第90話 焔と嵐の衝突
――《クレア学院》地下、模擬戦会場では炎と風の衝突が繰り広げられていた。
模擬戦会場内での戦闘では、攻撃を受けても自身のダメージや痛みを感じず、思い切り勝負ができるという万能な会場になっている。
イリスが空中に飛び、炎を纏った右拳をミリィに当てると、ミリィはイリスの右腕を掴んで攻撃を流す。
攻撃による防御や、防御による攻撃などの攻防の判断はすべて審判役であるアイリスが執り行っている。
故に、メーターの反応はシステムではなく、審判が人力で行う。
つまり、システムによる誤作動は認められず、かなりフェアな戦いとなる。
模擬戦の審判をするのには、特別な試験に合格した者に認められ、アイリスは審判ができる認定証を既に獲得している。
「はぁっ!」
ミリィが風による斬撃を飛ばすが、イリスは体の軸を回転させ、間一髪で避ける。
イリスは直後、炎の魔力を高速で飛ばすもミリィは風で断ち切った。
――イリスのカウンターは防がれる。
騙し合いの攻防はどちらも譲れない戦況だ。
「――紅窮の神槍!」
刹那、イリスは右手から巨大な炎の柱を放つ。
炎は回転しながら高圧力でミリィに向かう。
――が、
「サイクロンバースト!」
ミリィは、高濃度に凝縮した空気隗を放った。
と、威力を上回ったのはミリィのサイクロンバーストだ。
サイクロンバーストはイリスの紅窮の神槍を掻き分けるように、侵入する。
「くっ……!」
イリスは限界を感じ、右手を払うと空気隗ごと炎を払い飛ばす。
その時だった。
イリスの巨大な炎の柱のせいで前方がよく見えていなかったせいか、ミリィの姿は消えていた。
(また、このパターンね! ――神渡し、か)
イリスは、先程の失敗を反省し、ミリィの出現に慎重に警戒している。
ミリィはイリスの予想通りに背後に出現し、ミリィの左拳がイリスの背中に直撃する刹那だった。
「終骸の魔炎……」
突如、イリスの周囲を囲うように床から巨大な炎の壁が立ち上がった。
炎の壁はミリィの全身を焼き尽くす。
「うわぁっ!」
「馬鹿ね! 二度も同じ手が通用するとでも思っていたわけ!?」
ミリィは目を瞑りながら床に叩きつけられた。
同時に、ミリィの背後のメーターは1つ赤に変り、残すストックは1つとなった。
イリスが炎で追撃をかけようとしたとき、ミリィは地面を押し出し、体を跳ばした。
「木枯し……」
ミリィが言い放った刹那、模擬戦会場の気温が一気に下がる。
「これは……!」
「うぅ、急に寒く……」
「ミリィの魔法!?」
どうやら影響は観戦席にも及ぼしていたようだ。
「何をしたかは分からないけどとどめよ! ――連射型・爆炎の砲台!」
その時、イリスの前方に出現した魔法陣から大砲の如く炎の銃弾が連射される。
連射された無数の炎の銃弾がミリィに直撃しようとしたとき、炎の銃弾は徐々に姿を消し、消沈した。
「――ッ!?」
(なんで!? 私の炎が消えた!?)
イリスは驚愕していた。
自分が放った炎が完全にミリィに当たると思っていたからだ。
それ以前に、ミリィが故意に消しているというわけでもなさそうだ。
ミリィは身動き一つ取らず、向かってくる炎の銃弾をただただ眺めていただけなのだから。
(まさか、またあの神渡し!? でも、魔法を発動する動きは……)
イリスが周囲を確認するもその気配はなかった。
「ちょっと、困惑しすぎなんじゃない?」
ミリィの声が前方から届いた刹那、イリスの足場に竜巻が起こった。
「しまっ――!」
竜巻は完全にイリスを捉え、脱出不可能へと導く。
イリスが魔法を発動させようとしても竜巻の抗力と何らかの力の加入によって発動が困難な状況だった。
「気を付けてね……イリスっち……。――イラ・ベラ・デリ・オリーラ!」
ミリィが何かを唱えた刹那、竜巻に忍ばされていた魔力のオーブが急に発光し、イリスの眼前で斬撃と共に炸裂した。
「うっ――!」
イリスの制服が斬り裂かれ、竜巻から身を放り出された時、ミリィはイリスの上にのしかかっていた。
イリスの背後のメーターは一つ赤に変色し、残すストックは1つとなった。
これで、イリスとミリィのストックはお互いに1つ。
(まずい……!)
戦況上の優勢はミリィにあった。
現にイリスの上に馬乗りになっているミリィが有利だろう。
「はぁっ!」
瞬間、風の魔力を纏ったミリィの右拳がついにイリスの胸元を狙い、直撃した。
「――ッ!?」
イリスの残すメーターが赤に変わったとき、模擬戦終了のブザーが鳴り響いた。
「嘘……」
イリスは状況を信じられないかのような顔をしていた。
まさか、自分がミリィに負けるだなんてと訴えるような顔だった。
確かに、戦闘上のスキルではイリスの方が勝っていた筈だ。
実際に、魔術の試験でそれは証明されている。
「ミリィちゃん……が……勝った……!?」
「私、イリスちゃんが勝つと思ってました……」
「すごいよこの勝負! 名勝負だね!」
竜巻でイリスを囲ってからの斬爆発に続け、追撃を見事成功させたミリィは観戦席に座っていたソラや女生徒たちに称賛されていた。
同時に、女生徒たちは一斉に立ち上がり、歓声を上げた。
一部の生徒は名勝負を残したイリスとミリィに盛大な拍手を送っている。
「ミリィ……強くなったわね」
「ううん、イリスっちも強かったよ」
ミリィが尻もちをついていたイリスに手を差し伸べると、イリスの手をミリィの手が引き上げた。
実際、イリスとミリィが真剣で因縁を晴らすような戦いをしているわけではなかったようだ。
ソラはその光景を目にすると安堵の息を吐いた。
「最後のトリック――教えてもらえるかな?」
「えっへん。木枯し……。空間上にミリィの魔力を混入させた風を吹かせて一気に空間の気温を下げるの。そうすると、その魔法にかかった魔力はミリィの魔力の中和によって効力を失うんだよ」
「そう――感心しすぎて言葉もでないわ。やっぱり、学年5位の頭だけはあるわね……」
「もう! イリスっち! ミリィのこと実は馬鹿にしてたでしょ!」
「まあ、日頃の行いを見てるとね……自然とそうなるのよ……」
「うぅ……」
反論のできないミリィは後退った。
「模擬戦はミリィ・リンフレッドの勝ちとします。よって、ミリィにはソラを一日自由にできる権限を――」
そうアイリスが述べてる途中で割り込むように、不意に声は聞こえた。
「《クレア学院》学院長アイリス・エーヴェルクレアはおられるだろうか」
歓声が沸き起こる中、その声が響くと歓声は一気に鎮まる。
模擬戦会場の入り口には鎧を纏った複数の兵の前にリーダー格らしき人物が立っていた。
ソラとイリスは目を丸くしていた。
「あれは! アインベルク王国の紋章……!」
「ってことは、アインベルク王国の専属騎士!? ……なのか!?」
と、イリスとソラが驚愕していた時、アイリスは答えた。
「私がアイリス・エーヴェルクレアです……が……」
アイリスの姿を確認したリーダーの騎士は、アイリスに一通の紙を差し出した。
「これは……!」
それを見た刹那、アイリスは意外にも驚愕する。
「レクセア王国から招待状が届いております。アインベルク王国『神聖魔導団』神薙ソラ殿へ、と」




