本館探索4
「六道天馬さん、ってすごい名前ですよね。意外と名前負けしていないところがまたすごかったですけど」
図書室から出るなり、神楽耶はほっとした様子でそう呟いた。
――神楽耶という苗字もかなり変わっていると思うが。
そう考えるも口には出さず、明は廊下を歩き始める。神楽耶は隣に並ぶと、さらに言葉を続けた。
「六道さんの発言がどこまで真実かはわかりませんが、もし本当だったらかなり厄介な相手ですよね。今までどんな人がこのゲームをクリアしてきたのか知っているわけですし、何か必勝法を思いついていても不思議じゃありません」
その意見に賛同できない明は、小さく首を横に振る。
「それは考えすぎだと思うがな。ルールを聞いた限りでは必勝法なんてあるようには思えなかった。それに必勝法なんかがあったらゲームとしての面白みが半減するだろう。これを娯楽として提供している以上そんなものを残しておくとは思えない。まあ多少の裏技ぐらいは知っているかもしれないが」
「つまり六道さんはそこまで恐れる相手じゃないってことですか?」
「おそらくな。元運営側であることを明かせば誰だって六道を警戒し、真っ先に殺すことを考えるだろう。それらをうまく切り抜けられる手腕があるのかどうかはあいつ次第だが、まあ厳しいんじゃないか。と、着いたか」
医務室と書かれたプレートが張られた扉の前で立ち止まる。
今まではあまり警戒せず扉を開けていた二人だが、図書室での一件もあり少しばかり開けるのを躊躇ってしまう。
中に人がいた時のことを考え、音を立てないようゆっくりと扉を開く。扉の隙間から中をのぞき込み誰もいないことを確認すると、慎重に中に足を踏み入れた。
血命館探索のラストを飾る部屋。
明と神楽耶は、多少の感慨とともに部屋を見まわした。
学校の保健室を連想とさせる、どこか懐かしい内装。部屋奥には真っ白なシーツが被せられた木製のベッドが三台横に並び、隅には銀色の事務机が。壁際には多種多様な薬瓶が収められたガラス戸の収納棚が並んでいる。
神楽耶はきょろきょろと部屋を見渡しながら言った。
「学校の保健室みたいで、少し懐かしい気持ちになりますね。でも窓がないからちょと閉塞的で落ち着かないかな」
「それより俺としては、この部屋にも赤い絨毯が敷かれてることの方が気になるな。普通保健室にしろ病室にしろ赤い絨毯なんて使われないだろ。温室と地下室、それから空き室を除けばすべての部屋にこの絨毯が敷かれているが、何か意味があるのか……」
「単純に主催者の嫌がらせじゃないですか? 常に血の色を連想させられるよう、わざと赤い絨毯をすべての部屋に備えさせたんですよ。ルールでも絨毯については何も言ってませんでしたし、気にするだけ損だと思います」
神楽耶は絨毯に対して特に関心がないのか、話を切り上げ医務室を見回っていく。
とはいえ、見るものはそう多くはない。隅にある事務机に何か物が入っていないかや、ベッドに何か仕掛けが施されていないか。あとは薬棚にどんなものが入っているのかを軽く調べる程度。
二人とも薬について詳しいわけではなかったので、薬瓶に書かれている名前を読んでもほとんど分からないものばかり。ただ、神楽耶の知り合いに睡眠薬を常備している友人がいるとのことで、一部睡眠薬が入れられた薬瓶に関してはその薬の効果を説明してくれた。
そうして一通り見終わり、明は部屋から出ようとする。しかし神楽耶が着いてきていないのに気づき後ろを振り返った。彼女は薬棚の前に立ち、そこから瓶を一つ取り出そうとしているところだった。
彼女が取り出したのはついさっき説明を受けたばかりの睡眠薬。ロゼレムと書かれているが、どんな睡眠薬だったか。
「確かそれは……比較的効力が弱いと言っていた睡眠薬か。それを持っていきたいのか?」
「はい。正直この館でぐっすり眠るのは厳しそうなので、できれば服用したいなと。ダメ、でしょうか?」
神楽耶が上目遣いで心配そうに尋ねてくる。
その表情に心をグッとつかまれながらも、明は冷静な表情を装い淡々と頷いた。
「別に構わない。見たところその薬は錠剤だし、俺にこっそりと飲ませるのは無理だろうからな。それでお前が安心して眠れるなら好きに使え」
「有難うございます!」
神楽耶は笑顔で薬瓶を胸に抱く。
彼女の胸に抱かれた薬瓶にかすかな嫉妬を覚えつつ、明は医務室を後にした。
医務室を出ると、少しだけ歩き連絡通路前まで進む。
これにて完全に本館を一周し、血命館全体の探索を終えることとなった。
