解散
(これは……どっちだ)
姫宮と鬼道院の会話に気を取られ、スペルが発動した瞬間を見逃した。
気づいた時には床に膝をつき、宮城は苦悶の表情を浮かべていた。
胸を手で押さえ必死に痛みを堪えている。あまりの苦痛にうめき声をあげることすら叶わないのか、口をぎゅっと引き結んだまま全身を床の上に横たえた。
床の上には赤い絨毯が敷いてあるため、床に倒れた際もほとんど音はしなかった。そのせいか、宮城を視界にいれていない鬼道院と佐久間は何が起きたのかまだ気づいていないようである。不審げに突如口を閉ざした架城に視線を向けている。
一体この数秒の間に、宮城の身に何が起きたのか。
ここまでの展開からおおよその予想はつくものの、実際に誰のどのスペルが宮城の命を奪ったのかはわからない。そしてそれは、他プレイヤーにまんまとしてやられたことを意味していた。
明が成り行きに身を任せ過ぎていた自分を恥じる中、架城の視線を追ってようやく宮城の変事に鬼道院らが気づいた。
鬼道院も佐久間も同じく驚いた様子で目を見開く。
誰もが突如起こった異常事態に身動きできないでいると、いち早く秋華が宮城のもとへと駆け寄った。
相も変わらずその表情からは何の感情も読み取れない。が、悲しみの感情は抱いているらしい。瞳孔の開き具合、呼吸の有無、心臓の動きを丁寧にチェックした後、死んでいると確信したのか目を伏せ静かに手を合わせた。
数秒に及ぶ黙祷。それを終えると、秋華は改めて宮城の体をぺたぺたと触りだす。何か外傷がないかを探しているようだ。
その頃には他のプレイヤーも状況を把握し、宮城のもとへと集まってきた。
秋華ほど丁寧ではないが、それぞれ自分の調べ方で宮城が本当に死んでいるかを確認していく。明もその流れに乗り、宮城の体に特に外傷がないかを含め彼の死をしっかり確かめた。
全員が確認し終えるまでは誰一人として口を開こうとしなかったが、確認が終わり宮城の死が共通認識となると、架城が嘲るような笑みと共に口を開いた。
「成る程ね。おそらくいるだろうとは思っていたけど、姫宮さんがそうだったのね。それとも六道の方が持っていたのかしら。まあ何にしろ、私としては嬉しい限りだわ。吐き気のするいい子ちゃんはやっぱり一人だったみたいだし、鬱陶しい正義の使者も死んでくれたんだから。さて、これでここにいる理由はなくなったわね。私は部屋に戻らせてもらうわ」
一方的に言いたいことだけ言って、架城はさっさと大広間から出ていった。
全く空気の読めない薄情者は彼女一人だけなようで、他の者はやや沈鬱な空気のもと広間に残り続けた。
とはいえ、この大広間に皆を集めた主催者亡き今、広間にい続ける理由は何もない。
数分の後には秋華が。さらに鬼道院によって自己崩壊が起きてしまったらしい佐久間が暗い顔で退出した。
残った五人はそれでもしばらくは何をするでもなく黙って広間にい続けたが、鬼道院の「彼も、霊安室に運んであげましょうか」という言を受けて霊安室への移動を開始した。
一井と野田の死体を運ぶ際に最も頼りになった宮城が、今では運ばれる側になった。今度運ばれるのは自分なのではないかという思いが嫌でも湧き上がってしまう。
そのため雰囲気はとても重苦しかったが、宮城の運搬自体は意外にもスムーズに進んだ。見た目からは想像がつかないほど鬼道院と六道の力が強く、二人がかりなら大柄の宮城をも易々と持ち上げられたからだ。
明はおまけ程度に二人に力を貸しつつ、無事に霊安室への運搬を終えた。道中藤城の死体をそのままにしていたことに気づき、ついでに彼も霊安室に収容した。
こうしてやることを終えると、再び手持無沙汰になる。
五人揃って連絡通路に戻る。これでやるべきことはやったと考えたか、鬼道院は一礼すると静かに自室へ帰っていった。
残ったのは明、神楽耶、六道、姫宮の四人。
お互いしばらく無言の時間が続く。その沈黙の時間を破ったのは、明の口から出た「『虚言既死』」という言葉だった。
突然唱えられたキラースペルに明以外の三人がぎょっとした表情を浮かばせる。
明は冷めた目で、六道の驚いた顔を見やった。
「安心しろ。別に今ここでお前らと殺し合う気はない。いくつか質問したいことがあったから、念のために唱えさせてもらっただけだ」
「……今ここでそのスペルを唱えるなんて、度胸があるね。それともそのスペルの危険性に気づいてないのかな?」
「気づいてはいるさ。だが今ならその危険性は限りなく低いとも思っている。何せ二対二の状況だ。そうそう自分の盾を捨てられないだろう」
ひりついた空気が二人の間を流れる。
二人の話の内容を正しく理解している姫宮は緊張した面持ちで明を見つめ、全く付いていけていない神楽耶は困惑した視線を双方に向けた。
六道は数秒の間、明の真意を見定めようと真剣な表情で見つめてくる。そして何か結論を得られたのか、ふといつもの爽やかな笑みに戻った。
