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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
雷鳴轟く四日目

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鬼道院の決断と東郷の敗北

「鬼道院さんはもうスロット―ゲームはしないんですか? 千尋ちゃんもトランプで遊んだりしないの? もし何か楽しい話をしてるなら、私も混ぜて欲しいな」


 ツインテールの髪を揺らしながら、姫宮は交互に鬼道院と秋華の顔を覗き込む。

 血糊代わりにケチャップをつけた服は、娯楽室に移動する前に着替えられていた。計画実行後すぐに服を着替えられるよう、女性用の化粧室に替えを置いてあったため、娯楽室に行く前に素早く着替えを完遂したのだ。

 姫宮の方から鬼道院に声をかけてくることは珍しく、何か企んでいるのではないかと勘ぐってしまう。

 その思いが目に現れてしまったのか、鬼道院の細い目に見据えられた姫宮は若干顔を強張らせわたわたと手を振った。


「な、なにも変なことは企んでませんよ。本当に鬼道院さんと千尋ちゃんとお話ししたいなと思っただけで、それ以上の考えを持って近づいたわけじゃないですから」

「そんな否定なさらずとも構いませんよ。佐久間さんの考えに全員が賛同したとは思っていませんので、生き残るために行動し続けるのはむしろ当然です。ですよね、秋華さん」

「勿論なのです。私だって生きることを諦めたりはしていないのです。トランプをせず鬼道院さんと話していたのも、生き残るための一環なのです」

「二人とも結構ぶっちゃけますね……。どっちかというとお二人は佐久間さんの提案に賛成かと思ってましたけど」

「おや、それは間違いではないですよ。人を殺したうえで自由の身になれるかどうかすら怪しいのなら、佐久間さんの策に乗る方がよっぽど有意義だと考えています」

「私もなのです。私たちをこんな目に遭わせた奴らの思い通りになるくらいなら、一か八かの策に出る方がましだと思っているのです」

「え、ああ、そうなんだ……」


 姫宮はやや気圧された様子で頷く。

 生きることを諦めたりはしていないが、一方で主催者の思い通りにはなりたくない。幼稚で甘すぎる考えではあるが、鬼道院としてはこれ以上ない本音である。

 思っていたのとは異なる反応だったためか、勢いよく間に入ってきたわりに姫宮は居心地悪そうに身をよじらす。

 このまま黙っていれば彼女はほどなく席を立つだろう。秋華とチームを組む話もまだ途中であるし、申し訳ないが姫宮には一度退場してもらおう。

 そう考え、鬼道院は無意味に動き続ける機械群へと目を向ける。

 鬼道院がもう自身に興味を失ったのだということを察し、姫宮はより居心地が悪そうに肩を揺らせる。

 そして諦めて席を立とうとしたその時、急に秋華が口を開いた。


「そうです。お二人ともゲームの勝敗に興味がないのなら、私と一緒に温室に行くのです。こういった機械溢れるうるさい場所よりも、自然あふれる静かな温室の方が落ち着いてお話しできるのです。真貴さんとしても、このまま手ぶらで帰っては六道さんにがっかりされてしまうでしょうし」


 思いがけない提案に、姫宮は立ち上がりかけていた腰を下ろす。

 直前に生き残ることを諦めていないと言われたこともあり、姫宮は何か企んでいるのではないかと疑いを含んだ目で秋華を見る。けれど秋華の表情は普段と何ら変わりなく、何を考えているのかはさっぱり読み取れない。

 しばらく話に乗るべきかどうか悩んでいたが、どういう判断の末か、「鬼道院さんも来るなら、私も行きます」と姫宮は言った。

 途端に二人の視線が鬼道院に注がれる。

 鬼道院としてはチームを組む話の続きを秋華としたいのだが、この場面で姫宮を呼び止めたことから、秋華にそちらの話を今すぐ再開する気はないのだと感じていた。彼女はどうやら、自分とチームを組むよりもメリットのあることを、姫宮の存在から見出してしまったようだ。


 ――今ここで、私と姫宮さんを温室に誘う理由は何でしょうか?


