で判る強い力を授かりその強さに酔いしれる友人達のおぞましい在り様に、それを褒めたたえるだけで諫めようともしない人々の姿に吐き気すら覚えている。
そんな少年の肩書は何もなかった。
何もない少年に対して周りはかつての友情すらなくしてしまうだけでなく、周りの他人たちの賛辞を受ける為だけに積極的に迫害をしてくる姿は見たこともない敵よりもよっぽど憎んでいる。
「愚かなことだ」
「庇っていいんですか?」
「戦いは英雄だけでは出来ない、ましてや勇者などというものに縋って何になるというのか
こんなものに付き合わされるくらいなら今の前線で睨み合っている将兵達のもとへ赴いて酒でも飲みかわしたいくらいだ
スキルがないからと迫害し、スキルが弱いからと馬鹿にしていては歩兵隊の一つも構築出来ないことすら忘れるとは嘆かわしい」
その皇子は強いスキルは持たずに生まれたが、指揮官としての能力は稀代の英傑と呼ぶにふさわしいものを努力と経験によって手にした事によってスキルにすがりつく者達を総じて軽蔑していた。
皇家の責務も忘れ、ただゴマをすり機嫌をとる事に固執するようになっている兄妹達をただ軽蔑し、まるで勝利を確信させるように無責任な言葉を紡ぐ在り様に吐き捨てるように呪詛を紡いでいくその姿に少年は敵意を見出させなかった。
「……あんたが皇様だったら良いのにな」
「そんな奇跡は起きないさ、それこそアイツ等だけなく邪魔な貴族に……母に私を生ませた皇帝に不幸でもなければね」
「ならジャミル侯爵とか言うやつの屋敷の捜索と、あそこのピンク色と青色の髪をしているメイドを拷問して聞き出してみると良いと思いますよ?」
「ははっそれで手柄の一つでもとれれば」
覗き込んだ少年の瞳に皇子は飲み込まれる。
戦いや王宮の政治などを経験している彼の感覚が少年の言葉に言いようのない何かがある事を訴えてきた、生唾を飲み込み、脂汗を出しながら静かに肯定するように首を縦に振るうと少年はニヤリと微笑んだ。
そうして皇子が僅かな手勢で言うとおりにした結果は大成果である。
魔族への内応に関する書類にメイド達はそのハシゴ役として派遣された者達であり、拷問によって帝都に潜伏している他のハシゴ役に関する情報まで入手することが出来たのだから。
そうしたスキルも持たない皇子が戦闘面だけでなく諜報面での大活躍によってスキルや召喚者達に対して反発心を持っている一部貴族などが傘下となり、彼は一躍かなりの勢力を持つものへと変貌する。
「君を正式に私の下に組み入れる事となった、これからよろしく頼む」
「では次は僕と同じスキルなしのが一人いたはずですので彼を…」
「仲間の引き入れるのか、すぐに手配しよう」
「いえ、スキル持ちの他の連中や皇族が生贄として……モゾフの森とやらに捨てるようなので彼に出来るだけの物資を隠せるものに入れて与えてください」
モゾフの森は魔族とは違う魔獣という猛獣達の巣窟の中でも特に恐ろしい魔獣達が生存競争に明け暮れており、英雄と呼ばれるような戦士や魔族精鋭ですら立ち入るのを拒む両国の国境線近くに存在する森だ。
皇子は自分の活躍によってスキル持ちへの好感度稼ぎにそんなことが起きる事を悟りなおのことそれを阻止するべきであると少年に訴えかけるが、少年は首を決して縦には振らずにただその彼を支援して欲しいとだけ頼む。
「君は何を知っているんだ?」
「知っているのではなく、ちっとズルをしているだけですよ。ただいま言えることは彼がこの戦争の鍵を握る存在であるというだけです、信じていただけないのであれば僕の言葉に意味はなかったというだけです」
「……君の言葉に救われた身だ、ならこのまま賭けてみようじゃないか」
「あぁあとシーリウスという人の身内がバッカス子爵とかいう人とその派閥に人質を捕られている訳なので、これをどうにか出来ればその娘さんの親御さんも皇子のお味方となるでしょうね」
「シーリウスの婚約者はたしか男爵家の料理名人と自慢していたな、父親や兄が第三皇子の派閥に属するバッカス子爵とは不仲だったはずだ。これで不祥事の一つでも暴ければあの第三皇子を失脚させられるだろう」
そうして一人のスキルなしの別の少年が森に捨てられた。
役立たず・スキルなしと罵倒し、スキルのある者達を褒めたたえ特別であると言い続けるその姿はおぞましい。
仮にも同じ世界からの人間を死亡確実の森へと捨てるという行為の狂気に気付いた者もいるようではあったが、訓練として魔獣を殺すことはしてもこうして人間を殺す行為をしてようやく逃げ道のない事に気付いたのだ。
殺人を行い、次にこうして捨てられるのは自分だと、自分の周りにいる皇子達が笑って自分達を殺す殺人鬼であることに、価値がなければ平然とそうする者達だとようやく理解したのだ。
