第92話 仮面の男
――《クレア学院》地下、模擬戦会場。
模擬戦会場には見覚えのある顔――いや、仲間の顔があった。
ルーク・アルトノイト。
魔界の南国に位置するディオ王国最強『神聖魔導団』だ。
呪われた魔眼を隠す黒髪は、女生徒たちには気づかれず、自然体を装っている。
「見て……あの人、ちょっとかっこよくない……?」
「でも、スパイパー? 何か怖い感じ……」
と、女生徒達からは賛否両論の声が漏れる。
実際、ルークはイケメンといえる程の存在だった。
男性と関わりが少ない《クレア学院》の女生徒達からすれば、男性は貴重な存在、尚且、恋愛対象だ。
ルークの肌の色白さと肌荒れの一つもなく、ただクール印象は女性の心に影響を与える。
「ルークさん。やはり、届いていたんですね」
「ああ、招待状のことか? そうだな、レクセア王国。俺自信も新しい『神聖魔導団』のことは初耳だから詳しいことは聞かないでほしい」
「わかりました。ルークさんも国王からの伝言とかは聞かないんですね」
「まあ、基本は狩猟と狙撃の旅に出ているからな。俺が直接王の元へ行くこともないし、王からの遣いも配慮が効いていて滅多に訪ねてくることはない――」
ルークは、ソラに親しい。
3か月前のサキュバス戦で未来共有と見事なコンビ技によって打ち倒した。
その息の合う戦闘は少なからず友情と絆を深めたといってもよい。
「それはそうとソラ。一体ここで何をしていたんだい? 戦いの形跡が残っているんだが……」
「あ、ああ。大したことないです。気にしないでください」
「そっ、そうか――。ならいい……が……」
イリスとミリィが自分の取り合いを賭けて戦闘をした、だなんて口が裂けても言えない。
説明する気もないし、そもそも、説明するといろいろと長くなってしまいそうだ。
ソラは敢えて修羅場を避けた。
恋人がいるにも関わらず、オープンに奪い取ろうとしてくるミリィもかなりすごい。
(はぁ……。ここまで来ると、ミリィちゃんのこと逆に尊敬しちゃうなあ……)
と、心の中で項垂れているとルークの背後から気配を感じる。
「誰だ!」
ソラは声を上げるが、その姿はルークの真後ろから姿を現した。
「いや、これ、は?」
「多分、ルークさんの付き添いの人よ」
「この人……が……?」
イリスが指摘すると、その姿は頷いた。
その姿。
男か女も分からない姿は少し奇妙だった。
ただ、何も喋らずイリスの言葉に頷く。
それだけでもなく、さらに奇妙な姿はあった。
形は完全に人。
いや、人でなければ何と言おうか。
ルークと同等の背丈で、〝仮面″を付けていた。
これでは、顔も認識できず、性別の判断もつかない。
しかし、髪の長さ的に推測するなら、ある程度の短さ――男か。
仮面の男はルークのそばに普通に立っているだけだ。
(でも、何でさっきまで気づかなかった……?)
ソラが奇妙に思っていたのは、気配のなさだ。
ルークが姿を現した当初からルークの背後に居たというのか。
影が薄いと言うべきか、気配を消すのが達人的と言うべきか。
「ああ、悪い悪い。こいつはユーズラル・ダティスト。仮面を付けているのはただ恥ずかしいからで何も喋らないのは――恥ずかしいだけだ。まあ、俺の付き添いとして誘ったただの友達だ」
と、淡々と話を進めるルークに呆気に取られるソラ。
(まさかの人見知りなだけだったのッ!? それにルークさんの友達とか謎すぎるんですけど!?)
と、心の中でついツッコミを入れてしまうが向き直った。
ユーズラルとルークが言っていた男は、ただの無口な人見知りなだけなのか。
心底安堵すると裏腹によく分からない感情が芽生える。
その時、ユーズラルはソラの前に歩み寄り、手を差し伸べてくる。
「え……?」
「握手したい――とユーズラルは言っているぞ」
「ああ、はい……」
(って、わかんねぇ! 無口且つ仮面のせいでフィーリングもわかんねぇよ! よくルークさんわかるな!)
ソラは焦燥感を胸に抱きながらも潔く握手を交わした。
と、ユーズラルは次にイリスの前に歩み寄った。
「あ、握手……よね……」
「彼はイリスと是非接吻をしたいと言っているぞ」
(はああああああァァァァァァァァァァ!? 接吻ーーーーーッ!?)
ソラが驚愕すると、イリスは硬直し、顔を真っ赤に染めてしまう。
「ちょっ、それは……」
「い、イリス……」
その時、ユーズラルは一瞬で消え、ルークの顔面を殴り飛ばした。
「うおっ!?」
――ドン!
ルークはユーズラルの拳を受け、完全に吹き飛ばされていた。
「…………」
「…………」
ソラとイリスは絶句していた。
周りにいた女生徒達もアイリスも、ミリィでさえも。
「なぁ、イリス。これってユーズラルさんは実は『握手がしたい』と言っていた――っていうことだよな?」
「ねぇ、ソラ。そういうことだと思うわ」
明らかに動揺していた。
何が現状に怒っているのか把握できていない。
何だこの急展開。
急に現れた仮面の男が、友達であるルークをただ殴り飛ばしたという光景。
一瞬、ユーズラルは本当に人なのか? という疑問でさえも浮かんでくるのだった。
「それに今のって時空間移動……? だよな」
「ええ、そうね。それでも、あの人かなり強いわ……」
時空間移動は魔界に実在する魔導師の中でもごく限られた人物のみしか使用することができない。
『神聖魔導団』は全員使えるが、それ以外で使えるのは滅多に見かけない人材だ。
やはり、ルークの友達なのだなと思わせる一面もあった。
「って、ルークさん。大丈夫なのかな?」
「きっと、顔面崩壊してるわよ」
と、その時だった。
「あー、いっててててててぇ……」
(はあああああああああァァァァァァァァァァァァァッ!?)
ただ普通に体を起こし、顔面を右手で抑えながら立ち上がった。
「ルーク……さん……?」
「ああ、全然問題ないさ。痒くも――痒くもない、けど?」
「いや、それ遠回しに〝痛い″って訴えてますよね!?」
「全くユーズ……。毎回本気で殴らないでくれって言ってるでしょ!?」
「…………」
「いや、何か言えよ……」
「…………」
ユーズラルは何も喋らない。
ただ痛そうな顔をしながら、ユーズラルにただ一方的に話しかけるルーク。
なんとまあ滑稽な。
――と、その刹那だった。
「あれ? この人がソラお兄ちゃんなのかな?」
「――ッ!?」
ソラが気づいた時、右腕に何か感触を感じる。
そこには、笑みを向けた幼女がいた。