「……そう、だね。じゃあ質問内容を聞かせてくれるかな。答えられる範囲で答えさせてもらうよ」
「悪いな。まあどれも大した質問じゃない。軽く答えてくれれば十分だ」
明はそう前置きしてから、ポケットに手を差し込んだ。
「聞きたいことは三つあるんだ。
まず一つはルール違反を犯したときの殺され方について。俺はてっきり体に毒でも仕込まれていて、違反したらその毒を発現させ即座に殺すつもりなんじゃないかと思っていた。だが藤城の死がもし秋華の言う通りルール違反による処罰の結果だとすれば、その予想は大きく外れていたことになる。実際のところ、ルール違反を犯した場合どのように殺されるのかを聞いておきたい」
「ああ、確かにそれは気になるところだよね。秋華さんの話は非常に筋が通っていたけど、逆に筋が通り過ぎていたともいえる。まるであの結論に最初から導くつもりだったかのようにね。――さて、東郷君の疑問なんだけど、残念ながら僕にもよくわからない、というのが答えだ」
申し訳なさそうに額をかきながら、六道は言う。
「何度も言うようで申し訳ないけど、今回は僕も一プレイヤーに過ぎないんだ。今までどんな方法でペナルティをとってきたかを言うのは容易いけど、それが今回どうなっているかはわからない。僕というゲーム知識者がいる以上、今までの方法と同じ手を使っている可能性は低いしね。
それを前提とした上で、今回の藤城君のような殺され方が以前にもあったかと聞かれれば……僕の知っている限りないと言える。東郷君が考えていたように毒を使うか、後は爆弾で爆発させるなんてのがメジャーだったからね」
「毒か爆弾か……」
「うん。でもまあ、ペナルティで毒殺された後に誰かが頭を潰した可能性だってある。いずれにしろ『虚言既死』で誰も死ななかった以上、彼を殺したのが運営であることは間違いないことだと思うよ」
爽やかな笑顔でそうまとめると、「満足してくれたかな?」と六道は小首を傾げた。
それに対しては答えなかったものの、さらなる疑問は投げかけず明は次の問いに移った。
「次に聞きたいのは、他者のスペルを利用した殺人は可能かどうかということだ。例として挙げるなら、一井がスペルを使って召喚したと思われる斧。あれを使って俺やお前がプレイヤーを殺したとき、それはルール違反になるのかどうか。喜多嶋が言うようにスペルを使うことで可能になった殺人がありなら特に問題はないと思うんだが、どうなんだ? これもまたゲーム毎に違うのかもしれないが、元運営側だったお前の意見を聞きたい」
六道はまた困った表情を浮かべ、「ううん」とうめき声をあげた。
「それもやっぱりゲーム毎に違うからなあ。ルール違反をどう捉えるかはその回の判定人に任されているんだよ。一日目に東郷君がナイフを投げつけてたのも、回によってはルール違反として処罰していたかもしれないからね」
「判定人……それは喜多嶋がやっている司会とは異なる役職なのか?」
「そうだね。喜多嶋君や僕が務めていた司会は、プレイヤーに説明をする役目とお客様に楽しんでもらえるよう盛り上げるのがメインの仕事だ。だから血命館の映像から目を離してお客様の対応に専念したりもする。とはいえ目を離したすきにルール違反を行われたら困るから、常に映像に目を向けゲームが正しく進行しているかチェックする人が必要になる。その役割を担うのが判定人だ」
「成る程な。それで、その判定人にも個性があるとして、他者のスペルを利用した殺人というのは認められるものなのか。というより認められた前例は存在するのか?」
「それに関しては、あるようなないような……」
ひどく曖昧な受け答え。
また言葉を濁して答えないつもりかと明が睨み付けると、六道はゆるゆると首を横に振った。
「別に答えたくないわけじゃないんだけどね。あるともないとも言い難いんだよ。というのも、以前一度あるプレイヤーが作り出した武器を使って、別のプレイヤーが全員殺してしまったことがあるんだよ」
「全員……」
「そう。それも序盤も序盤、十人以上残っているときにね。それでその次の回からは自分のスペルを使った殺害以外は完全アウトにしたんだけど、そしたら何人もルール違反で処罰されることになってしまった。だから最初に司会がルールとして明言しておくようになったりもしたんだけど、それだと緊迫感が薄れるってクレームが入ったりもして。結局その都度の判定人に一任されるようになったんだよ」
「要するに全く分からないってことか」
「ああ、うん。そうだね……」
明は今までの説明をばっさりと切り捨てる。これだけ丁寧に話したのが無駄になった気がして、六道は疲れた様子で肩を落とした。
しかし明はそれを無駄だとは思わなかったのか、至極淡々と三つ目の質問に移行した。