 秋華の思考が分からず、鬼道院は首元の数珠をきゅっと握りしめる。

 ここでの判断は、きっと生死を左右するもの。いくら考えても結論が出るものではない。そもそも既に、対応の仕様がない詰みの状況になっている可能性すらある。ならば、いっそのこと――。

 心の中である決断を下してから、鬼道院は数珠から手を放し、柔らかな微笑みを浮かべた。



 *  *  *



 これは負けたな。

 明がそう考えた直後、彼の左隣から「あっ」という声が上がり、正面からは「これで上がりだね」という声と共に最後の二枚を台に捨てる音が。

 明は残り二枚の手札をシャッフルし、自分でもどちらがジョーカーか分からないようにしてから、それらを左隣――神楽耶の前に並べる。

 神楽耶は数秒悩んだあと、慎重に一方へと手を伸ばし、思い切りよくカードを引き抜いた。


「……やった! 揃いました!」


 二枚のカードを台に捨てて、喜びの声が上がる。

 明はそれを聞いてからゆっくりと残った一枚に手を伸ばし、それが間違いなくジョーカーであることを確認した。

 これで十回連続最下位。自身の弱さに嘆息することしかできず、仏頂面でジョーカーを放り投げた。

 今回の勝負では一番に勝ち抜けていた架城が、にやにやと笑みを浮かべながら口を開いた。


「正直意外ね。あなたがこんなに弱いなんて。ババ抜きなんて運の要素もそれなりに強いのに、まさか全部びりっけつだなんて。教祖様から少しは運を分けてもらったら如何かしら?」

「いやいや架城さん。ここはむしろ神楽耶さんの引きの強さを褒めるべき場面じゃないかな。これで三連続、二択勝負を一発で引き当てたんだから」


 六道は明が放り投げたジョーカーをつまみながら、神楽耶に微笑みを向ける。

 実力を褒められたわけではないため、どう返していいか分からず神楽耶は曖昧な笑みを浮かべる。

 明はそんな彼らの様子を眺めた後、「実際問題、俺がどうこうよりお前らが強過ぎるというべきだろ」と、小さくぼやいた。

 十回に及ぶババ抜きの戦績は次の通り。

 明…………一位:0(回)、二位:0、三位:0、四位:10

 神楽耶……一位:1、二位:2、三位:7、四位:0

 六道………一位:4、二位:4、三位:2、四位:0

 架城………一位:5、二位:4、三位:1、四位:0

 といった結果。

 基本こうしたゲームの勝敗には拘りがなく、明のやる気が三人に劣っていたことを鑑みても、正直やばい戦績。

 妙に架城が乗り気だった理由はこれかと内心でため息を吐きながら、明は一人ずつ視線を向けていった。


「架城。お前瞬間記憶能力――とまでは言わなくても、それに近い能力を持ってるだろ。ほぼノータイムで毎回カードを引くし、場合によっては引いたカードに全く目を通さずに捨てたりしてたしな。誰の手にどのカードがどんな順番で置かれてたか、ほとんど見えてただろ」

「ええそうね。昔から記憶力は結構いいのよ。今回のババ抜きでは捨てるカードを全て表向きにしてたこともあって、初手の時点からどのカードが残っているか判断できていたから。その後のゲームの展開を見ていれば大体誰がどのカードを持っているかは容易に分かったわ。特にあなたは、取ったカードが揃っていなかった時、特に手持ちをシャッフルしたりせずそのままにしていたから。とっても読みやすかったわね」


 この館に来てからごく稀に見せる架城の満面の笑み。

 人に対して上から話すときに浮かべる笑顔は毎度活き活きしているなと、明は小さくため息を吐いてから視線をスライドする。


「それから六道も反則的な観察力をもってるだろ。あくまで推測だが、お前俺たちの瞬きの回数や俺たち自身が自覚していないような微かな癖まで把握してるんじゃないか? 架城はひたすらに全員の持っているカードを注視していたが、お前は常に相手の顔や指を見つめていた。ゲーム回数が増えていく度、終盤でのカードの引きが早くなっていたのは俺の気のせいではないだろ」

「おや、気づかれてたのか。あんまりじっと見過ぎて観察されていることを悟らせないよう注意していたつもりだったんだけどね。東郷君には見抜かれてたか」


 ばれていたことに対して悔しさを覚えた様子もなく、六道はにこりと笑顔を浮かべる。

 実際彼としては、ここでのババ抜きを通して明たちの癖をじっくり観察できたのだから、今更ばれてもデメリットは皆無だろう。

 ババ抜きの勝ち負けだけでなく、情報収集でも完全敗北を喫したわけである。明は軽く頭を振ってこの嫌な事実を意識の外に追い出し、最後に神楽耶へと目を向けた。


「架城や六道が相手だったせいでそこまで目立たなかったが、神楽耶もかなり手馴れていたな。想像以上にポーカーフェイスを貫けていたし、相手に隙を作らせるような細工も何度か施してた。実際それが成功して一抜けした回もあったからな」

