ルール③
一体どこでスイッチが入ったのか。突然いつもの調子に戻り、大声で佐久間は語り始めた。
どうやら自分が余計なことを言ってしまったのだと気づき、架城の顔が引きつっていく。
しかし今更後悔しても遅い。佐久間は完全に饒舌モードへと転身し、今までの沈黙を帳消しにするが如く喋り始めた。
「それにしてもまさか、私が皆さんと仲良くなりたいという証拠を示す機会に恵まれるとは! やはり誰しも命は惜しい物。私とて容易くこの命を黄泉に送るつもりはありません。しかし! しかしです! 我々の中に人を殺し、そしてそのことを隠そうとする者がいる。さらにそこから疑心暗鬼の芽が育まれ、お互いがお互いを一切信用せず、ぎすぎすとしたその場に身を置くことさえ苦痛に思えるような空間を作り出してしまう……。ああ! それは死ぬことよりも恐ろしい悲劇ではないでしょうか! 人間だれしも人を信じ、心安らかにいられることを望んでいるはず。私が一時でも皆様にその安らぎを提供できるというのであれば、喜んで『虚言既死』! 唱えさせていただきます!」
驚くべきことに、今の発言にも嘘は含まれていないらしい。佐久間の体に異変は起こらず、実に堂々とした歩みで宮城の目の前に移動した。
広間にいる全員の視線を受けたことでより心が高ぶったのか。佐久間は芝居がかった動作と共に口を開いた。
「それでは宮城さん! 正義の使者を名乗るあなたにまさか二言はないと思いますが、念のため今一度聞いておきたいと思います! あなたはキラースペルゲームに前日まで参加していた藤城孝志を殺してはいない。間違いありませんね?」
「無論だ。俺は正義の使者。たとえ相手が悪人であろうとも、嘘をつき騙すことなど決してしない」
「それでは、恐縮ながらもその言葉。疑り深い他の皆々様にも納得していただくため、スペルを用いて確認させていただきたいと思います!
『虚言既死』発動!
では改めて! 宮城さん。あなたはキラースペルゲームに前日まで参加していた藤城孝志を殺してはいない。その言葉に嘘偽りはないことをここに証言してください!」
「ああ。何度でも言おう。俺はキラースペルゲームに前日まで参加していた藤城孝志を、殺していない」
一秒、二秒と、張り詰めた静寂が続く。
しかし、どれだけ時間が経とうとも、宮城から死の気配は感じられなかった。
こうして再度突き付けられた奇怪な状況に、架城はヒステリックな声を上げた。
「これ、どういうことよ! なんでこの中に藤城を殺した奴がいないのよ! あんたたち二人、本当にキラースペルを発動させたの!」
佐久間は困った様子で、宮城は憮然とした表情を浮かべながら黙って文句を受けとめる。否定の言葉を口にしない二人の態度から馬鹿にされているとでも思ったのか、架城は一層きつい口調で問いただそうとする。
が、そこに無機質でぼんやりとした声が割り込んだ。
「架城さん。先ほどから些かうるさいです。こんなゲームですから他人を信じられなくなるのは当然だと思いますが、証拠もなく疑い続けることは無意味です。どうせ聞いたところで欲しい答えが返ってくるわけもないのですから。それに、この状況に関しては、彼ら二人がグルでどちらもスペルを唱えていないという回答以外にも、もっと単純な答えがあるのです」
突如として口を開いた秋華は、茫洋とした瞳を架城に向ける。
今日はシマウマが描かれた白シャツを着こみ、相も変わらず子供っぽさを強めている。
理知的な言動を無視すれば、その姿は知的障害者、もしくはサヴァン症候群の子供のようにも見えそうだ。
雰囲気や頭の回転の速さからして油断はできないのに、どこか見くびってしまいたくなるその姿。もしワザと演出しているのであれば、とんだ食わせ物だなと明は思った。
まさか秋華が口をはさんでくるとは思っていなかったのか、架城は呆気にとられ言葉を継げないでいる。そんな彼女に変わり、六道が笑顔で口を開いた。
「秋華さんが言っているもっと単純な回答というのは、喜多嶋さんサイド。つまり主催者による殺害ということですね」
「そうです。藤城さんは主催者さんたちによって――ルール違反、またはルール③のランダム殺人のターゲットとなり殺されたのです」
成る程。と、神楽耶が小さく声を漏らす。
確かに秋華の話には筋が通っている。佐久間と宮城がグルで、お互いにキラースペルを唱えたふりをしているわけでないのならまず間違いなく彼女の案が正しいだろう。
