第86話 戦士の最期
ゼクスは悪魔の左腕によるアッパーを直撃するも、微動だにしない。
ゼクスの強制支配の魔法を自分自身にかけたことにより、自分の空間上の座標は動かないからだ。
「なあ悪魔よう。貴様はさっきから無謀な賭けをしていることに気づかねえのか? 所詮は力だけの哀れな低能の肉片の塊だ……朽ちろ」
ゼクスは悪魔の首筋を双剣で斬り裂く。
悪魔の筋肉の硬度を無視した強制攻撃。
下段からの第二撃の後、縦横無尽の無限の剣舞が悪魔を襲う。
「おらあああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
ゼクスの腕は限界に達していた。
体力の限界を自分の強制支配によって無理矢理引き起こしているからだ。
「俺の皮膚はもう誰にも貫けねえ! この魔法が解けない限り俺は絶対存在だ……!」
双剣を悪魔の胸元で交差させ、薙ぎ払った後、一回転による回転斬りを喰らわす。
悪魔はゼクスの思惑のままの攻撃を真に受けるも意識をとぎらす気配はない。
「その粘り強さだけは褒めてやる……だが……!」
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「――カオス・ブレイク!」
ゼクスは双剣の剣先を合わせ、鋭い突きを放つ。
感情を殺した虚無の突きが悪魔を貫通させ、後方へ勢いよく飛ばすと、ゼクスは時空間移動により追撃をした。
双剣をゼクスの心臓部に突き刺したまま、地面に押さえつけた。
徐々に双剣が悪魔の深部まで侵入すると、刀身が悪魔に埋まり切る。
「何なのじゃあの力は――いや、力なんてものでは……!」
力ではない。
世界の万物に通用する常識を崩壊させたゼクスの支配だ。
セレスティナは眼前の死闘を信じられなかった。
悪魔が必死に抵抗する素振りを見せ、巨大な左手でゼクスの首を絞めつけた。
本来なら締め付けるどころか、ゼクスの骨の首が粉々に粉砕される怪力を受けている。
――が、ゼクスはやはり微動だにしない。
「いてえじゃねえか……。困ったもんだな。多少の痛みは感じるんだぜ?」
(多少どころではないじゃろう……)
ゼクスとて、痛みは感じている。
実際、自分の力では動けないほどのダメージを喰らっている。
それでも、強制支配の魔法で自分の体を無理矢理動かすゼクス。
セレスティナにとってその光景を見るのは苦だった。
見ていられなかった。
「もうやめろゼクス! おぬし本当に死ぬぞ!」
「おいおい何だよ。今更俺の体を案じてくれんのか? 残念だな――セレスティナ、俺はもうとっくに終わってんだよ!」
セレスティナは負傷で体を動かせない。
悪魔が何度もゼクスの右頬を巨大な左腕で殴っている。
一発当たるだけでもかなりの衝撃風が吹く。
かなりの尋常ではない怪力を振り絞り悪魔は殴り続ける。
「とっとと死ぬ悪魔! 殺してやる……殺してやるよ……!」
ゼクスは双剣を悪魔の体から引き抜き、再び悪魔の心臓部に強い勢いを共に突き刺す。
悪魔から大量の血が噴き出し、ゼクスはその返り血を雨のように浴びる。
既に両者とも鮮血の赤に染まり、残酷な光景が広がっていた。
(こんなの――酷いだけの殺し合いじゃ……)
一方は剣を心臓に刺し続け、一方は拳で殴り続ける。
そして、ただどちらかが死ぬまでの耐久戦。
何も残りはしない。
こんなもの戦いではない。
ただ底辺の分際で抗っているだけのただの殺し合い。
「死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね………………」
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
人が死ぬ前に見せる本当の素顔なんかじゃない。
ゼクスの顔はむしろ復讐の概念に憑りつかれた殺人者のような狂気な目をしている。
「死ね……死――」
刹那、ゼクスの声はかすれ、気力を失う。
悪魔の左拳も殴ることをやめた。
――ゼクスは悪魔に乗りかかったまま、地に自分の体を転がした。
セレスティナは空虚な目をゼクスに向けていた。
(嘘……じゃ……。ゼクスから魔力の反応が……消えた……!?)
同時に、悪魔から流れ出してきた魔力の反応も消え、魔導師ではない――ただの人間である黒蝮雷蓮の姿に戻る。
セレスティナはすぐに自分の砂をゼクスに当てていた。
――セレスティナは言葉を失った。
――ゼクスは自分の光を自ら閉ざした。
――何故だ。
――何故自分が最強であることに快楽を感じていた魔導師が魔力を尽かしたのか。
――何故目の前の敵から逃げずに自分の命を犠牲にしてまで最後まで戦ったのか。
答えは簡単に出ていた。
自分が最強であるから。
自分の負けを想像していなかったからだ。
――最強が最強であるための所以は常に勝利を制すること。
故にゼクスにとって戦いにおいて勝利を収めることが息をすることに等しいからだった。
「セレスティナさん!」
刹那、天井から飛び降りて空虚な目をしたセレスティナに近寄ってくる人の姿が見えた。
人間界秋葉原陣でサキュバスとの戦闘を終えたソラ達だった。
ソラ、イリス、ミリィ、エステル、ルークの全員がその時足を止める。
五人は一斉にある物を見ると、非現実的で信じることのできない絶対不可逆の光景が目に映っていた。
「セレスティナさん――なんで、こんなところに……ゼクスさんが……」
セレスティナは絶望的な目をソラに向けたままこう答えるのだった。
「死んだ――」
と。