2話 始まりの朝
とりあえず思い付きを
春休みが終わり、高校生活初日がやってきた。数多は6時の目覚ましとともに起床し、台所で朝食の準備を始める。朝食は数多、夕食は限理が担当する、それが昔から道標家の決まり事であった。炊飯器のセット、味噌汁をつくり目玉焼きを焼いていると、限理が目をこすりながらリビングに降りてきた。時刻は6時45分である。ちなみに個別の部屋はみな2階にあり、数多、限理、彼方の順でならんでいる。
「兄さん、おはよう。って、今日だけは朝食は私はつくるって言ったじゃない。兄さんは高校の準備しててよ」
「そんなこと言ってももうこんな時間だぞ。限理が今からやっても間に合わないだろ」
「もう、そういうことじゃないの!私に頼るくらいのことはしてよ。彼方はもう起きてるの?」
「いや、まだみたいだな。そうだな、俺が起こしてくるから限理は朝食を並べててくれるか?」
頼れと言われたのでさっそく数多は頼る。だが、限理は兄に自分のことをやってほしかったのだが、数多にはそのことがわからなかった。
「わかったわよ。一応、彼方も女の子なんだからノックするのよ?こないだみたいなことしたら許さないんだから」
「そうだな、気を付けるよ」
数多は以前、起きてこない限理を起こそうとして部屋にいきなり入って行った。限理は起きていたのだが、着替え中であったため下着姿を数多に見られてしまったのだ。しかも数多はそれに反応することなく限理が起きていることを確認すると朝食の準備ができていることを告げ台所に降りて行った。限理は数多の感情の欠落を知る数少ない人間である。だが、それはわかっているのだが、それはそれだ。女の子としてたとえ兄であろうとも下着姿を見られるのが平気なわけがない。限理は朝食を食べながら説教をし、人の部屋に入るときはニックをすること、女子の着替えを見たときは謝ることを心掛けるよう言った。数多には羞恥心などないが、その後、漫画で着替えを見てしまった主人公がヒロインにぶちのめされているのを見て、女子の着替えを見ることの代償を知り理解した。妹はなぜぶちのめさなかったのだろうかと思ったので聞いてみたが、限理は顔を赤くして自分の部屋に行ってしまった。
「彼方、起きてるか?入るぞ?」
数多は限理に言われたとおりノックをして彼方の部屋に入る。数多はノックをしろと言われたが、返事の有無を言われていなかったのでそのまま入ってしまう。幸いなことに着替えていることはなく彼方はまだ夢の中にいた。
「彼方、起きろ。もう朝飯の時間だ。それに学校に遅刻してしまうぞ」
数多は彼方の体を揺さぶり起こす。
「ん~?まだ眠い~。お兄ちゃん起こして~」
彼方は両手を数多の方へ伸ばす。
「ほら、これでいいか?」
彼方の両手を引っ張りそのまま立たせると数多はもう用事は済んだと部屋を後にしようとする。
「お兄ちゃん~。着替えさせて~」
まだ眠そうな彼方は数多にそう甘える。普段から兄に甘える妹であったが、彼方は眠い時はさらに自分を出す。これは限理に対しても一緒であり、両親ともに満足にいられなかった反動なのであろう。
「だが、着替えを見られるのは恥ずかしいことなのだろう?そうされるとぶちのめされるらしいのだが」
「お兄ちゃんは別だよ~。だって私お兄ちゃん大好きだし~」
「そういうものなのか。なら問題ないな」
ならば限理は自分のことを好いていないのかと頭をよぎるが、今はそれよりももう一人の妹の着替えを手伝う。
「よし、これでいいな。じゃあ下に行くぞ」
「うん、お兄ちゃんありがとう!」
ようやく目覚めたのか彼方ははっきりした声で数多に礼を言う。
「ずいぶん遅かったわね。彼方そんなに起きなかったの?」
「いや、彼方に着替えの手伝いを頼まれてな」
「ちょっ。いくら彼方がまだ小さいからってだめよ。兄さん、次からは彼方を一人で着替えさせて!このまま彼方が着替えも満足にできないような子になっちゃってもいいの?」
「それはだめだな。彼方、今度からは一人で着替えるんだぞ。そういえばさっき彼方が好きなひとには着替えを見られてもいいって言ってたんだけど、限理は俺のことが好きじゃないか?」
「なっ、なっ、何言ってんの!彼方、兄さんに余計なこと言わないの!私は別に兄さんのことが嫌いなわけじゃ……、兄さん、このことは忘れて!はやく朝ごはん食べよ!冷めちゃうから」
「わ、わかった」
「お兄ちゃん、女の子にあんなこと言っちゃだめだよー。さ、朝ごはんだー」
「俺、変なこと言ったのか。こんなんで高校やってけるのか?」
数多は高校生活に不安……という感情はないが、人並みにやっていけるか疑問に思いながら朝食を食べ終えた。
「じゃあ俺は自転車だから、先に行ってくるな。二人とも遅刻しないように。それと車にも気をつけろよ」
「わかってるわよ。それよりも兄さん、上手くやるのよ?駄目そうならいつでも私たちが相談に乗るからね」
「わかってる。それに表情の練習なら昔からやってきている。もう中学の時のようなことにはしないさ」
数多には自然な表情がつくれない。表情をつくろうにも感情がわからないためどのような顔にしていいのかわからないのだ。なので練習をし、周りの様子から察し表情をつくる、それが彼の中学時代を過ごして得たものだった。だが、代償として彼の中学時代は散々なものとなってしまった。
「兄さん、中学の頃のは兄さんが悪いわけじゃないのよ。だからもう気にしないで。さあ、過去よりも未来よ、高校生活頑張ってね!」
「お兄ちゃんいってらっしゃーい!」
限理は手を振り、彼方は抱き着いてくる。数多は手を振り返し、彼方を受けとめ頭を撫でた後、限理にも手を伸ばすが、
「い、いらないわよ!早く行って!」
少し残念そうに限理がせかし、
「ああ、行ってくる」
数多は自転車に乗り高校へと向かって行った。
彼の高校生活はこれから始まる。彼は感情がわからないゆえに理解しようとする。だが、高校生の感情とは理屈では表せないときがある。彼は対処できるのか、それとも無視し何事もなかったようにふるまうのか、すべては始まったばかりである。
作者の押しはもちろん彼方ちゃんです!