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秋になって二学期が始まると、運動制限の必要のない体に生まれ変わった私を見て、クラスの女の子達は泣きながら私の手を取って喜んでくれた。しかし、一ヶ月もたたずに元気すぎる私を見て悲劇のヒロインをたたえるのをやめた。病気になる前は、目が大きく、卵型の均整の取れた顔立ちで近所でも可愛い子として評判だった。発病して乾いた粘土のようなパサパサな皮膚になり「はにわ」と呼ばれるようになった。『だれかの心臓』は不気味な毛虫を蝶に変えた。手のひらを返したように言い寄ってくる男子を見て、彼女たちは嫉妬した。それでも私は男の子と混じって走れ回れる自分が嬉しくて、嬉しくてしかたなかった。
私に訪れた幸せは、病気であきらめたはずだった憧れの修学旅行で無残にもついえた。十センチを超える私の胸の傷を見た女の子達が、陰で男子に言いふらし、私はまた彼女たちのあわれみの対象に押し戻された。いや、それ以上に子供の持つ純粋さは残酷だった。彼女たちにとって、私は『だれかの心臓』を埋め込まれた異次元の人造人間だった。それでも私は不思議と同級生を恨むことはなかった。私には彼女たちの心の光が見えていたから。彼女らの心の光は好奇心に満ちみちていた。
中学生になると同時に私は父の都合で転校した。秘密を胸に秘めて。私の過去を知らない土地で、髪を伸ばし、メガネを掛け、地味に装ってできるだけ目立たないように過ごした。時折、「本当はすごい美人だよね。もっとオシャレをすればいいのに」と言う声が聞こえてきたり、知らない男の子から告白されることがなんどかあった。その度に私は自分が傷つくことを恐れて、その場から逃げた。
高校生になって自分だけが持つ能力の意味を探すことに没頭した。能力を持つ者の使命だと自分に言い聞かせていたが、本当は歳並みの恋をするのが怖かった。人が集まる学校や駅、繁華街はもちろん、時には病院や刑務所の外まで足を運んだ。しかし、魂の光が見えるだけで、困っている人を助けたり、病気の人を癒すような能力はまるでなかった。悪い人を改心させるものでもなかった。人よりちょっと耳がいいとか、鼻が利くとかとあまり変わらない力だった。
東京スカイツリーより、東京タワーが好きだった。手術の前日に祈りをささげた思い出の場所と言うこともあるが、魂の天の川が一番きれいに見える場所だったからだ。心が疲れた時は必ずここにきて目を閉じた。
ミント系のシャンプーのわずかな香りをまとって白い光がゆっくりと私の目の前を通り過ぎていく。私と同じ白い光。私は思わず瞳を開いて、光の持ち主を目で追った。白いシャツに黒のパンツ。少し長めの髪。横顔をちらりと見て、私の心ははなやいだ。勇気を振り絞って彼を追いかけた。
エレベーターの中で彼と目が合う。『だれかの心臓』が私に声をかけろとささやいたが、視線をそらしてうつむくことしかできなかった。高校三年生にもなって。エレベーターが地上に降りると、彼は開いた扉から雑踏の中へと消えていった。私はただ立ち尽くして、遠ざかる白い光を見つめて記憶した。