「まあ、ババ抜きとかはよく友達とやっていたので。やっぱりゲームとはいえ負けると悔しいですし、勝つための工夫は色々と考えましたから。でも架城さんと六道さんにはほとんど通用しませんでしたけどね」


 最後は必ず明がジョーカーを持っていたため完全な敗北は一度もなかったものの、戦績的にはやはり喜びずらいようだ。口元は笑顔であるものの、悔しさを覚えているため目までは笑えていない。

 ただその悔しさをいつまでも引きずるつもりはないらしく、神楽耶はふと表情を落ち着けると、架城に視線を投げかけた。


「それにしても架城さんって、本当に優秀だったんですね。誰の手にどのカードがあるのかを、ほとんど把握するなんて。単に記憶力が良いだけでできることでもないでしょうし、頭が良いのは間違いないんですね」


 敵意を含む、とまで言うと言い過ぎだが、少なくとも一切飾られていない発言。

 今までの傾向から架城が怒りだすのではないかと明は身構えたが、予想に反し架城は余裕の笑みを浮かべていた。


「あら。随分と皮肉った言い方ね。まあなたに好かれるようなことは何もしていないから、当然のことでしょうけど。で、私が優秀かどうかと言われれば勿論YESよ。というかそんなこと、これまでのゲームにおける私の発言や、今こうして生き残っているという事実からも自明だと思うのだけれど」


 怒っていたり苛立っていなくとも、皮肉を返すことに変わりはないらしい。

 だが神楽耶もその程度のことでは動じない。素知らぬ表情で淡々と言い返した。


「すみません。勝手な思い込みですけど、率先して人を見下したりするような人は、むしろ自分に自信のない弱い人だってイメージを持っていたものですから。架城さんも例にもれずそうなんじゃないかと思ってました」

「ふふふ。そうね、それは別に間違っていないわよ。実際地位を振りかざして威張り散らしている人はそのイメージ通りの馬鹿ばかり。ただ私は違うわ。私は純粋に、人を見下したり馬鹿にするのが好きなのよ。そしてそれができるよう自身の才能を育んできた。ふふ。私がこの世で一番好きな瞬間は、馬鹿にされ蔑まれ人格否定までされているのに、自身がその相手に何一つ勝っている要素がないために反論できずただ我慢し続けている――そんな愚者の姿を見ている時。その至福の時間を得るために、私は優秀であることを自分に課してきたの」

「……本当に、歪んでますね。あなたのその歪んだ願望を叶えた結果、人が死ぬことになったのに……。罪悪感は、ないんですか?」

「あるわけないじゃない。もし蔑まれて悔しかったのなら、私みたいに努力すればいいだけの話なのに。それをせず死を選ぶような弱い人間に対して、むしろなぜ私が罪悪感を持たないといけないのかしら」

「……話に、なりませんね」


 これ以上ない軽蔑のまなざしを浮かべ、神楽耶は架城を睨み付ける。しかし架城にとってその視線は愚者が優秀な人間を理解できていないだけ。要は畏敬のまなざしを向けられているのと同義である。それゆえますます機嫌をよくした様子で深く椅子に腰かけた。

 もはや完全に仲良くゲームをするような雰囲気ではなくなってしまい、六道が困ったような視線を明に向けてきた。勿論そんな視線を向けられたからと言って、明にもどうすることもできない。肩をすくめて首を横に振った。

 誰もが口を閉じたことで、娯楽室を流れる音楽がやけに耳に付き始める。それがより各人の間に溝を作ることになり、、より話をしづらい雰囲気が形成される。

 だが、この部屋には一人。雰囲気クラッシャーなるものが存在する。

 その者がこの状況を放置しておくはずもなく、すぐさま明たちのもとに、場違いで陽気な道化(佐久間)の声が飛んできた。


完全にだれてきた……。とはいえそろそろ一気に人が死んでいくはず。いい加減終わりが近づいてきている……と思われる。五日目の正午までには終わる予定だし。うん、きっと終わりは近い。

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