第80話 遭遇
先程まで戦っていたサキュバスとは異色の雰囲気。
――天を穿つ存在感を出す漆黒の翼。
――白髪の高身長に加えて金と黒のオッドアイを持っている。
「お前が《六魔》の六体のうちの本体の一つ――夢魔、サキュバスか……!」
「ふふふ、わたくしが倍増させた個体だとそなたらに歯が立ちませんから――このわたくしが直々に手を下しに来たのでしてよ……」
イリスは地に伏せていたミリィを背中に担いだ。
「あらあら、そこのピンクのいやらしい髪の魔導師さん――わたくしは男性にしか興味がないの……おどきになってくれるかしら?」
その時、サキュバスから高圧の魔力エネルギーが放たれた。
魔力は薄い一枚の壁となってイリスとミリィを押し出した。
「ぐっ!」
その一方でソラだけを壁の内側に取り込む。
「これは、結界!?」
「正解よ。この結界は男性のみ中に入れる特殊な結界――。女は外から男の喘ぎ声を聞いていて頂戴」
「随分、ゲスな女のようだな……いや、化け物――と言った方が正解でしたかな?」
ソラは軽く挑発するがサキュバスは顔色一つ変えない。
サキュバスとしての意地なのかもしれないが、メンタルは強いらしい。
サキュバスは魔力を凝縮させ、己の巨大な鎌を召喚させた。
鎌は、先程の雑魚サキュバスとは比べ物にならないほど大きく、ボスサキュバスの高身長に適正的な鎌だった。
「さぁ――。あなたの精力……たっぷり貰ってやろうじゃないの!」
サキュバスが、ソラに向かって飛んでこようとする時、既にソラは紅血の剣を地に突き刺していた。
紅血の剣を中心に深紅の魔法陣が広がるとソラの体には無数の赤い筋が入り込む。
「ヴァージョン吸血鬼……」
「あれは! ソラの奥の手……」
「イリス! これは奥の手なんかじゃねえぜ。本気だ!」
ソラは向かってくるサキュバスに大きく歩を踏み出した。
サキュバスの鎌が振り下ろされると、純白の聖剣シリウスで受け止める。
(馬鹿な! わたくしは両手の力なのに――この男は片手で……!)
ソラはそのまま聖剣シリウスでサキュバスを押し返し弾き返すと、紅血の剣で漆黒の斬撃を放った。
「うっ!」
「さすがは魔王の守護魔最弱だな……!」
さらに、後ろに弾き飛ばされるサキュバスを二刀の剣の渾身の一突きで追撃した。
(何なのこいつ――無茶苦茶じゃない……!)
ソラは聖剣シリウスを真上に投げ飛ばした。
右手の拳に漆黒の魔力を集中させている。
「兇閃牙迅拳!」
凄まじい勢いで右手の拳をサキュバスの中腹に打ち込んだ。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
「お前は仲間を増やし、自分から頼ることしかできねえのかよッ!」
――ドォォォォン。
サキュバスはビルの壁面へ衝突。
「すごい――ソラ……。あの《六魔》を一人で圧倒するなんて……」
「ち、ちがう……よ……イリス……っち……」
「ミリィ!?」
ミリィが苦しみから目覚める。
重傷を背負いながらもさっきの衝撃音で起きたのだろうか。
イリスもミリィの言葉を不審に思ったのだろうか、ソラのいる方向を見やった。
「ソラ……! 後ろ……!」
イリスの声がソラに届き、ソラが後ろを振り返ろうとした刹那――。
遅かった。
ソラの肩に鎌が刺さる。
――グサッ。
「くっ……!」
鎌はソラの肩甲骨を砕き、奥深くにめり込んだ。
肩の関節と腱が破壊されるような鈍い音が鳴り響いた。
「アアアァァァァッ!」
ソラは鎌を自ら、引き抜いて、時空間移動で後ろへ後退した。
(しまった――油断した。右手が……)
ソラは右肩が鎌にやられ、全く機能しないことに気づく。
聖剣シリウスを手放し、膝をついた。
「ちっ」
「ふふふ、あなた――傲慢ね。常に自分が優位に立っているとでも思っているのかしら? 知っているはずよ。サキュバスは倍増し、個体数を増やすと……」
「分身か……」
ソラが眼前の光景を目にすると、そこには、空中に舞う五体のボスサキュバスの姿が見えた。
「肩の腱は切除しましたわ……これで、あなたの白い剣は使えなくなったわね――あとは、ただ一つ。その黒い剣を使えなくしてさしあげますわ! ――うっ!」
刹那、サキュバスの五個体のうちの一体が飛来してきた聖剣シリウスによって粉砕された。
ソラは自らの足で聖剣シリウスを蹴り放ったのである。
「おいおい、腕一本を潰したくらいでいい気になるんじゃねえよ……。あと、一本の腕と二本の足があるんだぜ……?」
「調子のいい餓鬼ね……。サキュバスを嘗めてはいけないことを教えるわ……」
サキュバスはソラを睨めつけていた。
「ソラ! 逃げて! ――一旦体制を……」
「無駄だわ。この結界は男だけを受け入れるだけじゃない――逃がさないの」
「何だと……!?」
「結界の中の人がただ一人になるまでこの結界は解除されない……」
「男が出れないなら――入ることはできんのかよ」
「それは可能だわ……サキュバスは常に男を求めるもの……ハーレムを求めるものなの」
ソラは一つ確信した。
押すだけでは無謀、そして、引くのだと。
「イリス! ルークさんを呼んできてくれ!」
「わかったわ……!」
イリスはすぐにソラの要望を承諾し、男であるルークを探し求めにその場を立ち去って行った。
「このまま行かせてよかったのか?」
「何を馬鹿なことを……? サキュバスは男を求めるもの。後で探さずに済む上、まとめて食べれるじゃないの……」
「そうかよ、そういうことだと思ったぜ。だったら、お前が男を一人も堪能できねえようにしてやるからよ!」
ソラはたった一つの腕――紅血の剣だけを片手に持ってサキュバスに立ち向かう。
*
人間界・イタリア陣――。
「君は高貴な匂いがするよね……」
薄暗い地下で、黒蝮雷蓮がセレスティナと対峙する中、ゼクスが負傷し膝をついていた。
「鼻だけは効くようじゃのう――わらわを見誤るなよ人間……」
次の瞬間、ベル王国国王陛下実娘セレスティナ・カッツェヴァイスの目が変わった。