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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
困惑の一日目
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本館探索3

 姫宮がつけていた、甘い香水の匂いが漂っている。

 その甘い香りのせいで、まだ彼女がこの近くにいるような印象を受けてしまう。

 明は手を団扇代わりに使い空気を循環させると、やや放心状態の神楽耶に言った。


「今現在、俺の体にもお前の体にも何も起きていないということは、姫宮はキラースペルを使わなかったらしいな。どうやら、あいつのキラースペルは即死系のものではなかったらしい」

「……そう考えるのは安直じゃないですか。それより私としては――」

「俺がキラースペルを唱えなかったのが不思議か」


 神楽耶は何も言わず、床に視線を落とす。

 おそらく図星だったのだろうが、率先して人を殺すことを勧めているようで認めるのが嫌なのだろう。

 彼女の心情を慮れば無理もないこと。明も特に余計なことは言わず、淡々と説明する。念のため誰かに聞こえないよう、神楽耶に近づき小声でだが。


「本来二人でチームを組めば、このゲームでは四回キラースペルを使える計算になる。だが俺とお前の特殊な関係では、実際に使えるキラースペルはたったの二回。そう簡単にスペルの無駄打ちはできない。だからキラースペルを唱えなかった」

「でも以前、東郷さんはキラースペルを多く持つ必要性はないって言ってましたよね。基本的に一つあれば十分で、二つ持った時点で一方は唱えた方がいいと」


 シアタールームでの会話を思い起こしつつ、神楽耶も小声で返す。


「まあ、普通ならな。ただ俺たちに関してその定石は当てはまらない。俺たちが仲間でいるための条件は、常に二人で行動すること、そしてお前に人を殺させないことだ。だがこの条件を守って戦っていれば、いずれその不自然さを感づかれる恐れがある。特に勘のいい奴なら、最初にあれだけ喜多嶋に食って掛かっていたお前が俺とチームを組んでいるという一事だけでも、俺がどうやってお前と仲間になったのかその方法を察するかもしれない」

「つまり今後、私たちの関係に気づくような厄介な人が現れたときのことを考えて温存した、というわけですね」

「ああ。それにいま誰かを殺せば、まず間違いなく二人組を作っている俺たちが殺したと気づかれる。そうなればこれから率先して狙われたり、他のチーム結成の手助けをすることに繋がりかねないからな」

「成る程……。東郷さんはホントにいろいろと考えてるんですね。今までどんな日常を送ってきたんですか?」

「……今はそんなことはどうでもいいだろ。それより探索の再開だ。まだ本館を見回りきれてはいないんだからな」


 あからさまに話をそらそうとする明。彼の態度からあまり深く踏み込むのは良くないと感じ、神楽耶も一度は言葉をつぐむ。だが、もう一つだけどうしても気になっていたことがあり、再び口を開いた。


「あの、最後にもう一つだけ。真貴さんを執拗に挑発していたのにはどんな理由があったんですか? あそこまで怒らせて敵対関係を明確にする必要はなかったと思うのですが」


 さっきの話し合いを聞いていて思った素朴な疑問。秋華と話していた時も妙に喧嘩腰だったように思えたが、あれにはどんな裏があったのか。

 神楽耶が期待に満ちた表情で明を見つめる。その真っ直ぐな瞳に気おされ、明は気まずそうに目を横にそらせたまま、ぼそぼそと答えた。


「あれは……万が一にもお前がスペルの対象にならないようにしただけだ。一応仲間になってもらう際の条件として、必ず生かすと約束したからな。狙いがお前ではなく俺になるよう挑発しておいたんだ」

「そうだったんですか……。有難うございます……」


 思ってもみなかったことを言われ、神楽耶の顔が感謝からか赤く染まる。

 その表情を盗み見つつ、明は少しだけ胸が痛むのを感じた。


 ――特に何も考えず、向きになって反論しただけだと言ったら幻滅されるか。


 実際あれだけ挑発するのはデメリットの方が多い、というかデメリットしかなかっただろう。それでもまあ、とんでもなくまずいというわけでもないし、気にしなくていいかと明は一人納得する。

 最悪なのは、明と神楽耶がチームを組んでいることに違和感を持たれること。もし明だけがキラースペルを独占しているとばれれば、真っ先に狙われるのは疑いようもないことだ。そういう意味では、姫宮はさほど恐れるような相手ではなかった。神楽耶に対して一見友好的な態度をとってこそいたものの、シアタールームでの神楽耶の態度を演技だと決めつけているように見えた。あれなら、万が一にもこちらの特殊な関係に気づくことはないだろう。……まあ、あれだけ挑発してしまった今となっては、気づかれていなくても狙われる気がするが。

