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第81話 風林火山の攻防

 ――人間界・イタリア陣。


「どうしたのかな? 何も仕掛けてこないの?」


 雷蓮の煽りにセレスティナは顔色一つ変えず、応じない。


「わらわは砂を自在に使う魔法を使っているのでのう……それなりの準備というものが必要なのじゃ」

「何のための準備――? 鼠を狩る動物はね、そんなもの待ってはくれないよ!」


 雷蓮がセレスティナに向かって飛ぼうとした時、初めてセレスティナの脅威に気づいた。


「なっ、なんだこれ……動けない……だと!?」


 雷蓮は何かに足を固定されていた。


(砂……!? まさか、これが……彼女の……)

 

 ――砂。

 何もなかった筈の地面に砂で足が固定されている。


「砂とは微細――相手に気づかれない予測不可能な動きをする。それに、貴様は自分の存在感を一瞬だけ消して自分が消えたかのように見せる動きをすることは分かっているのじゃ――原理はわからんがのう……」

「つまり、僕が消える前に捉える――と……?」

「今更気づいても遅かろう――堕ちろ!」


 セレスティナが声を張った刹那、雷蓮の足元が突然窪む。

 雷蓮を中心に足元が砂化し、雷蓮自身を飲み込んでいく。


「でっかい蟻地獄だ……」


 雷蓮を飲み込むそれは巨大な蟻地獄だった。


「詠唱破棄か……」

「その通りじゃゼクス。いちいち、魔法詠唱なんてしていたら逃げられるからのう」


 ――詠唱破棄。

 大きな魔法を使う時には、魔法詠唱を要する。

 しかし、セレスティナには魔法詠唱なしで魔法を発動させる詠唱破棄を使える。

 詠唱破棄は敵に攻撃パターンを悟られないメリットがありとても有効的な特技だ。


 徐々に砂地獄は巨大化し、その体を一気に飲み込む。


「うわぁぁぁぁぁー! 助けてぇぇぇぇぇー! ――何てさぁ……言うとでも思ってんの?」

「――ッ!?」


 雷蓮の口調が一気に低く怖い声に変った刹那、その声の主はセレスティナのすぐ背後にいた。

 雷蓮の強烈な一蹴がセレスティナの首に衝突する。


「あぁっ!」


 セレスティナが前方へ弾き飛ばされるが、何とか砂の足場を作り、衝撃を抑えることができた。

 

「どうやって……抜け出せたのじゃ……」

「簡単なことだよ。僕の魔法は存在感を消すことでもない、姿を消すことでもない――実体そのものを消す能力だからね……」

「なっ……!」


 セレスティナは驚愕する。

 自分の実体をなくすことによって、砂地獄など容易に抜け出せる。

 故に、如何なる攻撃も透通す力。

 ついさっき雷蓮の腕がゼクスの腹を貫通させたのも部分的に自分の腕を無実体化することで貫通したように見え――いや、実際貫通していた。


「ヴァニシング・オン――!」


 その刹那、雷蓮の背中から血飛沫が飛んだ。


(しまった……! 油断していた。まだこいつがいたのか!)


 見事、雷蓮に攻撃を当てたのはゼクスだった。

 深傷から何とか回復したらしい。

 ――ヴァニシング・オン。

 剣を見失うほどの迅速を瞬間的に発動させ、斬り裂く芸当だ。

 その速さは百倍まで引き出せるという。


「ちっ――!」


 雷蓮は即座にゼクスから距離を取る。

 動けなくなるほどのダメージはなかったというのか。


「悔しいがよくやったのうゼクス――」

「ふん、悔しいが貴様のおかげだセレスティナ――」

 

 一瞬だったが心が通じ合った気がした。

 いがみ合っていた仲――つまり喧嘩するほど仲がいいとはこういう時に使うであろうことを。


「なんだ――また体が動かない……」

「はっ、さすがの貴様でも俺の支配魔法からは逃れられないようだなクズが……」


 雷蓮は必死に動こうとするも動くことはなかった。

 そう、ゼクスの支配の魔法だ。

 斬りつけた対象を十分間完全支配する彼の固有魔法。


「チェックメイトだ。貴様は今から十分間、死の痛みを味わうことになる……」

「じゅっ、十分間も!? 勘弁してくれよ……」

「いや――? 十分も貴様に割いている時間はないようだ。そうだな、十秒に予定変更だ……」


 ゼクスは双剣の剣先を合わせる。


「カオス・ブレイク――!」


 双剣の剣先を合わせたまま、鋭い突きを放つ。

 双剣が雷蓮の心臓部に直撃したとき、尋常ではないほどの大量の血液が飛ぶ。

 さすがのゼクスも返り血を浴びるほどに。


 雷蓮の透過魔法自体も支配により封じた筈だ。

 雷蓮は勢いよく後方に飛ばされ、洞窟の壁面に頭を強打。


「ふん、つい先日まで人間だった魔導師がベテラン魔導師に勝とうだなど永遠的に早い……」


 セレスティナも唖然としていた。

 こうも容易く敵を打ち取ってしまうゼクスの優雅な姿。

 今思えば、黒蝮雷蓮(くろまむしらいれん)は数日前は人間で、サキュバスの力を使って強制的に魔法を使えるようになったビギナー。

 故に、『神聖魔導団(アルテンリッター)』ではなくても並みの魔導師にも及ばない。

 ただ、セレスティナやゼクスをここまで追い込んだのはビギナーズラックというただの運に近いだろう。

 一つ可能性があるとすれば、サキュバスの実力が混じっているだけ――ただそれだけだ。


「おかしいのう……では何故ここにサキュバスはおらんのじゃ……?」


 セレスティナの発言は確かに誰もが疑問に思うことだった。

 このイタリアのベネチアと呼ばれるサキュバス(﹅﹅﹅﹅﹅)のアジトだというのに何故まだ一体しか目撃していないのか。


「そうか、すっかり忘れていた――確かにそれは気掛かりだ……」


 ――ドク……ドク……ドク……。


 ゼクスが言葉を発した刹那、どこからか心臓が鼓動するような音が聞こえた。

 その音もかなり大きかった。


「ゼクス! その人間から離れろ!」

 

 突然、セレスティナが声を上げた。

 ゼクスも同じような不吉を感じたためか、後方へ大きく跳んだ。


「アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ……!」


 叫び声を上げたのは雷蓮だった。

 死んだ筈の――ゼクスが心臓を破壊したはずの人間から声が漏れだす。


「何が起こっている!」

「そんなものわらわに言われても分からぬ……」


 その瞬間、雷蓮の姿が変わっていく。

 ――肌は徐々に漆黒へと変色する。

 ――口からはとがった八重歯が伸びる。

 ――筋肉が急激に膨張し、その身体自体が巨大化する。

 ――眼球は黒く、瞳が深紅に染まる。


 その狂気と呼ぶに等しい姿は、〝悪魔″そのものだった。


「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 突如上げたれた雄叫びは洞窟の隅から隅まで響き渡った。 

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