第93話 リリパトレアの妹
ソラお兄ちゃん。
突如、目の前の少女から告げられた言葉。
ソラはその呼び名にドキッとしてしまった。
どこの馬の骨かもわからないただ愛嬌を感じる少女に。
見た目は小学校高学年くらいの年齢だと思われる――まあ、12歳前後か。
魔界に小学校はないので、あくまで人間界上での推測だ。
無邪気な印象が伝わってくるエメラルドグリーンな綺麗な髪。
胸はほとんどなく、まだ育ち盛りにも満たない少女なようだ。
「あの……君は?」
ソラが動揺しながらも、少女に尋ねる。
ただ、周囲で見ていたイリスやミリィも含む女生徒たちは言葉を失うほど凍り付いていた。
少女は答える。
「私ね! お兄ちゃんに会いに来たの! お姉ちゃんがここに連れてきてくれてね……?」
「え? お姉ちゃん――ってことは」
(それにこの花緑青の髪……誰かにそっくりという気がしないわけではないけど……)
ソラは鈍感なのか、はっきりとは気づいていなかった。
眼前の『神聖魔導団』の存在に。
「ソラ君。久しぶりです」
と、透き通った可愛い声。
自然で違和感のない敬語で話す少女。
花緑青の髪で豊満な胸を持つ完璧な容姿の少女が。
「エステル! やっぱりエステルも呼ばれていたんだな!」
「ごめんなさい! それは私の……」
「まっ、まさかエステル! 子供いたのか!?」
ソラがそう言い放った瞬間、周囲の空気がさらに凍り付いた。
「あ……」
「ちっ、違います! 私の妹ですから!」
エステルは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「わ、悪かったって! ついな……この年齢差だからな」
「そんなに年齢差はないです! 妹は13歳。年の差はたったの4ですよ!? 私が妹を4歳で産むとか――」
エステルが深読みをしすぎて、倒れかけた。
何故倒れかけたのかは分からないが、恥ずかしさの体温上昇と興奮によるものなのか。
「はぁ、ソラ……。何そんなに興奮しているのよ」
「そうだよソラっち! 敬語使っている人って意外と腹黒いんだからすぐ挑発しないの!」
「…………」
ミリィの発言にさらにさらに場が凍りついた。
(いや、もう凍らなくていいから……)
「敬語を使っている人が『は・ら・ぐ・ろ・い』んですかぁ~♪」
と、その場に乗ってきたのはアイリスだった。
アイリスもまた敬語を常に使う学院長だ。
(何か、アイリスさんの語尾に『♪』が見えた気がするけど気のせいか……?)
ソラが困惑すると、ミリィはアイリスに観戦席裏へと導かれていった。
「うわあああああああん! ごめんなさいぃぃぃぃぃ!」
「…………」
「…………」
「いや何か言えよ」
「何を言えばいいの?」
ソラとイリスはさすがに何をしたらよいか分からなくなる。
養護しない方がよさそうなのかもしれない。
「ごめんなエステル。ミリィちゃんたまに失言とかするから……」
「い、いえ、別に、動揺なん……て、してません……から……」
(結構動揺してる気がするんですけど……!?)
「さすがに庇いきれないわね……」
「まあ、ミリィのことは忘れよう」
「俗にいう〝抑圧″ね」
と、ソラの目の前には少女の顔が迫っていた。
「むぅ。ソラお兄ちゃん! 私のこと忘れないでよ!」
「ごっ、ごめん! えっと……名前は……?」
「リンフィア。――リンフィア・アトラーヌ……」
「あの、リンフィアちゃん? でいいのかな?」
ソラは年の小さい女の子は少し苦手でもあった。
コミュ障というものなのかもしれないが実際そんなもんだ。
はっきり、どう接すればいいのか分からない。
――リンフィア・アトラーヌ。
それが彼女の名であって、エステルの妹であることには間違いなさそうだ。
「ってことはつまり、エステルの付き添いって」
「そうです。私の妹――リンフィアに付き添いを頼みました」
「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ――いいのか!?」
ソラが気にしているのは安全性だった。
軍事国家であるレクセア王国にまだか弱い少女を赴かせることなど自殺的行為に等しい。
「大丈夫です。彼女――強いですから」
「あ、ああ、そう……か……」
強い。
その言葉を聞いた刹那、何を返せばいいのか分からなくなった。
――この少女が?
一般的に誰もがそう思い、実感するだろう。
実年齢は13。
そんな彼女がレクセア王国に行っていいのかと。
自ら戦場に赴くのかと。
「うんうん。お姉ちゃんの言う通り私結構強いから……安心してソラお兄ちゃん!」
「そ、そうなんだ。じゃあ、安心……かな?」
実際、まだ疑っていた。
「それで……。イリスお姉ちゃん? だよね?」
少女リンフィアはイリスに向き直った。
可愛らしい愛嬌のある笑みをイリスに向けていた。
イリスは幼い女の子に弱かった。
「うん! よろしくね、リンフィアちゃん!」
と、イリスとリンフィアの会話は続いた。
(何だよ、イリスのやつ。保育士向いてんじゃねえか……)
とソラは心の中で呟いていた。
「ソラ君は、女の子――苦手なの?」
エステルがソラに歩み寄る。
「まあな。俺自身、人との接触ってあまり得意じゃないんだ。俺は極度のインドア派でな。まあ、いろいろあるんだ」
(いや、どうしよう……人間界にいるときに、多数の美少女アニメやエ〇ゲーばっかりやっていて人との話し方を忘れていただなんて口が裂けても、手足が捥がれても、地球が滅亡しても言えねぇぇぇぇぇぇ!)
ソラが変な冷や汗を掻いていると、エステルはソラを凝視していた。
「な、なんだよ……」
「いえ、何もありません。まあ、人には言えない隠し事ってありますからね……」
「別にィィィ!? 隠し事なんてェェェ!? ありませんけどォォォ!?」
「動揺しすぎです。アインベルク王国の最強がこれでは、未来が心配です」
エステルはソラにジト目を向けながら話していた。
ルークと仮面のユーズラルは敢えて空気を読んで言葉を話さなかったが、微笑ましい光景をただ拝んでいた。
まあ、ユーズラルに関しては話自体しないが。
無口だから。
「いいところでかなりすまないが。人員は揃ったな……」
ルークが罪悪感を感じつつも、間を割って話しかけると一斉に顔色を変えて沈黙した。
「ええ……」
「でも、セレスティナさんは来ないんですか? レクセア王国からの招待状をもらっているんですよね?」
「ああ、セレスティナは既にレクセア王国に向かっているそうだ」
「え……?」
「ま、まあ、察してやってくれよ」
ルークが言いたいことは分かっていた。
恐らく、セレスティナ自体、集団で群れて行動するのが苦手なのだろう。
いや、実際にそうだった。
「んじゃ、ヴァイドビム雪道を通るから覚悟してけよ……」
「…………」
「…………」
「…………」
地獄の旅はかなり長くなりそうだ。
この章に入って新キャラが二人増えましたね。
まあ、新章に突入すれば新キャラは増えがちとよく言われるものです。
よろしくお願いします。
ユーズラルとリンフィアをどうぞ宜しくと言っておきましょう(笑)




