第91話 神の集う地
――魔界には天空がある。
地に存在する各王国とは異なる架空の地。
架空の地且つ実在する地――それが神の集う地だった。
ある一定の高度で特定の魔法詠唱を発動することにより、神の集う地への道は拓けるという。
故に、許された者以外がその地に踏み込むことはほぼ不可能に近いのである。
足の踏み場がほぼ雲で形成された非科学的な地形。
人間界ではキン斗雲とも呼ばれる特殊で架空上の雲だ。
一人の神は眼前に映し出された映像を見ながら、とある魔界の地を眺めていた。
そこは、何か室内を思わせるような光景で、多数の若き女性と一人の男性が映し出されていた。
直後、鎧を纏った兵士らしき人物が室内に入って来たというが――。
「ロギルス様――少しお話がございます。お時間よろしいでしょうか」
と、背後からやって来た一人の神官が一人の神に尋ねる。
神は振り返ることなくただ答える。
「ああ、何だ」
と。
ただ一つの映像をじっと見つめたまま、神は答えた。
「《六魔》のことですが……」
「何だと……」
瞬間、神は神官の言葉を聞いて顔色を変え、映像を遮断しながら神官に振り向いた。
「3か月前の夢魔出現以来の残り五体の《六魔》の出現が確認されました」
「五体同時だと……?」
神は目を丸くし、神官に尋ねる。
「はい。このような事態は魔界史上初と大始祖様がおっしゃっていました……」
「そうか、では他の全員の神を招集してくれ。会議を開く」
「承知致しました……」
召喚神ロギルスは一人の神官が踵を返して立ち去るのを見送りつつも、再び映像を開いた。
*
――《クレア学院》地下、模擬戦会場。
「レクセア王国からの招待状ですか!?」
「はい、間違いありません」
ソラは驚愕しつつも大きな声を上げた。
アインベルク王国からの遣いの騎士は冷静のままそう告げる。
「でも、何故レクセア王国からソラに? それに『神聖魔導団』も国王も不在だというのに一体誰が……」
「そうですね、私も気になります、イリス。一体どういうことなんでしょうか?」
このことに関してはイリスもアイリスでさえも知らされていなかった。
突如、知らされたレクセア王国からの招待。
いや、その裏腹には〝強制招待″という裏もあるのかもしれない。
五大国の中で唯一の軍事国家であるレクセア王国が一体何の用があってアインベルク王国『神聖魔導団』である神薙ソラをわざわざ招待したのか。
すべては謎に包まれていたのだが、
「その招待状の招待主はレクセア王国新『神聖魔導団』、ラティス・レシスト様にございます」
そう騎士が告げた刹那、この場にいた全員が息を飲んだ。
3か月前のサキュバス戦で元レクセア王国『神聖魔導団』であるゼクス・アーデルニアの死。
それ以来レクセア王国の『神聖魔導団』はずっと空席だった筈だ。
「何故、こんなタイミングに……」
「詳しいことは我々にもわかりません。しかし、この招待状はベル王国、ディオ王国、リリパトレア王国の『神聖魔導団』宛てにも送られているはずです」
「なるほど……。つまり、就任を祝えってことですかね?」
「はい。正式にはレクセア王国新『神聖魔導団』ラティス・レシストの就任式及びアインベルク王国『神聖魔導団』神薙ソラの就任式となっております」
ソラは驚愕していた。
(何故今更俺の就任式なんて……)
そう、ソラが『神聖魔導団』に就任したのも3か月半前の話だ。
「伝言によりますと、神薙ソラ様の就任式はまだ行われておらず、ラティス・レシストの就任式のついでだとか言われておりますが」
「それはそうと、レクセア王国に行けるのはソラだけなの?」
と、率直にイリスが話題を変えるようにして尋ねる。
「いえ、各『神聖魔導団』で一人の付き添いは許されています」
「なっ!」
ソラは嫌な予感がした。
先程の模擬戦で見事勝ったのはミリィ。
そして、イリスがそれを騎士に聞いたということは、少なからずイリスがソラと行きたがるはずだ。
無論、ミリィも必ず行きたがるだろう。
「出発は二時間後、他国の『神聖魔導団』が全員集まった後、馬車でレクセア王国へと向かいます」
と、騎士は一礼して踵を返して模擬戦会場から姿を消した。
数秒の沈黙。
この沈黙を壊したのはやはりミリィだった。
「まあまあ、イリスっち。ソラっちと一緒にデート……じゃなくて、お供できるのは勿論ミリィだよね?」
「うっ――! その、実は私……」
と、イリスが言いかけた時だった。
「何を言っているんですか? ミリィ。あなたは午後から授業の欠課分の補講があります」
「ゲッ――!」
アイリスが、ミリィの補講の予定を告げた。
ミリィは成績優秀のくせして、授業の欠課はソラ以上にしている。
それでどうやって学年5位の成績を収めるのかは謎に包まれているが――。
「じゃあ、その補講は後回しってことで……」
「許可できません。ミリィだけのために補講の予定を入れてくださった教師の方々に失礼ですからね」
「だっ、だったらさ。ミリィが直接その先生に断りを入れるから……」
「ダメです」
きっぱりとアイリスが告げると、ミリィは項垂れた。
「ってことで、ソラの付き添いはイリスにお願いできますか?」
「もっ、勿論よ! よろしくね、ソラ」
「お、おう……」
イリスは胸を撫で下ろした。
これでソラとの時間を作れると。
いや、そんな場合ではないのだとかぶりを振る。
一方でソラ自身も妙な争いごとにならずに済んだと安堵していた。
――その刹那だった。
「よう……。久しぶりだな、ソラ! 元気してたか?」
突如、模擬戦会場の入り口から聞こえる声。
ソラが振り返るとそこには懐かしの顔があった。
「あなたは――ルークさん……!」