「腹立たしい!」
「どうしました?」
「君の助言を控えろと、誰のおかげで私がこうして躍進出来たと思っているのか! こうなったらやつを傘下から外して周囲の見せしめに……」
「皇子様は突撃するだけの味方を諫められますか?同じ戦い方しかしない味方に戦略について相談されますか?」
「当然だ、定石はあれど必勝に型はないものだ。どんな時でも相手に合わせるだけでなく味方に…も……あわせて」
皇子はハッとした。
まさに少年の助言を至上として、古くからの者達やこうして自分の処罰すら恐れず諫めてくれる家臣を短絡的に排除しようとしてしまう。
それはつい先日スキルがないからと考えなく排除してみせたあの兄弟達と同じどころかそれよりももっと恐ろしいものへと変貌しようとしていた自分に気付き、皇子は大きく深呼吸をして思考と視野を広げる。
しばらくのあいだ皇子は少年と距離をとりはしたが、信頼できる者を常に護衛として配置し、急速に拡大した自分の派閥を統制するだけでなく助言無しでも活躍を繰り返し自身の求心力を取り戻していった。
「睨み合いも終わり、父上はあの兄弟達や召喚者達を魔族軍にぶつけるようだ。本来なら君は帝都にいて欲しいところだがやはり召喚者という事で多くの者が君の参戦を求めたんだよ」
「スキルのないのに?」
「私の活躍は間違いなく君によるものだ、この戦場で自分達が引き入れた他の召喚者の力を見せつけ君を否定したいのさ……スキルなしに負けている現実を受け入れることが出来ない連中なのさ」
「まぁおかげで先陣を駆け抜け、捨て石が如く死ぬのは回避できました……どうせならここで夢から覚めていただきましょう。目覚まし時計は自分で手配してくれたので私達が何かする必要はありません」
決戦が始まる、召喚者達を前面に押し出した人類軍が魔族軍を削り取っていく。
一騎当千の剣士が竜鱗をまとうリザードマンを一撃で両断してみせ、空中を自在に飛び回るハーピーが荒れ狂う風の魔法によって叩き落されていく、山のように大きな巨人が自分より小さな足に蹴り倒される。
人の形をした怪物達が魔族を蹂躙していく様子に兵士達は喜び、貴族たちは勝利を確信して気色の悪い笑みを浮かべるだけでなく、遠目からでも判るようなねっとりとした視線を少年達の軍勢に向けるのだ。
これが終われば次はお前たちが排除される番だと。
だがそんな願いは召喚者の一人の叫び声によって消えてしまう。
蛇のように長い首を乱暴に振り回し抵抗する女子の力が弱まると一気に顎の力を強め、脆弱な人間の身体はたやすく砕かれ全身が力なくたれさがり獲物の死を確認するとリザードマンは死体を地面に叩きつける。
次は乱暴者として知られていた男の首が飛んだ。
次は人気者だったギャルのような女の身体が縦に両断された。
次は体格に恵まれた野球部員の男が喉笛を食い千切られた。
次は保身上手な委員長のハラワタが引きずり出された。
次は俊足で名を売った陸上部員が巨人に踏みつぶされた。
次は放たれた毒矢に倒れた。
次は魔法の火に焼かれた炭になった。
次は、次は、次は、次は……そうしてみんな死んでしまった。
容姿端麗・眉目秀麗・智勇兼備に実家は金持ちと全てを持っていた【勇者】は敵陣を突破して対峙することの出来た魔王の拳を顔面に受けて、自慢の防具ごと肉片となって砕けてしまう。
何人もの同胞を平然と犠牲にしながら行った乾坤一擲の突撃はあっさりと、文字通り砕け散ってしまい人類軍の決戦兵器は魔族軍の精鋭すら相手に出来ずに全滅した事実に士気は崩壊した。
「これは終わったな」
武器を捨て逃げ出す味方、布陣の位置から逃亡を諦めた者達は殿となって懸命に壁を築いているが崩壊は時間の問題だろう、抵抗を決意したものの数がそもそも少ない状態で頭数の有利すらなくなった。
少し遠くの高台から帝国の終焉を目の当たりにして誰もが失笑する中で少年だけが、まるで全てが上手くいったと言わんばかりに微笑んだ。
「えぇ終わりました、あなたはこの戦争の勝利を呼び込んだんです! 目覚まし時計が時を告げる!」
世界が爆ぜる、光の柱が天へと昇り、晴天の空からおぞましいほどの土砂から魔族軍の陣地に降り注ぐ。
太陽が地上に姿を現したかのごとき人の姿をした光の化身が魔族軍の全てを背後から蹴散らしていきその化身は魔王と激突し光の化身が振るう剣と魔王の振りかざす拳が幾度となくせめぎ合う。
両陣営はただその戦いを静観していた。
横やりを入れることも出来ないし、出来るような力の持ち主はもういない、ただこの戦いの勝者の陣営がこの大戦の勝者となることを見届けるしかない。
だが戦いは終わる。
