第76話 人間界へ
――王都イーディスエリーにはお洒落で西洋風な建物が一つあった。
レンガで建てられたその建物はレストランだ。
厨房から漂うピザの焦げたほのかなチーズの香りがテーブルの隅々まで行き渡る。
「で、何故わらわが貴様らと食事を取らないとならんのじゃ……」
テーブルに肘をつきながら橙色の長髪を揺らしながらセレスティナが訴えかけてくる。
その向かいにはなぜかルークとゼクスが隣合わせで座っていた。
無論、お互い嫌そうな顔をしているのには変わりはなさそうなのだが。
「仕方がないだろ? 《クレア学院》の学院長さんが『あなたたち三人は何をしでかすか分からないので個々に行動しないでくださいね』と言うからだ」
「黙れルーク。俺は今メニューを拝んでいる」
「お、お前はお前で何故にそんなに冷静なんだよ……」
セレスティナとルークが会話をするも、一方ゼクスはレストランのメニュー表を真剣に拝んでいた。
無論、レストランにいた客のほどんどが口を閉じてしまっていた。
三人が『神聖魔導団』である以上、有名すぎるからだ。
故に異質な三人でしかなかった。
「ふん、なかなかこのレストランは食材に凝っているようだ……。貴様らは決まったか?」
「ゼクス。お前に何があった……」
「何を言うのじゃ。わらわは王の娘にして高貴な貴族じゃ。そんな庶民の食事は食えぬのじゃ」
「ま、まあいいか――。俺はこのミートソースパスタというものが気になるな」
ミートソースパスタ。
このような料理は魔界に一般に扱われていなかった。
人間界の食事だからだ。
――そう、このレストランは神薙ソラという元人間界の魔導師がゼロから伝来した人間界の料理店だからだ。
名をばレストランを人間界料理専門店『Huzon』というらしい。
名前は神薙ソラではなく、店長がつけたという。
料理一つ一つの食材は元々人間界のもので、魔界にはない。
つまり、魔界にある食材でできるだけ味や見た目が近い食材を神薙ソラが直接選んでいる。
しかし、このレストランのソースは神薙ソラにあることを王都の人々は知らずに食事に来ている。
そして『Huzon』は王都有数の超人気料理店に昇格したのである。
「おい、オーダーをしたいんだが……」
ゼクスがバイトの店員に言うと、肩を硬直させながら、急いで店員が駆け寄ってきた。
「ごっ、ご注文を承ります……」
「12種のサラダとライスというものを大盛で頼む――」
「あ、俺はミートソースパスタで」
注文が終わると、ゼクスは冷静に座っていた。
「お前って、そんなに健康的だったのか?」
「何を言う。俺だって、よくそんなに高カロリーそうなものを食えるといえるくらいだ。――脂肪が蓄積して太る一方だと思うが?」
「なっ――」
ゼクスの威圧に、ルークは言い返すことはできなかった。
ゼクスの考えもごもっともだと錯覚してしまったからなのだろうか。
と、その刹那。
目の前に座っていたセレスティナが突然立ち上がった。
「お、おい――」
「帰る」
「は……? ちょっ、何だよセレスティナ。お前」
ルークが混乱しながらもセレスティナの行動を止めようとするが、聞く耳はセレスティナに持ち合わせていないようだ。
なんの予兆もなく、セレスティナは席から去ろうとする。
「おい、セレスティナ! 個人の行動は……!」
「そんなものわらわには関係ないのじゃ……」
セレスティナがレストランの出口に向かって歩いていくと、セレスティナの足が止まっていた。
「セレスティナさん。そんなに気に入りませんでしたか? ――俺が創設したレストランは」
「っ――! 神薙……ソラ……」
セレスティナが足を止めた要因――神薙ソラだった。
ソラの後ろにはイリスやミリィ、エステルまでもが並んでいた。
「何故、おぬしらが――」
「いや、単なる偶然ですよ。俺は、こいつらとランチに来ただけなんで。まさか、ルークさん達がいるだなんで思いもしなかったですし……」
結局、セレスティナはソラ達に強引に推し勧められ、一緒に食事を取ることとなった。
だが、ゼクスとエステルは一番離れた席に座って食事を取った。
*
――正午。
正確にはその五分前か。