ただ、明としては心の底から納得できたわけではない。ルール違反によってどのように殺されるかは不明瞭とはいえ、撲殺による殺害はかなり奇妙に感じられる。『頭部陥没』というキラースペルでもあれば館外からでもあの殺害現場は作れると思うが、こうして実験を行うほど貴重なスペルを、わざわざ罰則のためだけに使うメリットは見当たらない。遠隔で注入できるような毒でも仕込んでおけば、スペルなど必要なくもっと楽に殺せたはずだ。
とはいえこの中に藤城を殺した者はいない。少なくとも、自分が藤城を殺したと思っている者はいないことが事実だとすれば、やはり主催者が殺したとみて間違いないのだろうが。
念のため、先ほどの答え方に裏道はなかったかと思考を巡らす。しかしその結論が出る前に、秋華は明にとって最悪の話を持ち出してきた。
「ところで皆さん。藤城さんの死に気を取られてあまり話題に出しませんが、この場にいない橋爪さんも既に亡くなっていることをご存知でしょうか。私は昨日も館内を歩き回り知ったのですが、二日目の午前七時半までには橋爪さんは死んでいたのです。もしこの時間より前。二日目が始まってから橋爪さんが生きている姿を目撃した者がいれば、ルール③で殺された可能性は消滅するのです。ですが、逆に誰も彼が生きている姿を見ていないのなら。これは議論の余地なく主催者が殺したと言えると思うのです。それで皆さんどうなのです? この中に生きた橋爪さんを目撃した人はいるのですか?」
既に『虚言既死』を潜り抜けている犯人にとって、この問いはマイナスとなるものではない。そのこともあり秋華は一人一人に答えさせようとせず、見たと名乗り出る者がいるかをじっと待った。
秋華の読み通り誰からも声は上がらない。これにより実質藤城殺害の謎に決着が出た所で、当然の流れとして秋華は話題を進め始めた。曰く、「橋爪を殺した人物も暴いてしまおう」と。
明は慌てて思考をそちらに戻すと、先ほど何とか思いついた賭けを実行することにした。
「実は橋爪さんも、藤城さん同様頭部を殴られ撲殺されたようなのです。しかし藤城さんがルール③で殺された以上、橋爪さんはこの場にいる私たちの誰かが殺したことになるはずです。人を殺しておきながら素知らぬ顔で混じっている人が嫌いだというなら、こちらの犯人もはっきりさせるべきだと思うのです。今一度宮城さんと佐久間さんに一人ずつ質問してもらって――」
「それは少し待っていただけないでしょうか」
淀みのない秋華の語りを、一瞬にして黙らせてしまう強制力。
絶対的な存在感を放つ鬼道院による、無視することのできない制止の声が広間に響き渡った。
驚くべきことに、その呼びかけを受けても表面上は一切変わった様子を見せない秋華。しかし影響を全く受けていないわけではないらしい。
「待つ、の理由を聞いてもいいですか。正直この提案を遮る理由としては、鬼道院さんが橋爪さん殺しの犯人であるから、とするのが妥当な気がするのですけど」
先ほどまでの淀みなさは鳴りを潜め、自身の一語一語を確かめるようなゆっくりとした話し方へと変わっていた。
対する鬼道院は疑いの眼差しを向けられても、目と口を極限まで細めた独特の微笑を浮かべている。その微笑の意味が分からずこの場の全員が緊張した面持ちを見せる中、鬼道院は悠然と言葉を紡いだ。
「皆さんに間違った知識を与えてしまうのは、私の望むところではありません。ですからここに、『キラースペルゲームに参加していた橋爪雅史を殺したのは私、鬼道院充ではない』。そう宣言しておきましょう」
宣言をした後も当然の如く鬼道院の身には何も起こらない。ある意味この空間は自身の潔癖を示すのに最高の場でもあり、これで誰もが橋爪殺しの犯人は彼でないと認識できた。
藤城の時とは異なり、今度は発言を訂正させようとする声も上がらない。それを見て取ると、鬼道院は堂々と広間を横切り秋華の元まで移動した。
一瞬だけピクリと肩を震わせるも、秋華に動じた様子は見られない。鬼道院は躊躇うことなく秋華の正面に立つと、彼女の耳に顔を近づけ何かを囁いた。
一体何を聞かされたのか。
もはや表情筋が死んでいるのではと思える秋華からは何も読み取ることはできない。しかし鬼道院に対し一言二言尋ね返すと、彼の言い分に納得したのか小さくこくりと頷いた。
会話が済んだことで明のいる元の立ち位置へと鬼道院が戻り始める。その背をぼんやりと見つめた後、秋華は皆に向き直り、先ほどとは真逆のことを口にした。
「すみませんです。どうやら橋爪さんを殺害した者が誰かを探すのはここにいる皆にとってもよくないことのようです。自分から振っておいて申し訳ないですが、この話はここで一度ストップさせてもらうのです」
あまりの手のひら返しに唖然とした顔を浮かべるものが大多数。そんな聴衆たちの陰で、明は自身の賭けがうまくいったことに安堵の溜息を洩らしていた。