魔王の右腕が空中を舞い、化身の剣が心臓を刺し貫いた。
勝利の雄たけびと共に化身の光は失われそこから姿を現したのはスキルなしと馬鹿にされ森に捨てられたあの日の彼であった。
「魔王を討ち果たし帝国に勝利を!ブリティス皇子に救われたこの命の恩をお返しする為に馳せ参じた! 我こそが真の勇者として召喚された者なり!」
「ブリティス皇子、号令を!いまこそあの日の夢を掴み取りましょう!」
戦場に突撃の号令が響き渡る。
無傷の新たな皇帝の軍勢は沈みゆく夕暮れに背を照らされながら崩壊した魔族軍を側面から蹴散らしていく、魔王を討伐した真の勇者を家臣に加わった傘下の兵の士気は自分達も選ばれたものとして桁違いのものだ。
ブリティス皇子軍以外はもうほとんど逃亡するか殿の戦いで消耗して戦列に加わる事すら出来ずただ派閥違いの者達が輝かしい武功を立てていく姿を、指をくわえてみていることしか出来ない。
逃げ出した皇子達が帝都の父親に敗戦を伝えてしばらくして真の勇者を加えた軍勢が神々の祝福の光と共に凱旋したのはまた別の話。
魔王の討伐・無数の捕虜・無数の武功を持って帰還したブリティス皇子は皇帝から正式に皇位継承を言い渡され新たな皇帝として即位した、もっとも彼の即位をゴネたり敵対を示唆した皇子や皇女がことごとく不幸に見舞われ皇帝は怯えていたという。
その若き皇帝の治世は帝国に黄金期をもたらし、神の祝福を受けた二人の勇者を見出した慧眼の持ち主として、そして神々の祝福に守られた者として歴史に名を遺した。
「ところでさ、どうして俺が【善神の加護】だって判ったんだよ?俺は善神としか話してないしスキル隠蔽までついていたのにさ」
「そりゃあ僕がさ……【邪神の加護】の持ち主だからさ」
「へっ?えっなんで邪神が人間に加護をくれるんだよ?」
「もしブリティス陛下に助けられなかったら魔族側に与して人類にざまぁしてだろう?でも俺は陛下に救われたからざまぁする気がなくなっただけだし、君が善神の加護でざまぁするのを防ぎたかっただけだよ」
「……でも他の皇族はみんなアレだったよな、あと学校とか嫌な貴族もみんなして死んだのは」
若き皇帝を知恵と助言で救った【智勇の勇者】と呼ばれるようになった少年がクスリと微笑む。
「邪神ってのは総じてトリックスターだし容赦しないだろ?使えるものを使っただけさ」
そんな唯一生き残った同胞の微笑みを見るもう一人の本当の勇者【武勇の勇者】と呼ばれた青年はただ乾いた笑みを浮かべた。
「あと僕って炎の伝説やり込んでるから最初から強いユニットって信頼しないんだよ」
「そんな理由から伏線はって気付いたのかよ!?」
「盗聴・防諜・騙し討ちってのは悪役の美学なのさ、気付いたのは副産物」
善神と邪神は少しだけ試したのだ。
目に見えたものしか信じず、そうでないものを否定する人類は神すらいつかみえないから否定するのではないか、善神も邪神も知らない新たなる神を信仰している魔族はそれを支配者に据えるのではないかとおもったが故に。
本当に世界を救う者達のスキルを隠蔽して、もしこの二人のどちらかが人類からスキルがないからと絶望するような扱いを受けるのなら、人類はいつか神すら否定するものとして滅ぼしてしまおうと。
だから両国の国境帯に莫大な鉱物資源を創り出して戦争になるように仕向け、人間が魔族に追い詰められたことによって異世界人を呼び出して、判りやすい勇者を用意して気付かないように少しだけ誘導してやったのだ。
だがその思惑は一人の皇帝の思惑によって瓦解した。
彼は破滅の使者を二人とも味方にしてしまったのだ。
だからもう少しだけ……神様達は人間を見守ることにしたのだ。
なにせ今回の一件で神への信仰心は取り戻せた、地上の命が少しばかり減ってしまったが然したるものではない。
どうせならば救いを求めた人間も、自分を信仰する部族をボロボロにされた名も知らぬ神も、手酷く潰してやりたかったが……今回は良しとするのだと決めたのだから。
ざまぁされたのは、ざまぁしたのは誰か?
本当に不幸なのは誰だったのだろうか?
善神は魔族に崇拝される神様をざまぁ
邪神は信仰心のない人間も魔族もざまぁ
魔族の神は他の神をざまぁ
僕は皇子の敵をざまぁ
俺は捨てた学校の奴らをざまぁ
皇子は家族全員をざまぁ
人間と魔族はお互いをざまぁ、したかった
みんな死ねばいいと考えていた
でも途中の展開から妥協してしまうのはちょっとした幸せにぶつかってしまうから
だってそこまで深く考えた訳でもないし、これは何度目かの失敗に過ぎない
これはうっかりハッピーエンドになってしまったルートの一つに過ぎない
だからまたリセットされてまた最高の結果を目指していく、分岐ゲーの基本である