「よし、全員揃ったようだな」
《クレア学院》の地下にある模擬戦闘会場があった。
ここなら学院の生徒の目につくことはなく、巨大な魔力を外に逃がさないため、最も安心して人間界に転移できる場所だった。
解散前に伝えられた約束は、正午に出発するので《クレア学院》に集合する、とのことだ。
そして、人間界の秋葉原とイタリアにいるサキュバスを討伐しに行く準備は整っていた。
「朗報ですよ皆さん」
「アイリス……?」
今回は戦闘に参加しない学院長のアイリスだったが、見送りとして模擬戦闘会場に顔を出していた。
人間界に行く戦闘員は、ソラ、イリス、ミリィ、エステル、ルーク、セレスティナ、ゼクスの『神聖魔導団』全員含む計七名だ。
その中でも、セレスティナとゼクスはイタリア陣へ――。
その他の人員は秋葉原陣へ攻め込むこととなっている。
「アインベルク王国のアインスト国王陛下からです。『今回の任務――サキュバスの殲滅に成功した後に任務参加者個人全員へ報酬として二億エリーを渡す』とのことです」
「そ、それは本当なの!? アイリス――」
「お、落ち着けイリス――」
アイリスの口から放たれる情報に反応したイリスは目の色が変わっていた。
イリスが興奮する前にソラは少し引き留めておきたい気分になっている。
「ふん、別に俺は金には釣られない主義だが、軍事資金に回すとしよう」
「王族であるわらわにとっては二億エリーなど庶民からすると一円に等しいのじゃがのう……」
セレスティナの爆弾発言に一瞬場が凍ったがそれを壊したのはミリィだった。
「うんうん! だって、二億でしょ!? 買い物し放題だよ!?」
「ミ、ミリィ……ちゃん……」
ソラは半分、ミリィがろくでもないことに金を使うと既に予知しているため、若干心配になっていた。
「まあ、俺だって、銃弾のコレクションを集められるからな――。ついでに、新しいライフルも買いたいぞ」
「私は電撃魔法のさらなる向上を目指して研究資金として使いたいです……」
ゼクスもセレスティナも含めて全員、報酬という名の朗報を聞き、少しでも気分は上がったらしい。
と、ルークが手に持っていた時計を見ると、時計を魔法空間に送った。
ルークは魔法空間から赤色の転移結晶を取り出した。
「どうかしたの? エステル」
ソラがエステルの顔色が若干悪くなっていることに気づく。
「ま、また服を脱ぐん……ですか……?」
「何!? 王の娘であるわらわがこの裸体を庶民に晒すと!? ならぬのじゃ!」
そうだった。
ソラ達が人間界から魔界へ転移するとき、服を脱いで転移した。
そして服をルークの魔法空間に閉じ込めた上での転移だった。
異世界へ転移するときは、自分自身のみが転移するため、装飾物は元居た世界に置いてきてしまう。
「おっ、落ち着けって。今回の転移は少しアレンジを加えてな。お前たち自身を一時的に魔法空間でコーティングして保護した上で転移する。理論上、装飾物をつけたままの転移は可能にした」
「えー!? ルークさん。なんであの時そうしてくれなかったんですか!?」
「す、すまないなエステル。それに気づいたのついさっきなんだ――」
「てっ、天然なんですか!? ルークさんは!」
「否定は――できないな……」
ルークは実質頭がキレる脳を持ち合わせているが、肝心なところで頭を回していないといえる。
一先ず、全裸を晒さずに転移できることを知った一同は安堵した。
「――よし、時間だ……。行くぞ」
「お願いします。ルークさん」
人間界へ旅立つ時が来た。
ゼクスやセレスティナも初めて向かう人間界で僅かに緊張しているらしい。
ルークは転移結晶を頭上に上げ、詠唱した。
「示せ、喧噪たる地の神よ。我を誘い、未知なる精を転送す!」
次の瞬間、目の前は白き閃光に包まれた。
3月になりました。
2月にも予告していましたが、今日から一か月間、無休の毎日投稿を実施します。
予定以上にサキュバス篇が長引いてしまっていますが、この章は今月中、恐らく上旬頃には完結していると思います。(多分)
プロットは立ててあるんですが、戦闘シーンを鮮明に書きすぎることがよくあるんです(笑)