 しかしこれも、今は考えても意味のないこと。

 首を振って余計な思考を追い出すと、今度こそ明たちは本館探索を再開した。


「えーと、大広間と厨房を見たところで真貴さんに会ったんですよね。だから次に見るところは大浴場でしょうか。あ、でも女湯と男湯に分かれてますしどうしたら――」

「大浴場を見る必要はない。自室に風呂がある以上、こちらを使う意味はないからな」


 神楽耶の言葉を遮り、明はそう断言する。

 風呂場で分かれることの危険性は想像がついたのか、神楽耶も特に反論はしようとせずこくりと頷いた。


「じゃあ大浴場と、あと化粧室も通り過ぎる感じですね。すると次は……また空き室ですか」


 右手に持った館内図を見ながら、廊下を歩き次の部屋へ。

 神楽耶の言葉通り、化粧室の隣の部屋は本館二つ目の空き部屋。一つ目の方と全く違いはなく、赤い絨毯すら存在しない全面真っ白コーティング。

 ペットボトルを一度床に置き、こちらも一応中を歩いて仕掛けがないか見て回る。予想通りというべきか、やはり何も発見できずに終わった。

 ペットボトルを持ち直し、空き室を後に。

 再び館内図に目を向けると、神楽耶は「あともう少し」と小さく声を漏らした。


「次の図書室と、その隣の医務室を見れば本館の探索も終わりですね。今後多く利用することになるのは、宝物室……じゃなくて大広間くらいでしょうか。食料は基本厨房にありますし、食事をとるのは大広間になりそうですからね」

「どちらかというなら応接室だと思うが。大広間には椅子がなかったからな。まあ椅子を運ぶか立ったままでいいなら大広間でも構わないだろうが。というか、自室に籠城するという考えは捨てたのか?」


 話しているうちに図書室前に到着するも、中には入らず会話を続ける。


「別に籠城するという考えを捨てたわけじゃありません。ただ、私よりも東郷さんのほうが頭がいいみたいですから、籠城した方がいいのかどうかは東郷さんの判断に任せようと思いまして。最終的に生き残らせてくれるなら、多少危険な目にあうのは我慢するので最善だと思う指示を出してください。私はそれに従いますから」

「……分かった。そういうことなら、取り敢えず籠城はなしだと考えていてくれ。部屋に籠るよりも、積極的に情報を集めに動いた方が有利だろうからな」

「はい」


 迷いのない目で神楽耶が頷く。

 女は度胸! と何かの小説で言ってた気がするが、あながち間違いじゃないらしい。いくらチームを組んだとはいえ、自分の命をこうもあっさりと他者に預けられるというのは並みの精神力じゃないだろう。

 少なくとも明には、そんなことは絶対無理だと断言できる。

 感嘆するやら呆れるやら、やや複雑な気持ちを抱いたまま明は図書室の扉を開けた。

 扉を開け、まず目に映ったのは手前から部屋奥まで伸びている数台の巨大な本棚と、そこに隙間なく入れられた無数の本。娯楽室や宝物室とは違い、名前の通りまさに図書室といった部屋だった。

 本棚と本棚の隙間はかなり狭く、二人並んで歩くことは困難な幅。

 見通しは当然悪く、動きも制限されるため、娯楽室同様かなりの警戒を要する部屋だといえるだろう。

 いつものように、一度部屋内を見て回ろうと動き出す。と、突然二人の耳に朗らかな声が聞こえてきた。


「へえ。早くも二人組のチームを作った人たちが現れたんだ。今回のゲームはなかなかテンポが早いみたいだね」


 予想していなかった先駆者の存在に驚き、一瞬呼吸が止まる。

 ここまで来るのにかかった時間を思えば先に誰か来ていても全くおかしくはないのだが、ほかの部屋で誰とも遭遇していなかったことから、つい警戒を怠っていた。

 幸いにも、声をかけてきた人物にこちらを害する気はないらしく、キラースペルを唱える気配はない。何とか気を持ち直した二人は、狭い通路を横切って声の主を見つけ出した。

 声の主は、本を片手に爽やかな笑みを浮かべて立つ一人の青年。背が高く、手足もモデル並みに細いひょろりとした体型。髪は白髪で、仏のように温和な笑みを浮かべたその佇まいから、なんとなく雲を彷彿とさせられる。青と白の糸で織り成されたネルシャツに黒いジーパンという男の服装は、彼の爽やかさを際立たせていた。

 二人の姿を見ても全く動じた様子のないその男に、明は強い警戒心を抱きながらもすぐさま疑問を投げかけた。


「チームを組んだ参加者が現れた割には随分と余裕だな。それに『今回のゲームは』というのはどう意味だ。お前は過去にもキラースペルゲームに参加したことがあるのか」

「君はなかなか性急な人だね。聞きたいことがあるのはわかるけど、普通は名前くらい名乗ってから質問するのが一般的じゃないかな」


 飄々とした態度で、問いかけには答えず名乗るよう促してくる。

 明は仏頂面で名前を告げると、同じ質問を繰り返した。


「東郷明だ。それで、以前にもお前はこのゲームに参加したことがあるのか」

「あ、私の名前は神楽耶江美です! よろしくお願いします」


 どんどん話を進めようとする明に割り込み、神楽耶も何とか名前だけ伝える。

 二人の挨拶を聞き小さく頷くと、男は軽く自己紹介を始めた。


「うん。東郷君と神楽耶さんね。僕の名前は六道天馬。キラースペルゲームに参加するのは初めてだけど、ついこの前まで運営の人間としてこのゲームを管理していた人間の一人だ」