館内を見回るだけだったにもかかわらず、想像以上に時間と精神力を削られた気がする。それに見合うだけの情報が得られたかと言えば微妙だが、初日にやれることとしてはこの程度だろう。
緊張感を少しだけ緩めるように、明はほっと息をつく。
ふと隣を見ると、宝物室に未練があるのかちらちらと神楽耶が視線を飛ばしていた。
現状やることは特にないので宝物室に向かうこと自体は問題がない。ないのだが、一度宝物室に入ったら最低でも一時間はあの部屋から出られなくなる予感がする。
明は神楽耶のアイコンタクトを無視して、自室へ戻ることを選択した。
神楽耶は無言で別館へと歩き出した明を慌てて追いかけ、なんとかその横に並んだ。
「……これからどうするんですか?」
「取り敢えず部屋に戻って今後の作戦会議だな」
「そうですか」
「ああ」
血命館の探索も終わったため、どんな話をすればいいのか分からず二人の間に沈黙が流れる。
そのまま無言で別館へたどり着くかと思われたが、不意に連絡通路へ入ってきた一人の男が明たちの動きを止めた。
遠目からでもわかる、異様な雰囲気をまとった男。
漆黒の修道服に身を包み、首には琥珀石を用いた数珠を下げている。目は閉じているのか開いているのかわからないほど細まっており、キツネ面をそのまま人に写し変えたような顔だちだ。
その男は、まるで幽霊のように、歩くのではなく宙を滑るかの如くゆっくりと通路を進んでくる。
時間が静止したかのような感覚。
ふと気づくと、修道服の男は二人の目の前まで歩み寄っていた。
かすかに開いた瞼の隙間から、明と神楽耶を品定めするような視線が飛んでくる。いまだその男の雰囲気に気おされ動けないでいる二人の前で、男は静々と頭を下げた。
「初めまして。鬼道院充と申します。『心洗道』という小さな宗教団体の教祖をやっているものです。以後お見知りおきを」
宗教団体の教祖。
今までその手の人間と会ったことはなかったので比較はできないが、成る程、教祖と言われて納得の神聖さ(不気味さ)を放っている。
――もしこれがアニメや漫画なら、こいつがラスボスだな。
頭の中でそんな馬鹿なことを考え、明は鬼道院の呪縛から逃れる。
そして神楽耶をかばうように一歩前に踏み出し、鬼道院を正面から見据えた。
「東郷明だ。宗教団体の教祖様がこんな殺人ゲームに参加させられてるとはな。一体誰を殺してここに連れてこられたのか。というか信者無しでまともに戦うことなんてできるのか?」
もはや癖と言っても過言ではない明の挑発行動。
鬼道院は目を細めたまましばらく黙って明を見つめてきた。
「……」
「……」
黙したままの睨み合い。
緊迫した雰囲気に耐え切れなくなり、神楽耶が二人の間に割って入ろうとする。だがそれより一瞬早く、鬼道院が口を開いた。
「東郷さん。初めに一つ言っておきたいのですが、私の教団には『患者』はいても『信者』はいません。それにこのゲームに必要なのは人手ではありません。最後まで諦めず、運を引き寄せるための知恵と勇気を持つものが勝利者となりえるでしょう。ゆえに、あなたの問いかけは著しく無意味なものだと断じられます」
「……さすがは教祖様といったところか。知恵と勇気が勝利の鍵だなんて恥ずかしいセリフをよくも堂々と言えるもんだ。信者から金を巻き上げるしか能がない教祖様には、どちらも備わっていないだろうにな」
「今一度言いますが、私の元には信者なんていませんよ。それに金を巻き上げたりもしていない」
「悪徳宗教家は皆そう言うだろ。信者達は自分から進んで金を渡しているのであって、搾取してるわけじゃないってな」
明は挑発をやめることなくとことん相手を煽っていく。
姫宮の時はつい彼女の態度にイラついて挑発をしていたが、今回は少しばかり毛色が違う。一目見ただけで他とは違う異様な気配を感じたこの男の底を、少しでいいから知っておきたい。自分たちと同じく、感情を持ち時に隙を見せるただの人間であることを確認しておきたい。
そういったある種恐れの気持ちから、明は挑発を続けていた。
だがその甲斐なく、鬼道院は一切の動揺を見せずに明の横をすり抜け本館へと歩き始めた。不意を突かれた明と神楽耶は一切身動きできずに彼を進ませてしまう。
すれ違いざま、鬼道院は明の耳元で小さく、
「君の問いかけは、著しく無意味で無価値だ」
と呟いた。
そのまま鬼道院は本館へと滑るように歩いていき、やがて連絡通路から完全に姿を消した。
それから数分間、神楽耶が声をかけてくれるまで明は一歩も動けなかった。
ようやく館の説明が終わった……。長すぎる……いつか修正するかも。
これまでにも数人登場しましたが、そろそろ残りのメンバーも全員登場する予定です。