 思いがけない言葉に、明と神楽耶は息をのんで目の前の男を見つめる。だがすぐにその言葉の意味を理解すると、明は眉間にしわを寄せて言った。


「……ああ、あんたが今も余裕でいられるわけがよく分かったよ。まあ、疑わしいことこの上ないがな」


 疑わしいという明の発言に同意なのか、神楽耶も不審そうに疑問を口にする。


「キラースペルゲームの元運営人ですか。それが本当なら、どうして今ここでゲームに参加してるんです? それともゲームには参加していない、審判みたいな人なんですか?」


 二人から疑惑の視線を受けても、六道の態度は変わらない。

 笑顔のまま、ゆるゆると首を横に振った。


「別に審判じゃないさ。君たちと同じく純粋にキラースペルゲームのプレイヤーだよ」

「だったら何でここに……」

「別に難しい理由じゃないよ。僕がとある機密情報を盗もうとしていたのがばれて、その罰としてゲームに強制参加させられただけのことだから」


 それ自体には大した意味などないというように、六道は飄々とゲーム参加の理由を語る。

 もし今の話が事実なら、この場にいる誰よりもキラースペルゲームの過酷さと残酷さを知っているはずだろう。にも関わらず、今この場にいることに対する不安や恐怖といった感情を持っているようには全く見えない。あくまでも自然体で、今の状況を当然のものだと受け入れている潔さだけを感じる。

 それが六道の地なのか、それとも演技なのか。残念ながら明と神楽耶の観察では見抜くことができなかった。

 さらに言葉を交わし、どちらが真実なのか見定めてやろうと明は思索する。しかし、明が言葉を発するよりも先に六道が口を開いた。


「二人とも、少しでもこのゲームの情報を欲してるだろうけど、ゲームに関する質問はできればまた今度にしてほしいな。別段僕はこの事実を隠すつもりはないから、他のプレイヤーにも後々同じ質問をされると思うんだよ。だから、時間節約のためにも質問は後日にしてくれないかな」

「断る。参加者全員が一堂に会する機会なんてこの先あるかどうかわからないし、次会うまでにお前が生きている保証はない。おとなしく今ここで知っていることをすべて話せ。殺されたくなかったらな」


 六道の提案をあっさりと拒絶し、今この場で話すよう脅しをかける。

 これが一対一であればそこまで意味のない発言だが、チームを組んでいる明が言うとかなり現実味を帯びてくる。だが、六道は明の言葉をはったりだと信じているのか、特に動じた様子はない。

 爽やかな笑みを浮かべたまま、緩やかに反論してきた。


「殺されるのは嫌だけど、僕としても元運営であるというカードを早々に切りたくはないんだよね。それに、話した後のほうが殺される可能性が高そうだし。とはいえこのまま話さないでいると本当に殺されそうだから……ちょっとだけ譲歩することにしようか」


 手に持っていた本を棚に戻し、明たちに歩み寄ってくる。


「これは予言、ってほどのことじゃないけど、今までの経験からいえる一つの推測。たいてい初日の夜には、誰かしらが動いてほぼ全員が大広間、もしくは談話室に集まることが多いんだ。だから、今回も誰か――例えば佐久間さんとかが動いて全員が集まることになると思うんだよ。もし僕の予測通りみんなが集まったなら、その時に質問には答えよう。万が一集まらなかったなら、明日以降確実に答えると約束しよう。どうかな、これで手を打ってはくれないかい?」


 笑顔ではあるものの、これ以上の譲歩はしないという強い意思が伝わってくる。

 実際、六道の立場からすればここで情報を明け渡すのが一番危険な行為だろう。一度手持ちの情報を教えてしまえば、その情報が他のプレイヤーに渡らないよう口封じされる恐れがかなり高くなってしまう。そういう意味では、六道が提案したように全員の前で話すか、情報を小分けにして話すのが最善だと言えた。

 要するに、今ここでさらなる脅迫を試みても、六道が口を割る可能性は低いということ。

 それを理解している明は、無駄に粘ろうとはせず六道の提案を呑んだ。


「わかった。こちらもそれで構わない。ただし、約束は破るなよ」

「もちろん。僕もまだ死にたくはないからね」


 話がまとまった証にか、六道は左手を差し出し握手を求めてくる。

 その手を数秒間黙って見つめた後、結局拒否したりはせず明も左手を差し出す。

 六道は明の手をしっかり握ると、かすかに目を細めて呟いた。


「へえ。少し意外だな。てっきり握手には応じてくれないと思ってたんだけど。つんけんした態度のわりに、根は優しい良い人なのかな?」


 挑発しているというよりは純粋に驚いたかのような声音。明はそれを無視して手を振りほどくと、神楽耶に廊下に出るよう目で促した。

 神楽耶は一瞬、自分も握手した方がいいかと思い六道を見返す。だが、明が素早く廊下へと出てしまったので、結局頭を下げただけで自身も廊下へと向かっていった。

 そうして部屋から出ていく二人の背中を、六道は目を細めたままじっと見つめていた。


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